─ World Tree〜Pelpoi ─
一度目の時のように、二度目のその時も、探すまでもなく世界樹は自ら、ひらり……、と鮮やかな緑の葉を一枚のみ彼等の眼前へと落としてくれたので、世界樹の島を訪れた建前上の目的を、労することなく果たした三人は船に戻った。
外洋船の乗組員達にしてみれば、どうしても訝しさの拭えない島であり大樹だが、世界樹の葉の持つ力にも、葉そのものにも気は惹かれていたようで、誰からともなく戻って来た彼等を取り囲み、興味津々と言った風に、あれこれ三人へ問い掛けてきた。
だから、これが世界樹の葉だと、あの日同様、ローザのハンカチに包んで持ち帰って来た葉をアレンは彼等に披露してやって、その所為か、尚盛り上がった船乗り達は又、自分達含め、ルプガナには掃いて捨てる程いる船乗り達の誰も、世界樹の島を知らなかったのは何故なのか、と言い合い始め、
「……あ、そうだ。そう言えば、皆に訊きたいことがあったんだった」
彼等の話を切っ掛けに、アレンは、失念していたことを思い出した。
「ん? 何だ、アレン坊」
「ロンダルキアの東半島に、村があるかどうか知らないか? 確か、ベラヌールを出て六日目……だったかな。あの夜、半島の南の海岸で、何か光っているのが見えたんだ。あんな所に街があるなんて僕は聞いたことがないし、街の灯りにしては数が少なかったから、あったとしても、とても小さな村か何かだと思うんだが。世界地図も見てみたけれど、あれも、世界中全ての街や村が載っている訳ではないから、能く判らなくて……。でも、皆なら何か知ってるんじゃないかと」
「ベラヌールを出て六日目っつーと……。…………ああ、ロンダルキアの殆どを囲んでる山脈が切れる辺りか。あの辺りに街か村…………。……そんなん、あったか?」
「さーて、俺ぁ覚え…………、って、おい、一寸待て。それってよ……」
「おいおいおい……。変なこと言い出すんじゃねえよ、アレン坊。気味が悪りぃじゃねえか」
彼が失念していたのは、先日、ベラヌールから世界樹の島を目指していた最中、係留中の船の甲板から眺めた、確かに瞬いていた小さな灯りのことで、彼の問いを受け、暫し、うーむ……、と揃って腕組みしながら考え込んでいた船乗り達は、やがて、僅かに顔色を変える。
「え。気味が悪い? 何故?」
「どうしてかしら。その光なら、私も見たのよ?」
「……いやな。お前さん達が、何か光ってるのを見たって辺りに、昔、ペルポイって街があったんだ。俺達も、ルプガナの年寄り連中から話に聞いただけで行ったことがある訳じゃねえが、割に大きい街だったらしいぜ。けど、二十年前だったか十年前だったかに、或る日突然、街から人が消えちまったんだと。何でかは知らねえが、噂じゃ、街の連中全員、神隠しに遭っちまったんだ、ってことだった。…………だから、今、あの辺りにあるのは、廃墟になっちまったペルポイの街跡だけの筈なんだ。寄り付く奴だっていねえ、んな所に火が灯る訳ねえし、本当に何か光ってたってなら、そりゃ、生きてるもんの仕業じゃねえって」
通りすがった海岸近くで瞬く光を見た、と言うだけの話なのに、どうして彼等は……と、実際に灯りを目にしたアレンとローザは水夫達の態度にきょとんとなったけれど、中年の船乗りの一人が、自分達がその話を気味悪がる理由を語ってくれた。
「へえ……。住民が、皆、神隠しに遭って廃墟になってしまった街、か」
「ああ。な? 気味悪りぃだろ?」
「ええ。でも、そのペルポイと言う街の人達全てが神隠しに遭った、なんてこと、有り得るのかしら。割に大きな街だったのでしょう? それに、アレンと私が見た光は、確かに、人の為の灯りに見えたわ」
「………………と言うことはですよ。人が行く筈無い、廃墟になってしまったペルポイの街の跡を、それでも訪れた人がいた、ってことかも知れません。だとすると、その人は、普通に考えたら不気味な廃墟に行かなくちゃならない理由があったってことにもなりますよね。…………ペルポイの街跡には、何か、あるのかも知れませんよ」
