─ Lorasia ─

昼前に戻り着いた外洋船で、アレン達が、今からローレシアに向かうと方法込みで告げたら、船乗り達は、本当にそんなことが出来るのかと、呆れるでなし、彼等を笑い飛ばした。

流石に、大笑いされるとまでは思っていなかったが、俄には信じて貰えぬだろうとは予想していたので、アーサーを筆頭に、三人は何とか船乗り達を説得し、試してみれば直ぐに嘘か真か判るからと、疑いを消さない水夫達全員を念の為に船室へ向かわせてから、己達のみで甲板に立った。

「いいですか? 唱えますよー!」

硬い樫の木で出来た船の手摺りをしっかり掴んだ己を、アレンとローザが両脇から更に掴むのを待ち、言うや否や、アーサーはルーラの呪文を詠唱する。

途端、宙に放り出されたような覚束無い感覚が彼等を襲って、条件反射で閉じてしまった瞼を開いた時には、既に、外洋船の甲板に立ち尽くしたままの彼等の眼下に、ローレシアの港が広がっていた。

「凄い……。本当に外洋船まで……」

「ええ。衝撃ね……」

「上手くいきましたねー」

恐る恐る見遣った先にあるのは、祖国ローレシアの海と港、と悟ったアレンは、少し興奮したように目を見開き、ローザも感嘆の息を吐いて、アーサーだけが、暢気に。

「あっ。アーサー、大丈夫か? 外洋船みたいな大きな物も一緒だと、疲れるんだろう?」

「直ぐに船を降りるのは止めて、少し休みましょうか」

「平気ですよ。思っていたよりも、魔力も要りませんでした。復刻版ルーラも、コツさえ掴んでしまえば、今のルーラと何も変わらないみたいです。それよりも、ローレシアに着いたと船長達に報せないといけませんし。……ほら、急に船が現れたと、もう港では騒ぎになり始めてる感じですから、ローレシア海軍の人達にも、事情を話さないと」

「…………え? ……あら、本当に。人が集まって来ているわね」

「そうだな。なら、早く行こう」

驚きに満たされた一拍後、成功はしたがアーサーは倒れはしまいかと、アレンとローザは不安気な顔をしたのに、心配された当人は、のほほんとした調子を崩さなかったので、そのまま三人は船室へ下りた。

アレンやローザ同様、僅かの間に、ペルポイにいた自分達が、船毎、ローレシアまで運ばれた事実に驚く船乗り達を落ち着かせ、下船後は、少々浮き足立ってしまっていたローレシア海軍の兵達を落ち着かせ、としてから、再び、アーサーが唱えたルーラで以て飛んだアレン達は、ペルポイを発ったその日の午後早くには、ローレシア王都──それも、王城の門前に立つのを叶えていた。

先触れ一つ無かった彼等の帰城に、門番を務めていた二人の兵士は慌てて宰相を呼びに行こうとしたが、今回こそ、悠長なことをしている暇は無いからと、アレンが彼等を制し、三人は急ぎ城内へ入った。

玉座の間に着く直前、耳聡く、王子殿下方の帰還を聞き付けた宰相が何処より素っ飛んで来たけれども、始まりそうになった、「そのようなお姿で陛下の御前には!」との、爺やのお小言も何とか掻い潜って、旅の埃に塗れたまま、彼等は、ローレシア国王に拝謁する。

「アレン? どうした。報せも寄越さず、そのような姿で。何か、火急のことでも遭ったのか?」

「お叱りは、後程に幾らでもお受け致しますので、今だけは、何も彼もお許し下さい、父上。────我々は、ローレシア国王陛下に、ご注進に参上致しました」

衣装も改めず、いきなり、飛び込む風に玉座の間に入室して来た息子達を、アレンの父王も訝しんだが、父の御前で慌ただしく膝を折るや否や、アレンは、急ぎ帰国した理由を王へ語った。

言うまでもなく、アーサーやローザが一度は呪われてしまった等々、決して打ち明けたくない事実は伏せて。

「成程な……。十数年前に滅びたと言い伝わっていたペルポイが、そのようなことになっておったとは……。……となると、確かに其方達の申す通り、先日捕らえた邪神教団信徒は、このローレシアにハーゴンの呪いを振り撒かんとしている、不届きな輩かも知れん。いや、そう考えて然るべきか」

