「死相……?」
「え、僕達にですか?」
────貴方達には、死相が出ている。
神職に就いている者とは言え、通りすがりの他人でしかない彼に、いきなり、そんなことを告げられて、ローザとアーサーは驚きに目を瞬かせ、
「……神父殿。失礼だが、そんな、それこそ不吉な言葉は聞き捨てならない」
碌でもない……、と憤慨したようにアレンは声を低めた。
「申し訳ありません。ですが、失礼だろうと不躾だろうと、お伝えしなくてはなりません。貴方々に死相が出ているのが、私には見えるのです。死相を垣間見せる貴方々の運命を変える手助けをするのも、神に仕える私の役目です。……どうか、お気を付けて」
「死相、死相と──」
「──アレン。いけません。────神父様。ご忠告、有り難うございました」
『不吉な予言者』へ、声低めた彼はきつい眼差しを向けたが、神父は怯むことなくきっぱりと言い切り、思わず一歩踏み出したアレンを制したアーサーは、一礼を残し去って行った神父の背を、礼を返して見送った。
「全く……。何なんだ、あの神父……」
「まあまあ、アレン。神父様は善意で忠告をして下さったんでしょうから、そんな風に言うのは良くないですよ。要するに、気を付けろ、と言われたと思えばいいじゃないですか」
「……そうね。そうよね。気分の良い話ではなかったけれど、気を付けるようにすればいいのよね」
「ええ、ローザ。気楽に考えましょう、気楽に」
死相が、などと言い残して去った相手にも、礼に適った態度を見せたアーサーに倣った訳ではないが、何となし、件の神父の姿が人混みに紛れて消え行くまでを、アレンもローザも黙って見送りはしたけれど。
今度こそ宿へ、と踵を返した途端、アレンは文句を零し始め、ローザも落ち着かない風を見せて、アーサーは、そんな二人の宥め役に回った。
だが、彼の足取りも又、弾むようだったそれまでとは打って変わった、何処となく重たいそれだった。
それでも。
向かった宿屋の入り口を潜った頃には、アーサーは固よりアレンもローザも、「不吉な予言など、気に病んだ処で仕方無い」と、気分を塗り替えられていた。
今宵の塒に定めた、ベラヌールで最も大きい宿屋の居心地良さそうな内装や雰囲気も、彼等の機嫌を直すのに一役買ってくれた。
相場よりもほんの少しばかり宿賃が高いのが難点だが、街一番、との宣伝文句に違わず、もてなしは良いと評判のその宿を彼等が選んだ理由は、ローレシアを発つ際、アレンの爺やが、自身の遣いとの落ち合い場所に指定してきたからで、「極々たまにの贅沢のつもりで、言われるままにしたけれど、正解だった」と、三人は、僅かに顔を綻ばせ。
「おお! これはアレン様。お待ちしておりました!」
そんな、先程の出来事を忘れた風に肩の力を抜いた一行を、帳場前で宿の主達よりも先に出迎えたのはローレシア宰相よりの遣いで、『我等が王子殿下』の顔を見付けるなり駆け寄って来た兵士は、アレンが労いの言葉を掛けるよりも早く、姿勢を正して敬礼し、託された報せを伝え始める。
「陛下と宰相閣下の命により、殿下がお探しの品の手掛かりに関するご報告に参上致しました。炎の祠と呼ばれる場所に、太陽の紋章がある、とのことです」
「遠路遥々、ご苦労だった。──炎の祠、か。その、炎の祠の所在に関して、爺やは何か言っていなかったか?」
「いえ。ローレシア国内にての調査で判明したのは、太陽の紋章なる物が、炎の祠に祀られているらしい、と言うことのみとか。閣下のお話では、調査自体も未だ半ばなのだそうですが、このことだけでも、殿下方にお伝えせよ、と」
「そうか。判った、有り難う。ゆっくり休んでくれ」
「はっ!」
