「なあなあ。おたくら、俺の話に一口乗らねえか?」
人の出入りが限られているペルポイでは、新参者は一目で判るのだろう、アレン達が余所者であると直ぐに見抜いた、どう見ても堅気とは思えぬ男は、彼等へと近付くなり、猫撫で声で誘いを掛けてきた。
「断る」
その大きな体躯で、三人を路地裏の影に追い遣るように押してくる男を押し返し、アレンはにべもなく言った。
「何だよ、つれねえな。話くらい聞きやがれ。おたくらが、ここに来たばかりの新顔だなんてこた、見りゃ判るんだぜ。ってこたぁ、俺達と似たような商売で食ってる、例の『牢獄の鍵』の噂聞き付けた『お仲間』ってこったろう? 揃いも揃って育ちの良さそうな顔してやがるが、俺は騙されねえぞ」
「……失礼ね…………」
「あのー、僕達は──」
「──お前が言っているのは、魔法具のことか?」
けれども男はしつこく、ローザはムッとした風になって、アーサーは誤解を解こうとしたが、二人を制したアレンは、少しだけ考えてから思わせ振りな態度を取ってみせ、
「ほれ見ろ、おたくら、やっぱり『お仲間』じゃねえか」
見立てに間違いはなかったと、男はニヤッと笑う。
「……ああ。まあ、な」
「俺もよぅ、どんな家屋敷の鍵でも開けちまうって評判の『銀の鍵』よりも凄い、『牢獄の鍵』って渾名の魔法具を拵える魔術師崩れが、ペルポイに逃げ込んだって噂聞き付けてここに潜り込んだんだが、どうしても手に入れられなくってな。そんな噂、デマだったんじゃねえかって思ってた処だったんだ。……だからよ、おたくらも俺と同じ穴の狢なら、手ぇ組まねえか? 一人で探してたって、埒明かねえんだよ。おたくらだって、手は多い方がいいだろう?」
…………どうやら男は、口が軽くて早とちりな質をしているようで、アレンが調子を合わせた途端、ぺらぺらと、この街にお尋ね者達が潜り込む理由の一つを捲し立てた。
「………………ローザ。すまないが」
「大丈夫。判ってるわ」
やたらと早口で喋りまくる彼の話を、訳知り顔を拵えたまま最後まで黙って聞き届けたアレンは、ちらりとローザに目配せをし、小さく頷いた彼女は、微かな声で詠唱を紡ぐ。
「──……、ラリホー」
素早く唱えられたラリホーの呪文の直後、男はドタリとその場に引っ繰り返り、
「逃げるぞ」
「はい」
「ええ」
押し込められた路地裏から、三人は駆け出した。
「咄嗟に盗人の振りをするなんて、アレンもやりますねー。それに、能く判りましたね、『牢獄の鍵』が魔法具だ、って」
「鎌を掛けてみただけだ。僕達は魔法具な鍵に縁があるみたいだから、牢獄の鍵とやらも、ひょっとして、と。で、調子を合わせてみたら正解だったと言うだけ。……我ながら、上手く出来たとは思うけど、盗人の振りをしたら、又、胃が痛んだ…………」
「……アレン。貴方、時々妙に大胆に振る舞う割に、変な処が繊細ね」
暫し駆けてから、後ろを振り返って追っ手の有無を確かめ一息つき、アーサーは先程のアレンに感心した風になったが、あれは、自分にとっては胃の臓を痛める真似だった、と当のアレンは腹に手を当て身を屈め、ローザは呆れたように言いながら、彼の背を摩った。
「あららららら……。アレン、大丈夫ですか? 無理しなくても良かったんですよ?」
「ああ。でも、引き換えに魔法具のことが知れたから」
「胃を痛めてまで、と言うのは考え物かもだけれど、お陰で聞き出せた彼の話が本当なら、牢獄の鍵は手に入れる価値があるわね。多分、彼等の間で噂になっている魔法具に、そんな渾名が付いているのは、牢獄の鍵でも開けられる魔法具、と言う処から来ていると思うの。なら、私達の役にも立ってくれるかも」
「ですね。じゃあ、一寸探ってみましょうか」
通りの隅に寄り、語り合いつつアレンが抱えた痛みが治まるのを待って、三人は、怪し気な雰囲気を漂わせている者達ばかりが行き交っているその一画を長らく彷徨き、やがて、一軒の小さな道具屋に行き着いた。
