─ Delkondar ─

絶海の孤島ザハンを発ち、洋上を行くこと約十日。

日に日に溜息の数を増やしていくアレンを他所に、順調な航海を続けた船は、デルコンダル王国の港に到着した。

大雑把に言って、デルコンダル大陸は、口を開き掛けている人の横顔のような形をしており、この例えで言うなら、『後頭部』に当たる東部沿岸や、『唇』に当たる西部沿岸の一部は船は近付けない浅瀬に、『頭頂から鼻に掛けて』と『顎』部分、それに、『歯』に見立てられる入り江に至る水道は断崖絶壁に囲まれていて、余り広くはないが、大陸そのものが天然の要塞に近い様相を呈している。

その所為で、港を置ける土地は限られているし、内陸部にある王都からは離れてしまっているけれども、数日間の骨休め、とアーサーとローザは上機嫌で、アレンは重たい足取りで、短い徒歩の旅を経て、デルコンダル王都へ入った。

デルコンダルは、勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち果たして暫くが経った頃に建国されたと言い伝わる王国で、初代国王は、勇者ロトと同じ、空の彼方の異世界よりやって来た者、とも言われている。

初代国王は云々、と言うのは、お伽噺の域を出ることない逸話ではあるが。

──そんな王国の王都は、ローザが聞いていた噂通り、ロト三国ともルプガナやラダトーム王国とも違う、独特の異国情緒に溢れる街だった。

殆ど冬がない為か、時に目の遣り場に困る出で立ちの女性も見掛けた程、人々は皆薄着で、奔放そうな者も、陽気そうな者も多く、街全体が明るい雰囲気だった。

だから、と言う訳ではなかろうが、商店の軒先に並ぶ品々は本当に色とりどりで、贅沢品も普通に見掛けられ、三人は、デルコンダルの国力の高さを見せ付けられたような気にもなり、又、驚かされもした。

しかし、それ以上に彼等を驚かせたのは、王城に近付くに連れ数を増していく、何やらに興奮している風な人々の姿で、祭りでもあるのかと、街行く者に尋ねてみたら、「そうじゃない。国王陛下主催の闘技大会が開かれているだけだ、この国では何時ものこと」と、何食わぬ顔で教えられ、

「叔父上…………」

アレンは、ローザの案を採り、しっかりと着込んだマントのフードで覆われた頭を抱える。

「闘技大会、ですか? 剣闘士とかを戦わせる? ……え、デルコンダルには、未だに奴隷制度があるんですか!?」

「そんなことはない。デルコンダルは、王家からして『力こそが正義』と言う気風だから、皆、その手の催しが好きで、こぞって参加したがる腕自慢も後を絶たない。……と母上が言っていた。尤も、叔父上の道楽の一つらしいけど。まさか、今でもやっているとは思わなかったけど」

「成程…………」

「でも……少し、こう……過激ね」

「……本当に物好きだな、叔父上……」

遥か以前は、剣奴と呼ばれた奴隷達を強制的に戦わせ、その様を眺める『娯楽』の一つで、行う国も少なくはなかった闘技大会が、デルコンダルでは今尚開かれていると知り、まさか、奴隷制度健在の国!? と目を剥いたアーサーとローザに、昔、母に聞かされた話を思い出しつつ、溜息付き付きアレンは言った。

「デルコンダルの人達にとっては、この上無い催しでも、僕達には楽しい代物じゃないだろうし、近付きたくないから、王城の方に行くのは止めないか?」

「ええ。そうしましょう。そういうのは、僕は一寸」

「私も遠慮したいわ。それよりも、宿を探して買い物でもしましょう」

只でさえ憚られるのに、そんな催し真っ最中の王城の傍には寄りたくもない、との彼の主張に二人も頷き、彼等は、その場で踵を返したのだったが。

近付きたくない王城に、それでも向かわなくてはならない事態が、見付けた宿に部屋を取った直後、起こった。

────宿の部屋で寛ぎつつ、アーサーが、ルプガナの貿易商より礼として譲られた『山彦の笛』を弄り倒していた時だった。

精霊に関わる不思議な力があるらしい、と言う以外、何も判らない笛の正体を知るべく、それまでも、彼等は幾度となく奮闘していて、が、誰がどう吹いてみても、ぽぴ、と言う感じの、間抜けな音色しか出さなかった山彦の笛が、その時に限って、信じられぬ程綺麗な音色を響かせ、更には反響させた。