帳場の直ぐ近くで、どの角度から見ても兵士でしか有り得ぬ者と、唐突にこんな堅苦しいやり取りを始めたら、注目の的なんてものでは……、と思いはしたが、その辺りの『柔軟さ』を、使命に燃えている様子のこの彼に求めるのは無理だな、と開き直ったアレンは朗らかに笑みつつ報告を受け、兵が自身の客室へと向かった直後には、「何事だろう……?」と己達を凝視していた宿の主へも、消さずにおいた笑みを向け、一切を微笑みで誤魔化し押し通し、こそこそと忍び笑い始めたアーサーとローザを促して、確保した部屋に逃げた。
「アレン、内心では困ってたでしょう?」
「貴方の背中に、せめて、もう少し小声で報告して欲しい、って書いてあったわよ」
宿の一階隅の四人用の部屋に引っ込んで直ぐ、アーサーとローザは、声を立てて笑い始める。
「それは、まあ……。でも、無理をしてまで僕達の身分を隠し通さずとも良くなったから、多くを言うのは諦めた。僕が言うのは何だが、ローレシア兵に、そういう意味での臨機応変を求めるのはな」
「でしょうね。王太子の貴方からして、お堅いものね、ローレシアは」
「それだけ、ローレシアの人達は、真面目ってことなんですよ、ローザ」
己の本音が二人にはバレていたと知って、微苦笑を浮かべたアレンは肩を竦めて言い、彼の言い草に、ローザもアーサーも笑い声を大きくした。
「二人共、笑い過ぎだ」
「ふふっ。御免なさい、アレン」
「私も、御免なさい。──でも、あの彼のお陰で手掛かりが増えたし、出来ることも増えたわ。この街で水の紋章を探したら、世界樹の島で葉を採って、そうしたら、炎の祠を探して太陽の紋章を。……旅が進むわね」
「そうだな。だが、今日はもう日没だ。紋章探しは明日にして、食事にしよう。それとも、先に湯を使うか?」
部屋中に響いた二人の笑い声に、アレンは微かに唇を尖らせたけれども、詫びながらもアーサーもローザも笑みは引っ込めず、まあいいか……、と再度肩を竦めることで二人のからかいをやり過ごした彼は、食事か風呂か、と彼等を見比べた。
「あ。僕は今夜は、湯浴みじゃなくて、体を拭くだけにしておきます。何となくなんですけど、体が重たいような気がするんで、大事を取っておこうかな、と」
「え、体が重い? 風邪か何かか? 大丈夫なのか、アーサー」
「宿のご主人に言って、薬を煎じて貰いましょうか?」
と、アーサーが体調に不安があると言い出したので、アレンは眉を顰め、ローザは早くも帳場へ取って返そうとしたが。
「平気ですよ。そんな気がするだけですし、一晩寝れば、元に戻る程度だと思いますから」
「なら、いいけれど…………」
「本当に、余り気にしないで下さいね、アレン。ローザも。ちゃんと食欲はありますもん」
大したことじゃない、とアーサーは、二人を安堵させるように、にっこり、と微笑んだ。
故に、くどくど言うのも悪いかと、アレンとローザは言葉を飲み込み、三人揃って食堂へ向かった。
取れた部屋は四人部屋、当然寝台も四つ、そこを三人で使うのだから、一人一台ずつ寝台を占領しても余るのに、誰に何を言われても、旅の間はアレンの腕を枕に眠るのを止めるつもりはないアーサーとローザは、当たり前の顔をして隣り合う二台の寝台をくっ付け寝床を整え、すっかり二人に慣らされてしまったアレンも、深くは思わず『寝床作り』に手を貸し。アーサーの体調を鑑みて、かなり早い時間から、仲良く三人引っ付いて眠った翌朝。
何時もの刻限に目覚めたアレンは、未だ寝入っている二人を残し、そっと床を抜け出して、向かった宿の裏庭で習慣の早朝鍛錬に勤しんだ。
普段よりも僅かだけ長めになってしまった鍛錬を終え、汗を流して部屋に戻った彼が目にしたのは、既に支度を終えていたローザと、寝台に横になったままのアーサーだった。
「あれ? ローザ、アーサーは未だ?」
「ええ。昨日よりも、具合が悪くなってしまったんじゃないかしら……」
早朝、神への祈りを捧げるのを習慣としているアーサーの普段の起床時間は、アレンと似たり寄ったりなのに、珍しく、ローザよりも朝の遅い彼の姿に、二人は、揃って顔を曇らせた。