「やっちゃいましたね……」

「……ああ。すまない、しくじった。父上に、あんな風に返されるなんて思ってもみなかった……」

「貴方だけの所為じゃないわ、アレン。今回のことを、どうやってローレシア王に申し上げるかは、三人で考えたことじゃない」

────玉座の間より辞し、侍従や女官達に言われるがまま、アレンは自室へ、アーサーとローザは客間へと引っ込み、それぞれ、湯浴みや着替えを終えた三人は、「休みがてら、ゆっくりお茶にするから」との建前を整えて、王城の中庭に面した、広いテラスに集まった。

設えられている、優雅な一時ひとときを楽しむ為の調度に三人が座した途端、ここ久しくお目に掛かっていなかった香り高い紅茶や、手が込んでいるのが一目で判る茶菓を運んで来た女官達が遠くに控えるのを待って、アレン達は頭を抱える。

何を、どれだけ、どんな風にローレシア王へと伝えるか、事前に三人して綿密に打ち合わせ、注進の際の科白も組み立て、これなら大丈夫だろうと確信したのに、自分達よりもアレンの父王の方が一枚以上上手だったばかりか、痛い腹まで探られ掛けた、と。

「言われてみれば、そうですよねえ……。僕達以外には知られない方がいいだろう話は全て伏せて、ローレシア王にお伝えしなくてはならなかったにしても、ペルポイのことばかり引き合いに出して、ムーンブルクのことを差し置くのは変でしたね……」

「まあな……。でも………………」

「悔やんでも仕方無いわ。アレンもアーサーも、必要が無い限り、ムーンブルクのことには触れずにおこうとしてくれているし、私自身、少なくとも今は未だ、そっとしておきたいことだから、きっと、私達三人共が無意識に、話の中からムーンブルクを追い出していたのよ」

「そう……だな」

「……そうかも知れませんね」

「それに、ムーンブルク王都があんな風にされてしまったことが、私達の中では、少し『遠くなっている』と思うの。……あ、遠いと言っても、既に過去として流し始めている、とかではなくて。純粋に、あれから過ぎた時間の長さ、と言う意味でよ? だから、ムーンブルクを引き合いに出すのは、不自然、とも思ってしまったんじゃないかしら」

「不自然? ローザ、それはどういう意味だ?」

「ペルポイでアーサーも言っていたけれど、あれから、もう一年近く経つわよね。なのに、ハーゴン達は、最近まで何も仕掛けてこなかった。ベラヌールでアーサーが呪われてしまったのも、ローレシア城下に教団の神官が現れたのも、この一月と少しの間に起こったことよ。そして、私達がペルポイを訪れたのは、その直ぐ後。……そんな私達にしてみれば、ムーンブルク王都が襲われたことと、ローレシアが危機に晒されているかも知れないこととを結び付けて考えるのは、不自然に思えない? 時間が経ち過ぎているもの。でも、ベラヌールやペルポイでのことも、ローレシアでのことも、最近の出来事でしょう? 同じ『身近な出来事』同士を結び付けて考える方が、私達には自然に思えるわ」

もっと知恵を絞っておけば、ローレシア王への注進も上手くいっただろうに……、と後悔し切りな少年二人に、ローザは、飴色の紅茶で満たされた真っ白な茶器を取り上げながら、自分達の視点と王の視点が違っていたのが、しくじりの原因やもなのだから、余り悔やんでも……、と慰める風に言った。

「それはありますねえ……。………………ん? あれ? でも……、だとすると、何でなんでしょう……?」

確かに、それには一理あるかも知れない、と茶菓を摘まみ上げつつ幾度か頷いたアーサーは、手にした焼き菓子に口付ける直前、おや? と呟く。

「なぁに? どうしたの、アーサー」

「一寸、話変わっちゃうんですけど、いいですか? ────実は、僕、ずっと前から不思議に思ってたことがあるんです。……アレン、憶えてます? 二人でムーンブルク王都を目指していた時、話したこと。僕も、最近は忘れ掛けてしまっていましたけど。……ほら、邪神教団は、どうしてムーンブルクを狙ったんだろうって、アレンが言い出した時の」

「えーー……と。…………ああ、そう言えば、したな、そんな話。王の勅命を受けてローレシアに報せを届けてくれた、ムーンブルクの兵が伝えた内容が……、だったか?」

「そうそう。それです。……で。あの時の話の繰り返しになりますけど。──その兵が、ムーンブルク王より受けた勅命の一つは、邪神教団の大神官ハーゴンは、禍々しい神を呼び出し世界を破滅させるつもりだ、とローレシア王にお伝えすることでしたよね。……そこはいいんですが。何故、それをムーンブルク王はご存知だったんでしょうか。そして何故、真っ先に狙われたのがムーンブルクだったんでしょうか。……そこが、僕には不思議だったんですね」