「はい。ですが、我々にも、確証までは掴めておりません。捕らえた教団信徒が齎さんとしているやも知れぬ、ハーゴンの呪いを防ぐ手立ても」

「そうだな。しかし、そうなると…………」

旅の最中に訪れた各地で見聞きしたことより鑑みるに、今、王城の地下牢に繋がれている邪教の神官は、このローレシアにハーゴンの呪いと言う災いを振り撒こうとしている輩である可能性が高い。……と、父上、ではなく、国王陛下、と呼び掛けてきたアレンに真剣な顔付きで語られたローレシア国王は、息子以上に深刻な面になり、この先どうするべきかを吟味し始める。

「……陛下。それを探る為にも、我々が、地下牢──

そんな父王の顔色を伺ったアレンは、国に戻ったら自分達はどうするか、三人で決めておいた通りに動くべく、地下牢に立ち入る為の許可を求めようとしたが。

──それは、ならん」

彼の言葉が半ばの内に、ローレシア王は願いを退けた。

「どうしても、なりませんか」

「ああ。どうしても、だ。ならん、の一言では不服と言うなら、理由も添えてやる。────アレン。先程の注進の折、其方は、其方達がベラヌールやペルポイで見聞きした話に次いで、伝説の二人の勇者とは何ら繋がりを持たぬペルポイが、地下に街を造った程にハーゴンの呪いに脅かされているのだから、ロト三国の盟主国であるローレシアに、ハーゴン共が呪いを仕掛けようとしても何ら不思議ではない、と告げたな」

「はい。申しました。それが何か……?」

「では、訊くが。何故、伝説の二人の勇者、との言葉を使った? 約三十年前から既に、ペルポイがハーゴン共の呪いに晒されていたのは、彼の街がロンダルキアの山々の麓に最も近かったからなのだろう? なのに、どうして伝説の二人の勇者が引き合いに出てくる? 伝説の二人の勇者──延いてはロトの血もが、そこに関わっているからではないのか。……ローザ殿の前で、このことを語るのは心苦しいが。そもそも、この話が、ムーンブルク王都を滅ぼしたハーゴン共が、次はローレシアを滅ぼさんとしているのではないか、と進まなかったのは何故だ? 何故、其方の注進は、ムーンブルクを差し置いて、ペルポイでのことが軸になっている?」

表情こそ変えなかったものの、アレンが不服に思ったのを察したのだろう、父王は、地下牢への立ち入りを許さぬ訳を告げ始める。

「それ、は…………」

「……言いたくないならば、敢えては訊かぬが。────アレン。アーサー殿も、ローザ殿も。其方達は少なくとも、ハーゴン共が振り撒く呪いと勇者ロトの血とには、多少なりとも関わりがあると考えている筈だ。そう考えるだけの何かを、其方達は知っておるのだろう。……故に、地下牢に立ち入ることは許さぬ。儂もだが、其方達三人は、勇者ロトの血を引いておるのだから。そのロトの血故に、其方達こそが呪いの的にされるやも知れぬ機会を、わざわざ作れと言うのか」

「しかし、父──陛下っ」

「ならんと言ったらならんっ。其方達は、ハーゴン討伐を本懐とする旅をしている大切な身。万が一のことでもあったらどうするっっ。──ローレシアのことは、儂達で何とかする。其方達は旅に戻れ。……気持ちは判るが、案ずるな。余計な心配なぞせんで、好きなだけ、この城で羽を伸ばしてから旅立つといい」

…………そうして、ローレシア王は、三人へと労うような眼差しを向けつつも、これ以上の問答は無用だと一喝する風に言ってから、従者も伴わずに玉座の間より去ってしまった。

「陛下の仰せの通りですぞ、殿下。此度は、お聞き分け下さい。殿下方は、大事を控えておられるのですから。──さあ、殿下。アーサー様も、ローザ様も。支度は整っておりますので、こちらで旅の疲れをお取り下さい」

しくじった、と思った時には既に遅く、父王は退室してしまい、爺やにも、諌めるように言われながら部屋に戻れと促され。アレンは小さく溜息を付いて、先に立った宰相に続き、玉座の間を出た。