そこに辿り着くまでには、詐欺師としか思えぬ男に詐欺としか思えぬ誘いを掛けられたり、ぼったくりの押し売り商人にガラクタを買い取れと迫られそうになったり、ルプガナを散策していた時のように、過度に肌を露出した衣装の女に『ぱふぱふ』に誘われたり、と言った、碌でもない目にばかり遭ったが、何とか、如何わしい誘いや恐喝や脅迫の全てを躱し切った彼等は、訳の判らぬ因縁を付けて脅してきた男の一人を脅し返して聞き出した、道具屋の軒先を潜る。
「いらっしゃい。何がご入用で?」
「噂の物を。ここでしか手に入らないんだろう?」
「おっと…………。旦那方、誰から聞きました?」
「それは、言えない」
「……ご尤も。──ちょいと値が張りますよ。いいですかい?」
「ああ。判ってる」
「では、お売りしましょう。……言うまでもなく、他言無用でお願いしますよ」
店の中は、余り流行っていないだけの道具屋にしか見えなく、店主も、一寸迫力ある面立ちをしているだけの商人としか思えなかったが、「又、胃の臓を痛めるんじゃ……」と、ちょっぴりハラハラしつつのアーサーやローザに見守られながら、アレンが『らしい』態度を取ってみせるや否や、店主は、あ、との顔付きになって、二〇〇〇ゴールドもの代金と引き換えに、油紙に包まれた、小さな品を彼等へ渡した。
「どうも」
それを簡単に確かめてから懐に仕舞い込み、三人は、そそくさと店を出る。
「色々と疲れる目に遭ったけれど、鍵自体は簡単に手に入ったな」
「結構ふんだくられちゃいましたけどね」
「仕方無いわ。又、魔物と獣の狩りを頑張りましょう」
早足で、盗人達の溜まり場であるその一画を抜け出しつつ、痛い出費だったけれど……、と改めて『牢獄の鍵』を確かめた彼等は、今夜はもう休もうと、寄り道を打ち切り、今度こそ宿屋を目指した。
存在自体が謎に思えたペルポイ唯一の宿屋の正体は、酒場だった。
娯楽に乏しいこの街では、酒を呑むのだけを楽しみにしている者も少なくなく、酔い潰れてしまう者や、家にも帰らず夜っぴて飲み続けようとする者が後を絶たないので、酒場には、そんな彼等の為の寝床の用意があり、故に、宿屋代わりになっている、と言うだけだった。
まあそれでも、食事を摂ったり体を休めたり出来るのに違いはないから、アレン達は、そこに一晩厄介になろうと決めた。
但、代わりは代わりでしかなく、浴場などはなかったので、ローザは、ほんの少しだけ落胆した風になり、
「湯浴みが出来ると思っていたから、一寸寂しいわね……」
と、小さな声で呟きつつ、夕食を終えてから入った客室の片隅で、湯に浸してから固く絞った布で髪を拭い始める。
「…………アレン。アレン」
そうやって、細やかな身繕いに勤しんでいる彼女をチラリと盗み見たアーサーは、小声でアレンを呼んだ。
「ん?」
「アレン、さっき、ルプガナの時みたいに、『ぱふぱふ』をしないかって誘ってきた女性のこと、上手く躱してたでしょう? ……ぱふぱふって、何のことか判ったんですか? 僕、未だに判らなくって。何となく想像は出来なくもないんですけども」
「あーーー………………。……実は、ローレシアに戻った時に、父上や爺やに、ぱふぱふのことを尋ねてみたんだ。そうしたら、頭ごなしに叱られてしまったから、却って気になってな。こっそり、城の兵達に教えて貰ったんだけれど……」
「ふんふん。それは確かに気になりますね。……で?」
「……それがー…………。……ぱふぱふ、と言うのは────」
ローザには決して聞かれぬように、目一杯声潜めたアーサーと、同じく目一杯声潜めたアレンは、寝台に並び座って肩も寄せ合って、こそこそと『ぱふぱふ』に付いて語り合い、
「ええええっ!? それ、本当ですかっ!?」
「アーサー、声が大きいっ!」
「あら。二人して、何を騒いでいるの?」
『ぱふぱふとは何ぞや』を知ったアーサーは悲鳴めいた叫びを放ち、突如の雄叫びに耳劈かれたアレンは焦り声を上げて、丁度髪を拭い終えたローザは、何事? と少年達を振り返った。