それは、笛の持つ名の通り、まるで山彦の如くで、「何で? どうして?」と三人は懸命に知恵絞り、結果。

山彦の笛は、精霊に関する某かの在処を教えてくれる神具なのかも知れない、と想像した彼等は、直ぐさま宿を出て、笛を吹きながら──悪目立ちしないよう、ひっそりこっそり物陰に隠れつつ──街を行き、

「……仕方無い…………。叔父上に目通り願って、心当たりを尋ねてみるしかない……よな。もしかしたら、紋章かも知れないし…………」

王城に近付けば近付く程、笛の音の反響が強くなる──即ち、山彦の笛が教える精霊に関わる何かが、デルコンダル王城の中にあると知ったアレンは、全てを諦めたような顔で天を仰ぎつつ、腹を括った。

部屋を取ったばかりの宿を引き払い、アレンは、トボトボ、としか例えられぬ感じで、アーサーとローザは、しっかり、とか、頑張って、とか、少々背を丸め加減にしている彼を励ましながら、デルコンダル王城へ向かい、三人が身分を明かした途端。

門兵の一人が、何処へと駆け去って直ぐ。

「アレン! 本当にアレンか!? 我が甥か!?」

ドカドカと雷鳴に似た足音を響かせて、王冠を戴いた中年男性が、重厚そうな赤マントの裾翻しながら走って来た。

そう、アレンの叔父にして、彼の実母の弟、当代デルコンダル国王その人。

「御無沙汰しておりました、叔父上。このような見苦しい姿で──

──アレン!! この放蕩者め、今の今まで何処をほっつき歩っておった!? 姉上から──お前の母から報せが届いているぞ、ムーンブルクへ向かうと、単身城を飛び出したそうではないか!」

幾ら、アレンが国王の甥であっても、目通りまでには様々な手順を踏まされるだろうし、かなり待たされもするだろう、との想像を裏切り、自ら城門まで走り出て来た国王陛下にアーサーとローザが言葉を失っている間に、デルコンダル王は、「え……」との顔をしつつもアレンが述べようとした口上を遮り、ぎゅむぎゅむと、可愛い甥を羽交い締めんばかりに抱き締める。

「叔……父上……っっ」

長身ではあるが痩躯なアレンを凌ぐ恰幅した叔父王に、手加減なしに、ぎゅー……、とヤられ、苦しいやら恥ずかしいやら、顔を赤らめた彼は、細やかに暴れた。

「何だ?」

「何だ、ではなくっ。その……息が……っ」

「……あ、すまん。それにしても驚いたぞ。お前がデルコンダルに、しかも、サマルトリアの王子殿下と、ムーンブルクの王女殿下を伴い訪ねて来る────お、おお、そうだった、そうだった。アーサー・ロト・サマルトリア殿。ローザ・ロト・ムーンブルク殿。儂が、デルコンダル王──アレンの叔父だ。殿下方を心から歓迎する。ゆっくり寛いでいってくれ。アレン、お前もだ。直ぐに宴の支度をさせるから、さっさと湯を使って着替えて来い。たっ……ぷり儂に付き合ったら、姉上への告げ口は勘弁してやる」

実の叔父でも相手は国王、ぶん殴る訳にも蹴り飛ばす訳にも斬り付ける訳にもいかなく、じたばたするしか出来ないアレンの抗議を受け、一応、渾身の抱擁は止めたものの、彼よりも一回りは太い腕で、がっちり甥の肩を抱き寄せたデルコンダル王は、あんぐり口を開いてしまったアーサーとローザに笑い掛けてから、わしわしとアレンの頭を撫でて、やって来た時同様、一人走り去って行った。

「………………ええと。……うん。デルコンダルの国王陛下は、色々が激しい方ですねー……」

「御免なさい、アレン。デルコンダルでは船を降りないと言った貴方の気持ち、もっと能く考えるべきだったわ」

「出来れば、叔父上でも猫を被らざるを得ない場で再会したかった……。恥ずかしいったらない…………」

『面白い』個性の持ち主らしい王の、王らしからぬ振る舞いにも、王城の者達は慣れ切っているのだろう、何事もなかったように案内に立った兵の後に従い城内へ入りながら、アーサーとローザは、「凄い人を見た……」と正直な感想を洩らしつつ、又もやアレンを慰めて、二人に慰められながらも、アレンは、遣る瀬無さそうに溜息を付いた。