「何でもないです」
「何でもない」
「…………二人共。それは、疑ってくれと言っているようなものよ」
「一寸、ふざけてただけです。ね? アレン」
「あ、ああ。大したことじゃない」
「……ふうん………………。殿方には、殿方のみの如何わしい秘密でもあるのかしらー?」
『ぱふぱふの真実』は、女性と言うだけでなく、淑女でもあるローザには到底聞かせられぬ話だったので、アーサーもアレンも、引き攣り笑いを浮かべつつ誤魔化しに走ったが、アレンを挟んでアーサーの反対側に腰下ろした彼女は、ジトっと二人を見比べ、
「えっ!? そ、そうじゃなくて! いか、如何わしいだなんてっっ」
「………………怪しい」
「えっと……。……あ、そうだ! そうそう、それはそうとっっ! ここの皆さんの話を聞いた時から、二人に言おうと思ってたことがあるんですっ」
どうしよう、胃の臓が……、と顔蒼褪めさせ、『尻尾』も出し掛けたアレンの腕を咄嗟に掴んだアーサーは、無理矢理、話を打ち切った。
「アーサー? その手には乗らないわよ」
「本当ですってばっ。嘘じゃないです、信じて下さい、ローザ!」
「なら、貴方が言おうと思っていたことって、何かしら?」
「あのですね。ここを発ったら、もう一度、ローレシアに行きませんか」
彼曰くの『話したいと思っていたこと』とやらも、所詮は誤魔化しだろうとローザは疑ったけれども、全くの出任せではなかったらしく、アーサーは、急に真顔になった。
「ローレシア? 何でだ?」
釣られ、アレンも表情を変える。
「…………あ。それは、私は賛成」
何故、再びローレシアに、とアーサーが言い出したのかアレンには判らなかったが、ローザは心当たりがあるようで、直ぐさま頷いた。
「え? ローザも? もう、ローレシアに行く必要なんてないだろう?」
「理由なら、ちゃんとありますよ。但、一寸嫌な話なので、怒らないで聞いて下さいね、アレン。────ペルポイが地下に造り直されたのは、ハーゴンの呪いから逃れる為に、が理由でしたし、僕も、ローザも、一度は彼等に呪われてしまっていますよね」
「…………ああ。でも、それが……?」
「ですけど、この街の人達も、僕達も、ハーゴンの姿を見てはいません。それでもハーゴンが呪いを振り撒けるのは、『ハーゴンの手先が、潜り込んだ先々で命令通りに人を呪っているから』ってことなんだと思うんです。その……ムーンブルクでのことを考えても。尤も、僕の時は、怪しい者が近くにいた形跡なんてありませんでしたから、ハーゴンには、遠方にいながら人間を呪い殺せるだけの力もあるんでしょうけれど」
「……………………そうだな。多分、そういうことなんだろう」
「だから、直ぐにでもローレシアに行った方がいいです。ベラヌールで僕の看病をしてくれた彼が、言ってたじゃないですか。城下で捕らえた邪神教団の神官を地下牢に繋いでから、牢番が次々倒れてる、って」
「……本当はね、あの彼の話を聞いた時から、私もずっと気になっていたの。ロトの印を取りに行った時、地下牢から嫌な寒気を感じたから、余計に。──こういう言い方はしたくないけれど、ハーゴンが、伝説の二人の勇者の血を引いている私達を呪うのは、理解出来なくもないわ。でも、勇者とは繋がりのないペルポイの人達も、ハーゴンの呪いに脅かされているわ。地下に街を造った程。……だったら、ハーゴンが、ロト三国の盟主国であるローレシアに呪いを掛けようとしても不思議じゃないし、もしかしたら、もう……と、街の人達の話を聞いて、私も思ったのよ」
「…………ローレシアが……。…………そうか、確かに言われてみれば……。……なのに、どうして僕は気付けなかったんだ……っ」
己の左右を占めたアーサーとローザに、ローレシア行きを推す理由を語られ、途端、アレンは悔やむ風に唇を噛み締める。
