─ Lighthouse Tower ─

北海に垂れ込めた雷雲に阻まれ、北航路でなく南航路にてルプガナへ向かうことになったから。

その航路の程近くに、船乗り達が験担ぎを行う場でもある、大灯台が位置していたから。

アレン達は、彼等の船は、大灯台聳える島に立ち寄ることになった。

それぞれが日課を終えて着いた朝食の席で、アレン伝で船長達の頼みを知ったアーサーとローザも、すんなり、寄り道を受け入れた。

「……ああ、そう言えば、随分昔にだけれど聞いた覚えがあるわ。未だ、アレフガルドとムーンブルクとロンダルキアの行き来が頻繁だった頃、三大陸を繋ぐ船の無事を願って、精霊の加護を賜る為に建てられた灯台だ、って。勇者ロトが、大魔王ゾーマを討って暫くした頃の建造物じゃなかったかしら。確か、当時のムーンブルク王家も関わっていたと思ったけれど……」

「へー……。だとすると、それなりに古い────。……うん? じゃあ、ローザが聞いた話通りなら、大灯台は、精霊の為の塔でもあるってことですよね。……精霊に関わりのある塔…………」

「アーサー? それがどうかしたか?」

「竜ちゃんの話、覚えてます? 五つの紋章の話。『月は城に、水は街に、命は洞窟に、星は塔に、太陽は祠に、それぞれ眠る』って言ってましたよね、彼」

「『星が眠る塔』は、大灯台のことじゃないか、と貴方は考えたと言うこと? でも、精霊と関わりを持つ塔は、大灯台以外にも沢山あるわ」

「…………いや。アーサーの考えは正しいかも知れない。船長は、大灯台は船乗りにとっての大事な目印で、守り神みたいなものでもあると言っていた。……星も、航海の大事な目印だ。星そのものを崇める水夫達だっている。星の紋章が眠っているから、大灯台は、船乗り達にとっての守り神──験担ぎの場所になったのかも知れない」

有り難いことに、彼等の船には、小振りながらも立派な調理場が備えられており、料理達者な水夫が拵えてくれる食事を口に運びながら、「もしや、大灯台とやらには星の紋章が……」と三人は想像を巡らせる。

アレン達──主にローザ──も手伝いはするが、大分慣れてきたとは言っても、未だ未だ彼等がするそれは、料理でなく『料理以前』にしかならない代物なので、あやふやな当てしかない旅の空の下では、在り付けること自体に盛大に感謝しなくてはならない暖かい美味な食事を、拝みつつ綺麗に平らげた頃には、どの道立ち寄るのだから、大灯台探索に挑んでみよう、と彼等は決めていた。

上陸し、大灯台内部を探索してくる、と言い出したアレン達を、何か遭ったのか? と訝しんだ、下船せずにちょちょいとやれる程度の験担ぎが出来ればそれで良かった乗組員達に、一寸した探し物をしてくるだけだから、と言い残し、三人は、島の中程よりも少々だけ北側に位置していた大灯台へ向かった。

正面入り口に立って見上げた高い塔は、船乗り達に精霊の加護を与える為に建立されたとの謂れを持つとは思えぬ、禍々しさ──魔物の気配を漂わせていた。

感じ取ったその気配より、以前はどうだったか判らぬが、船長も言っていたように、この数十年の間に、大灯台も魔物達の巣窟になってしまったと言う証明なのだろう、と思わされた三人は、気を引き締め直し、中へと忍ぶ。

「……う」

「これは、又」

「一寸酷いわね」

が、踏み込んで直ぐ、彼等からは一様に呻き声が洩れた。

どんな酔狂者が拵えたやら、塔内部は、風の塔に勝る複雑な造りになっていて、あの塔以上の迷宮内を彷徨い、どのような代物なのかも判らぬ星の紋章を探し当てるのは、酷く骨の折れる仕事なのだと悟らされ、

「……地図、描きながら行きましょっか」

「…………そうだな」

「それしかなさそうね。手間だけれど」

厄介な以上に面倒臭い、との本音を何とか飲み込んで、三人は、紋章探しを始める。

何処をどう辿るのが正解なのか、さっぱり見えてこず、幾度も行き止まりに立ち往生させられた迷宮の所々には、確かに精霊の為の物と思われる祭壇が設えられてあり、遠い昔に供されたままの捧げ物も幾つかは見繕え、そういう意味では無駄にはならなかったけれども、代わりに、我が物顔で居座っていた魔物達は、かなりと言えるまでに手強かった。

