「何なんだ、一体…………」
「アレン。その鍵、見せて貰えないかしら」
引き止める間もなく引っ込んでしまった尼僧を呆然と見送って、謎な成り行き過ぎて頭が痛い……、と呻いたアレンの手から、黙って彼と尼僧のやり取りを聞いていたローザが鍵を取り上げた。
「ローザ?」
「これ……魔法具だわ。貴方とアーサーが湖の洞窟で見付けた、あの鍵と同じような」
「じゃあ、これも、銀の鍵みたいな特別な鍵なのか」
「そういうことね。────何が何やら、私にも能く判らないけれど、彼女が言っていたように、アレンのお父様にお尋ねすれば、きっと謎は解けるわ。だから、今は黙ってこれを受け取っておきましょう。どの道、ローレシアに行くのだし」
「…………そうだな。父上に訊けば済む話か。それに、もうアーサーが戻っているかも知れないから、港に戻ろう」
礼拝堂を覆う木漏れ日に透かした金色の鍵を、二人揃って暫し眺め、今悩んだ処で仕方無い、と彼等は港へと引き返す。
「あ、いた! もー、捜しましたよ、二人共」
すれば思った通り、桟橋には、どうしてか酷く浮かない顔したアーサーが一人立っていた。
「良かった、無事で。──待たせて御免。君が戻って来るまでのつもりで、村の下見に行っていただけだったんだが……」
「一寸、不思議なことがあったの。それで手間取ってしまって。……それよりも、アーサー。どうして、そんな顔をしているの?」
「ルプガナで、何か遭ったのか?」
「……その、実は…………────」
ああだこうだしていた所為で、却ってアーサーを待たせてしまったようだ、と慌てて駆け寄り様、アレンとローザが顔色の良くない理由を問うたら、彼は、俯き加減になって訳を語った。
────丁度、アレンとローザが、タシスンなる人物の飼い犬に連れられ、島の礼拝堂に向かっていた頃。
ルプガナから戻り、姿の見えない二人を捜していたアーサーは、村唯一の小さな宿屋の食堂で、一人の男に話し掛けられた。
村に足踏み込んで直ぐ、彼も、男達は総出で漁に出てしまっていると、お喋り好きな女性達に聞かされていたので、この男性は一体……? と話に付き合ったら、男は彼相手に、「実は、この島の男達の船が魔物に襲われ、海の藻屑となってしまった。自分は、アレフガルドのと或る街に住む商人で、自前の船も持っているし、島の男達とも縁があったので報せに来たのだが、本当のことを言う勇気が失せてしまった、どうしたらいいだろうか……」と打ち明け。
「島の船が…………」
「……ええ。宿にいた商人の方は、何とか覚悟を決めて必ず報せは伝える、と言い切ったので、僕は、彼の話を聞くに留めたんですけど。家族の帰りを待ち侘びている島の人達を見ていたら、遣る瀬無くなってしまって…………」
「そうだったの……。聞かせる方も聞く方も、辛いわね…………」
────だから、一寸落ち込んでしまって……、と重たい息を吐くアーサーの話に、アレンもローザも顔を曇らせ、
「あ、あああ、それはそうと!」
いけない、二人も落ち込ませてしまった、とアーサーは、表情も話題も無理矢理に変える。
「引き上げた荷を届けたら、凄く感謝されまして。お礼に、是非受け取って欲しいと、あの方にこれを頂いたんです」
敢えて弾む風な声で、報告がある! と言いながら、彼は、懐から掌程の大きさの笛を出して二人に見せた。
「これは?」
「『山彦の笛』と言うんだそうです。何でも、あの方の家に代々伝わる家宝だそうで、そんな大切な物は頂けないと、一度は断ったんですけども、どうしても、と粘られて。それに、この笛には精霊に関わる不思議な力があるらしい、とも教えられたんで、有り難く頂いちゃいました」
「ふうん……。精霊に、か」