「アレンが、このことを直ぐに思い付かなかったのは、それだけ、ローレシアやローレシアの人達を信じているからですよ。僕達だって、早々、ローレシアは脅かされたりしないと思ってますし、ペルポイに来て、漸く思い至ったくらいなんです。ムーンブルクがあんな惨い目に遭わされてから、もう一年近く経ちますけども、あれ以来、邪神教団は目立った動きを見せないままでしたし」
「ローレシアなら、きっと大丈夫だと、私だって信じてはいるのよ。だけれど…………。……ローレシアに行きましょう、アレン。私達が行けば、ペルポイで掴めた話を直に陛下にお伝え出来るから、少なくともローレシアの助けにはなる筈よ。無駄足になってもいいじゃない。私はもう、犠牲は出したくない」
俯き加減になってしまったアレンへ、それまで以上に寄り添ったアーサーとローザは彼を励ます言葉を掛けて、
「……有り難う、二人共。────判った、ローレシアに行こう」
伏せていた面を上向かせたアレンは、彼等へと笑み掛けてから、明日にでも祖国に戻る、と決意した。
ペルポイの酔っ払い達を転がしておく為だけにある寝台は、野宿にも慣れて久しい彼等でも具合が良くないと感じる程だったが、固くて狭いその上で、三人は何時も通り仲良く引っ付いて眠り、翌日の早朝から、旅立ちの支度を整え始めた。
朝食を終え、午前早くに宿代わりの酒場を引き払った彼等が、急く気持ちを抑えながら向かった先は、昨日は覗けなかった二つ目の商店街だった。
夕べは、長老や神父達への挨拶を済ませ次第、街を後にするつもりでいた彼等の足をそこに向けさせた理由は、朝食を摂っていた際、店の主や客達から仕入れた話にある。
────ロンダルキアは、昔から製鉄や鍛冶が盛んで、数百年前は大魔王ゾーマに、百年と少し前は竜王に、そして現在はハーゴンに、と世界が三度も魔王達に脅かされ、又、脅かされつつある今でも、その歴史と伝統は絶えておらず、未だ地上に街があった頃のペルポイには、武器職人や防具職人が数多くいた。
地下都市となり、他国や地方との関わりを絶った際、大多数の職人は、それでは商売にならないからと街を去り、ベラヌール等に移ってしまったけれども、故郷は捨てられないと、ペルポイに留まった者達もいて、残った職人達は、例え商売にならなくとも、と先祖代々の生業を半ば意地と挟持のみで続けており、故に、出来のいい武器や防具が、今でもペルポイでは手に入れられる。
無論、値は張るが。
…………と、そんな話を街の者達から教えられたアレン達は、先々のことを考え、武器屋を覗いてから旅立つことにした。
商店街への道順も細かく教えて貰ったので、すんなり着けたその店には、アレンがラダトームで心惹かれた大金槌も売っており、今度こそ、これを買いたい、と言い出した彼と、「鈍器は絶対駄目!」との主張を再び振り翳したアーサーとローザとで、店先で長らく、ぎゃいぎゃいと口喧嘩をしてしまったり、口喧嘩の果て、アーサーに、
「だったら、アレン。大金槌じゃなくて、ドラゴンキラーを買いませんか? 八〇〇〇ゴールドなら何とかなりますし、それに、ドラゴンキラーですよ、ドラゴンキラー。何時かはもう一度訪ねなきゃならない竜ちゃんが、きっと嫌がりますよー」
と、言い包め──もとい、説得されたアレンが、竜ちゃん、の一言を出された途端、大金槌でなくドラゴンキラーに無言で手を伸ばしたり、ベホイミの術と同じ力を持つ魔法具でもある『力の盾』も欲しいけれど……、と三人揃って財布代わりの革袋の中身を眺め、うーむ……、と唸り続けたり、到底防具には成り得なかろうに、何故か店頭に飾られていたミンクのコートにローザが目を奪われてしまったりと、何だ彼
店を出て漸く、もう暫くで昼になってしまうと気付いた彼等は、慌てて街の出口へ向かい始める。
しかし、歩く速度を早めた彼等の行く手を、街一番の目抜き通りを埋め尽くした数多の人々が阻んだ。