─ Samaltria〜Holy Shrine〜Beranoor ─

大きさからしても、裏側に打ち付けられた取っ手の構造からしても、ロトの盾は明らかに大盾に分類されるのに、やはり、アレンには、軽い、としか思えなかった。

取っ手の革紐で盾を固定した左腕も、楽に振り回せた。

そんな風に伝説の武具の一つを扱う彼の姿を、アーサーとローザは手放しで喜び始め、故に余計、アレンの中で、二人に対する申し訳なさは募ったけれど、やがては、彼の腹の底にも、じんわりと喜びが滲んだ。

幼かった頃は無邪気に、長じた今は『純粋』に憧れを抱く、二人の勇者と共に戦った武具の一つを我が手に出来た高揚が、遅ればせながらやって来た。

……どうしたって、本音では嬉しかった。

大灯台で思い知った通り、デルコンダルの王女だった彼女に吐き捨てられた通り、『魔力も持たぬ勇者の末裔』でしかない『出来損ない』でも、多少は認めて貰えた気がした。

『伝説の勇者の末裔』に相応しいアーサーやローザでなく、出来損ないの自分が、と言うのは気が引けてならぬが、これで、今まで以上に二人を守れる、とも思え、誇らしくもあった。

「さて。じゃあ、行きましょうか」

「そうね。今度は、アレフガルドの聖なる祠に行かなくては」

「その次は、ベラヌールだな」

「はい。……少しずつですけど、ロンダルキアに乗り込める日が近付いてきた感じがしますね」

「ああ。一寸、心が逸りそうだ」

「ベラヌールからなら、ロンダルキア大陸の端くらいは臨めるわね。……私も、少しどきどきしてきたわ」

始めの内は怖々と、が、直ぐに、遥か以前から自身の所有だったかの如くロトの盾を扱い始めたアレンの頬に、薄らと歓喜の色が刷かれたのを見て取り、更にはしゃいだアーサーとローザに釣られ、アレンも笑みを浮かべ。三人は、案内を務めてくれた長老に礼を述べると、サマルトリア王とリリアーナ姫、それぞれに出立の挨拶を告げ、その日の午後が深まるより早く、サマルトリア王都を発った。

リリザ近くの港から、ローレシア大陸伝いに西を目指して海を行き、ローラの門のある海峡を越えて以降はムーンブルク大陸沿いに南下し、途中で外海を西へと突っ切ると、そこはもう、アレフガルド大陸だ。

丁度、かつてはリムルダールと呼ばれていた街──アレフガルドの『魔の島』に最も近かった街があった辺りに出る。

勇者ロトが、そしてアレフが、『最後の敵』に挑むべく、魔の島を目指す為の拠点にもしたと言い伝わるリムルダールの街は、今はもう無い。

勇者アレフが竜王を討伐した当時から今日こんにちまでの、約百年の間に滅びてしまった。

否、正しくは滅ぼされてしまった。魔物達によって。

約百年前、竜王配下の魔物達に襲われ、勇者ロトの時代には栄えていた商業都市ドムドーラが滅亡したように、リムルダールの街も、城塞都市だったメルキドの街も廃墟と化し、ロト伝説や勇者アレフの物語に登場する各都市や集落の中で、現在でもアレフガルド大陸に残っているのは、ラダトーム王都以外では、高名な吟遊詩人ガライが築いた『ガライの街』と、マイラと言う、温泉が名物の小さな村くらいだ。