「一寸、気になるな。ロンダルキアでの話だし」
しかし。
すっかり、その手の話に慣れっこになってしまった三人は、却って興味をそそられ、
「…………………………。……船長ーー。アレン坊達が、ペルポイの街があった辺りに行きたいんだとさー」
「まー、一旦デルコンダルまで行って、もっぺん戻って来るよりゃ、ここから直接向かっちまった方が手っ取り早いやなー」
「あそこ行くくらいなら、水も食料も足りるしな。最悪、ザハンに戻りゃいいんだしよ」
ひょっとすると、ペルポイの街跡には……、と言い合い始めた三人を見守っていた水夫達は、物好きな……、と呆れながらも、アレン達が言い出すより早く、進路の変更を船長に伝えてくれた。
世界樹の島を発って、二日後。
十年、若しくは二十年前は、ペルポイお抱えの港だった波止場跡に外洋船は入り、アレン達は、街の廃墟へ向かった。
かつてはペルポイがあった一帯は、整地の痕跡は残っていたものの、既に廃墟ですらなく、野晒しの地面が広がっているだけだった。
そんな、がらん……とした辺りを眺め、不気味以前の問題、と拍子抜けしながらも、三人は何か残っている物はないかと探し歩き、雑木林に囲まれた人目に付き難い場所にあった、コの字の形をした低い石垣を見付けた。
石垣の付近には、最近、何者かが焚き火を使った跡もあり、先日見掛けた灯りはこれだったのかも知れない、と想像した彼等は、この火を焚いた何者かが、こんな、廃墟すらない所で夜を明かしただろう理由も近くにある筈、と探索に一層の熱を籠め始める。
……まあ、一番有りがちなのは、乗っていた船がこの近くで転覆してしまったとか、そんなような理由で遭難した誰かが、偶然辿り着いたここで焚き火を使っただけ、と言うオチだろうけれど……、と三人共に考えてはいたが、誰も口には出さなかった。
自分達は、邪神教団本拠や大神官ハーゴンの許に繋がる道を、何としてでも探し当てなくてはならぬのだから。
その為には、世界中を訪ね歩いて、僅かな可能性も取り零さずに進んで行かなくてはいけないのだから、と自らに言い聞かせ、彼等は探し物を続けた。
けれど。
探せども探せども、石垣以上の『人の痕跡』は見付けられず、これはもう見切りを付けるしかないか、と落胆し掛けた頃。
「……扉がある」
そうだ、この石垣自体は調べていなかった、と思い付いたアレンが、石積みに囲まれたそこを覆う落ち葉を払ったら、鉄で出来た、酷く重そうな扉──正しくは蓋──が、呆気無く姿を現した。
「これって……、この下に、地下があるってことよね」
「多分。氷室か何かかも知れませんけど……、開けてみましょう」
「でも、この扉、どうやって開けるんだ? 取っ手もないし、かなり厚そうだから、三人掛かりでも開けられるかどうか。…………まあ、でも、やってみるか……」
やっと何か出てきた! と発見出来た扉を彼等は取り囲んだけれど、アレンが言った通りそれには取っ手がなく、どうやって開けろと言うんだ、と悩みながらも彼は、扉を蹴ってみたり叩いてみたり、剣の柄で打ち鳴らしてみたりと様々に試してから、扉と枠の隙間に、鋼鉄の剣の先を鞘毎突っ込んだ。
「これ以上やると、剣が折れるな……」
────上手くすれば抉じ開けられるかも、と彼が奮闘すること暫し。
剣が、ミシリと嫌な音を立て始めた頃。
限界だな……、とアレンが眉間に皺を寄せたその時、鉄の擦れる耳障りな音が足許より湧いて、パンっ! と重たい鉄の扉が跳ね上がった。
「うわっ!」
「お前達は何者だ!?」
「どうせ、お前達もハーゴンの手先なんだろうっ!?」
バネ仕掛けになっているのか、勢い良く跳ねた扉に驚いたアレンが思わず身を引いた直後、扉の下から、剣や槍を構えた男達が幾人も飛び出て来て、口々に叫ぶ敵意剥き出しな男達に、呆気に取られた三人は取り囲まれてしまい。唖然とした顔のまま、彼等は揃って、ソロソロ……、と両手を上げた。