「え? それは、邪神教団が崇める神に捧げる、その……生け贄だった、と言うことではないの……? ペルポイの牢にいたあの彼だって、言っていたじゃない。あの話を知った今、そこを不思議に思う必要は無くなったんじゃなくて? 尤も、彼の話が本当ならばだけれど、疑う理由は余り無いんじゃ……」

「………………御免なさい、ローザには辛い話になっちゃいますけど、続けていいですか?」

「ええ。勿論よ。話して」

交わしていた話から、アーサーは何やら思い至ったらしく、三人の話題は少しばかり逸れて、以前から彼が抱えていた、疑問に関するそれに移った。

「ペルポイであの話を聞いた時、僕も、そう考えたんです。でも、だとすると、却って不思議なことだらけになりませんか? 教団がムーンブルクを襲撃したのは、彼等が崇める邪神に捧げる生け贄とする為にだったとしても、どうして、真っ先に狙われたのがムーンブルクなのかは謎です。その理由は、ロトの血を引く一族や、それに関わる国の者達こそが生け贄に相応しいからだとすると、ロトの血とは関わりないペルポイが、ハーゴンの呪いに晒される理由が判りません。ロトの血こそが、が理由なら、ペルポイより先に、ローレシアかサマルトリアが狙われる筈です」

「うん…………? だが、実際に、ローレシアは今────。……あ、そうか。それでも、その辺りの疑問の答えには成り得ないな」

「はい。それに、彼等のムーンブルク襲撃の訳がロトに血にあるなら、順番がおかしいです。何故、ハーゴンは、ロトの血を直系で引くローレシアを後回しにしたんでしょうか。……どれもこれも、説明出来なくもないですよ。例えば、ペルポイの件は、人間なら誰でも生け贄『には』出来るから、とか。ローレシアが後回しにされたのは、攻め難かったのかも、とか、ロンダルキアからは遠かったからかも、とか。でも──

──でも。人間なら誰でも……、なら、手始めは何処の街でも良かった筈ね。ロトの血に理由があるなら、攻め辛いだの遠いだので、ローレシアを後回しにはしないわね。彼等の軍勢は、有翼のモノも数多従える魔物達なのだから。…………本当に、アーサーの言う通りね。何故、ムーンブルク王都が、と言う処まで話を遡ると、不思議なことばかりだわ」

「でしょう? けど、未だ未だあるんですよ、判らないことが。──ペルポイは兎も角としても。どうして、ハーゴンは、ムーンブルクへは軍勢を派遣したのに、ローレシアへはたった一人の神官のみを向かわせたんでしょうか。どうして、ローザには変化の呪いを掛けておいて、僕には死の呪いを掛けたんでしょうか。……その辺りのことも不思議ですし、第一、筋が通っていません。やっていることがバラバラ過ぎませんか。この内の幾つかは、ハーゴン配下の魔物が勝手にやったことだとしても、一寸酷過ぎます。それに、これだけ考えても、何故、ムーンブルク王が、彼等が世界の破滅を望んでいるとご存知だったのか、見当が付かないんです」

彼等の話がそこへと移って直ぐ、アーサーは捲し立てるように喋り始め、こうして並べてみると、確かに、ロトの血が云々とか、生け贄がとか、それだけでは説明出来ないことが多過ぎる、と茶器や茶菓に伸ばしていた腕を止め、三人は揃って難しい顔になった。

「……………………なあ。今、少し変な想像をしてしまったんだが……」

そのまま暫し、彼等の誰もが沈黙を保っていたが、やがて、ふ……、とアレンが呟いた。

面を顰めながら。

「何です? アレン」

「もしかしたら、本当に、何も彼もが『バラバラ』なんじゃないか?」

「何も彼もが? どういうことなの、アレン」

「連中がしたこと、今していることの全て、それぞれ、理由が違うんじゃないかと思ったんだ。ムーンブルクを襲ったのも、ペルポイを呪いで脅かしたのも、ローレシアに神官だけを向かわせたのも、アーサーとローザに掛けられた呪いの類いが違っていたのも。皆、理由が別なんじゃないのか。大元にある理由は、禍々しい神を呼び出して世界を破滅させる、と言うそれだけれど、各々の事をそういう風に運んだ理由は、別なのかも知れない。……それと。これが、一番変な想像なんだが……、ムーンブルクが真っ先に狙われた理由は、ムーンブルク王が、ハーゴンの望みや目指す所を掴んでいたからなんじゃないか…………?」

────顰めっ面をしたまま。

茶器の中で揺れる飴色の水面へ眼差しを落とし、彼は、小さな声で己が想像を語った。