……そういう意味で、その辺りは大層侘しいのだが、リムルダールの街跡を右手に見つつ更に南下した先の大陸南東部には、今も尚、聖なる祠が存在している。

二人の勇者が、魔の島に乗り込む為の神具、『虹の雫』を授かった祠。

当代は、勇者アレフが封印したロトの兜を守護するそこ。

────百年前や数百年前はどうだったのか、アレン達には判らぬが、彼等が訪ねた聖なる祠は、蔦や木々が数多絡み付く、鬱蒼とした不気味な場所にしか見えなかった。

緑に浸食され掛けた、大変に古い石造りの小さな建物は今にも崩れ落ちそうで、踏み込むのも躊躇われ、足許に気を付けつつ入った中には、歳の見当も付かない、法衣に身を包んだ老人が佇んでおり、まさか、本当にここは、浮き世から切り離されてしまった場所なのだろうか、とすら三人は疑ったが、

「待っておったぞ、勇者ロトの、そして勇者アレフの子孫達よ。さあ、其方達にロトの兜を授けよう」

彼等の戸惑いを他所に、老人は、三人の訪れを以前から知っていた風なことを口にし、アレンの前に進み出ると、「ロトの印を」と促す。

そうして、言われるがままアレンが手渡したロトの印を、老人は、盾が納まっていた箱よりは小さな、が、やはり宝箱と言うには大きい、鋼で出来た箱の留め金に嵌め込み、封印を解くと、厳かに取り出した、盾と同じく青鍛鋼で出来た兜──ロトの兜を、印と共にアレンへ手渡した。

授けられたロトの兜は、やはり、アレンには有り得ないとしか思えぬまでに軽く、されど、アーサーとローザには持てもせず。

ふと、「そう言えば、この祠の守人なのだろう彼は、顔色一つ変えずにロトの兜を箱から取り出さなかったか?」と気付いた三人が振り返った時には、既に、老人の姿は祠の何処にも無かった。

僅かに目を離しただけの間に姿を消した老人が、少々薄気味悪かったのもあり、アレン達は彼を捜したが、どれだけ捜しても、老人の姿は影も形もなく、代わりに、ロトの兜が納められていた大きな鋼の箱が安置されていた祭壇裏の床に、水鏡のような物を見付けた。

白煉瓦に縁取られた揺らめく円形の床は、ロト伝説に登場する旅の扉そのもので、「もしや、これが……」と、即座にその正体の当たりは付けられたけれども、ローレシア王城内に存在する旅の扉をその目で確かめて来なかった彼等は、己達の想像に自信が持てず、暫し悩んでから、ままよ、と意を決し、三人同時に、揺らめく床に足を乗せる。

キメラの翼やルーラで運ばれる時とは又違う、奇妙な浮揚感を覚えた直後、咄嗟に閉じてしまった瞼を開いた時には既に、彼等は、見たこともない、祠のような、祭壇のような場所に立っていた。

なので、「ああ、やはり、この水鏡にも見える物は旅の扉なのだ」との確信を得て、俄然興味が湧いた三人は、『祠?』のようなその場所を探索し、聖なる祠とそことを繋いでいる物以外にも、二つばかり旅の扉があると知るや否や、世界地図片手に出入りを繰り返し、『祠?』にあった三つの旅の扉は、全て、世界各地に点在する祠同士を繋いでいると知った。

一つは、言わずもがな聖なる祠に、二つ目は、ルプガナの北の祠に、三つ目は、次の目的地であるベラヌール大陸の北にある祠に、『祠?』の旅の扉は繋がっている、と。

だが、ちょっぴりの『誘惑』を振り払った彼等は、一旦、聖なる祠に戻り、又もや世界地図を広げつつ、ああだこうだと相談を始める。

自分達だけならば、このまま旅の扉を伝って目的地を目指せるが、船を置き去りにする訳にはいかぬし、どの道、この先の旅程など有って無きが如しなので、一先ずは予定通り船でベラヌールへ向かい、水の紋章探しをしてから、船や、旅の扉や、アーサーのルーラやキメラの翼を、どのように駆使すれば旅の足が速まるか考えよう、と決め。アレン達は船に戻った。

──そこより、彼等が目指した先は、ベラヌール。

水の都、との渾名が、きっと、水の紋章へと己達を誘ってくれると、信じて疑わずに。