ルプガナを発ってより今日までの約一月強の間、ラダトーム王城に滞在していた際以外は殆ど船上生活だった──即ち、海上では馴染みの、何方かと言えば弱い魔物ばかりが相手だった所為もあったし、初遭遇だった魔物も少なくなかった為に、彼等は予想外に手子摺る。

種族は同じながら、キングコブラとは桁の違う猛毒を持つバジリスク、鋭い牙を持つ獰猛なサーベルウルフ、翼翔かせて宙を舞いながら灼熱の炎を吹く、小型の竜族で凶悪なドラゴンフライ、そんな厄介な魔物達が、灯台内の至る所に数多姿見せたばかりでなく、幻惑の霧、マヌーサを使役するゴーゴンヘッドのような悪魔族達まで出没し、灯台の半ば辺りに辿り着いた頃には、薬草も、毒消し草も尽きた。

故に、治癒に関してはアーサーやローザの魔術に頼る他なくなり、けれど終点が見えぬ以上、早々、二人に魔力を振り絞らせてばかりもいられず、以降は魔物達との相対し方も、身も蓋もない例えながら『ぶん殴り合戦』一辺倒になってしまって、一時退却をアレンが真剣に検討し始めた最中、祈祷師──人間の邪神教団信徒が、三人の前に立ちはだかった。

禁忌とされる術を用い常世より召喚したのであろう、死神の鎌を構える幽体や、骸骨の体を持つ騎士を従えて。

「…………アーサー。ローザ」

「大丈夫です。もう、覚悟は決まってます」

「私もよ。二度と怯んだりしない」

ヌッと、己達の行く手を阻んだ相手の正体に気付くや否や、アレンは、ちらりとだけ自身の半歩後ろに立つ二人を振り返り、心配は無用、とアーサーとローザは頷く。

「……ギラ」

「火の精霊よ、応えよ。──ギラ!」

その彼等の小さなやり取りを合図とした風に、祈祷師は、手にしていた歪な杖を振り翳し、放たれた火球を打ち消すべく、アーサーは等しい力をぶつけ、

「風の精霊よ、応えよ! ──バギ!」

間髪入れず、ローザはバキを唱えた。

「他は後回しでいい! 先ずはこいつからだ!」

術を術で掻き消され、別の術にて身を裂かれた祈祷師へ斬り込み様、アレンは叫ぶ。

………………彼のその判断は、正しくはあった。

猛る風の刃を受けても、鋼鉄の剣に肉を断たれても、苦しむ素振りさえ見せない祈祷師は、ローレシアやムーンブルクで対峙した教団信徒達よりも遥かに、邪悪としか言えぬ気配を漂わせていたし、如何な魔法を操るかも判らぬ術者を真っ先に潰しておくのは、戦い方の定石の一つだ。

唯、彼も、アーサーもローザも、知らなかった。

常世から召し出された『死の僕』達は、生者を己達の住まう冥界へと引き摺り込むべく、ひたすらに足掻くモノ達なのだと。

彼等にとっての使命とも言うべきそれを叶えるまで、ひたすらに暴れ狂うモノ達なのだと。

……だから。

「あああああっ!!」

「ローザ! ──くぁっっ!」

続けざまに祈祷師目掛けて放たれた、幾重にも連なる薄刃のように鋭いバギの風を、這いずる蛇に似た動きで伝った死霊は、二度三度と、立て続けにローザ目掛けて死神の鎌を振るい、古びた剣を握る骸骨は、浄化の役も果たす火を操るアーサーだけに狙い定め、何度も何度も、錆び付いた刃を叩き付けた。

「ローザっ! アーサー!」

直後、怒りを灯したアレンの瞳に映ったのは、風が生む流れに、炎が生む熱に、傷付けられた二人より流れ出た鮮血が舞い上げられていく様と、鋼鉄の剣の切っ先に剥がされた仮面の下より真の顔を覗かせた祈祷師の、厭らしい薄笑いで。

「貴様等……っ!!」

全身から怒気吹き上げた彼は、後から後から込み上げる憤怒の情のみに身を委ね、祈祷師へと一閃をくれた。