「私達の旅の役に立つかも知れないわね。──あ、そうそう。あのね、アーサー。私達にも報告があるの。アレンがね……────」
気分を塗り替えようと努めるアーサーの気持ちを汲んで、アレンもローザも笑みを作り、こちらはこちらで、謎な成り行きで『謎な鍵』を手に入れることになった、と二人は口々に語って。
「へー……。じゃあ、この鍵の正体を知る為にも、早くローレシアへ行かないとですねー」
「何だ彼んだで、寄り道ばかりしてしまっているしな」
「そうよねえ。大変なことになるかも知れなくても、そろそろ、ローレシアに行きたいわ」
後ろ髪を引かれるに似た想いに蓋をし、三人は、船へ戻った。
しかし、残念ながら、「今度こそ、目指す先はローレシア!」との彼等の願いは、又もや遠退いた。
世界地図は、ザハンから南西に舵を取って少々海を下れば、ローレシア大陸の北北東の端にある勇者の泉辺りに出る、と三人に教えてくれていたので、時置かず、ローレシア王都に入れる、と単純に考えた彼等に、船長達が待ったを掛けた。
北海での財宝引き上げに挑むべくルプガナを出た際、船に積んだのは、ルプガナと北海との往復に耐えられる程度の水や食料で、それでは到底、ローレシア王都までの航海には備えられない、が、ザハンには充分な物資がない、だから、ザハンから真っ直ぐ北上し、デルコンダルに寄港して、そこから、改めてローレシアに向かうしかない、と。
「デルコンダルですか…………」
「仕方無いわ。何をどうやり繰りしても、海の上では真水は作れないもの」
「確かに。それに、寄り道と言う程の寄り道でもないですしね。……どうせなら、デルコンダル王都にも立ち寄ってみましょうか」
「あ、賛成。デルコンダルは、異国情緒溢れる国だと聞いたことがあるの。どんな所なのか見てみたいわ」
──デルコンダル王国経由でローレシアを目指す、と聞かされた直後こそ、残念そうな顔をしたものの、直ぐに、アーサーとローザは、それならそれで、いっそ港から王都まで足を伸ばして、一寸骨休めでも、とはしゃぎ出したけれど。
「…………二人共、すまない。僕は、デルコンダルでは船を降りない」
アレンだけは、顔を強張らせた。
「え、どうしてです? デルコンダルが、何かいけないんですか?」
「あら? アレンのお母様は、確かデルコンダル王家が御生家よね。今のデルコンダル国王は、貴方の叔父様でしょう? なのに?」
「だからだ。僕がデルコンダルを訪れていると、叔父上に知られたくないんだ」
「ああ、ローレシアに報せが行ってしまうから、ですか?」
「いや、そこじゃなくて……。…………いい人なんだ。王族らしからぬ、と言う者もいるけれど、叔父上は、細かいことには拘らない豪快な質で、いい人ではあるんだ。僕も、会う度に可愛がって貰った。……但、悪く言えば悪趣味な馬鹿騒ぎが好きで、人をおちょくるのも好きで、惚れっぽい人でもあって、こう……何処となく、竜王の曾孫を彷彿とさせるような処もあると言うか……。……叔父上を好いてはいるけれど、見付かったら、確実に僕は、叔父上の玩具にされる……」
自身の生母の故郷であり、叔父に当たる人物が当代国王の座にある国の訪問を、そうまでして嫌がる理由は何だ? と問うアーサーとローザに、彼は、唯々頬を引き攣らせ、小声で理由を打ち明けたが。
「…………何だ、そんなことですか」
「そんなこと、って……。僕には大問題だ」
「要は、アレンが『アレン』だと知られなければ済む話じゃない」
「それはそうだけれど……。それに、もう一つ問題が──」
「──今まで通りに振る舞えば、大丈夫ですよ」
「あ、そうだわ。フード付きのマントを着込むのはどう?」
二人は、間髪入れずにアレンの主張を蹴っ飛ばし、ぼそりと言いたくなさそうに彼が告げた、『もう一つの問題』が何かを問いもせずに流してしまった。