─ Rupugana ─
「一度、喧嘩みたいになってしまったので、蒸し返さないようにしてましたけど。ローレシアにいた時から、アレン、様子が変でしたよね」
ストン、とアレンの左隣に座り込んだアーサーは、更に言った。
「貴方が、私達に何かを隠しているなんて、疾っくにバレているの。アーサーだって、私だって、水の紋章を取りにムーンペタに行った初日の夜、貴方が一人で部屋を抜け出したのも知ってるわ。まさか、未だに隠し遂せているとでも思っていて?」
右隣を占めたローザは、腹立たし気に声をきつめた。
「……御免…………。御免、二人共……」
故に、ああ、何も彼も気付かれていたんだと、アレンは、眼前で赤く燃える火のみを見詰めて二人に詫びる。
「…………どうしたんですか、アレン。一体、何が遭ったんです?」
「お願いだから話して頂戴。私達の前で、我慢なんかしないで」
「……我慢してるとか、そういうんじゃないんだ。但、何をどう話したらいいのか判らなくて、自分でも、どうしたらいいのかも能く判らないだけで……。……それに、話にしたら、きっと、些細以下なことにしかならない筈だから」
「別に、いいじゃないですか。それならそれで、大したことじゃなくて良かった、で終わります」
「そうよ。そんなことを思い煩っていたの? と三人で笑い飛ばせば済む話じゃないの」
「うん……。でも…………」
先程までとは違う溜息を零して、燃える火から足許へと眼差しを落とした彼へ、アーサーとローザは一転、穏やかな声で告げてきたが、アレンは益々俯くだけで。
「……本当に、アレンらしくないですね…………。……あのですね、アレン。どうして僕達が、直ぐにアレンの様子がおかしくなったのに気付けたと思います? ローザにも僕にも、アレンを気にする理由があったからなんですよ」
「元々から、アーサーも私も、口にはしないだけで『それ』を気にはしていたの。でも、注進をお伝えにローレシア王に拝謁した時、陛下に、『ロトの血故に、其方達こそが呪いの的にされるやも知れぬ機会を、わざわざ作れと言うのか』と言われて、改めて気にし始めたの。最初は私が、次にアーサーが、ハーゴンや魔物達に呪われたのだから、今度は、アレンが呪いの的にされるんじゃないか、って……」
「ローレシアであの魔物を倒せたので、一度は、もう大丈夫と思いましたけど。その直ぐ後からアレンの様子がおかくしなったんで、どうしても気になったんです。でも、アレンは何も言ってくれない処か、誤魔化しばっかり口にするから、いい加減頭にキて、絶対締め上げてやる、なんて考えてた時に、或る意味都合良く、君がムーンペタの宿を抜け出したんです。あの夜、僕、狸寝入りしてたんで、丁度いいから後を追い掛けようと起き出したら、やっぱり狸寝入りしてたローザと目が合って。何で? って話してみたら、二人共、同じこと考えてたのが判ったんですね」
「だから、貴方を締め上げるにしても、もう少し待とうと二人で決めたのに。アレンってば、何時まで経っても何も打ち明けてくれないし、ベビルの尻尾を掴み掛けるなんて無頓着なことまでするんですもの。もう、貴方が自分から話してくれるのを待つのは止めることにしたの。…………ねえ、アレン? 貴方、実はもう呪われてしまっているとか、体の何処かを酷く悪くしてしまっているとか、そんなことないわよね……?」
これは、こちらの腹の中も晒して、徹底的に問い詰めないと駄目だ、と思い切ったらしいアーサーとローザは、自分達が抱えていた不安を打ち明けてきて、
「……………………本当に、御免。すまない……。二人共、そうまで思ってくれてたのに。……でも、呪われてるとか、その所為で何処か具合が、とか、そんなんじゃないんだ。どうしようもなく馬鹿馬鹿しいことが頭から離れない、唯それだけなんだ。……でも──。……………………あの、な……────」
己の愚かさ加減に、ほとほと嫌気を感じながら、漸う、アレンは悩みを吐露した。
あの日、ローレシア王城のテラスで語らっていた際に感じたことも、どうしてもそれを頭から追い出せず、今尚、引き摺り続けていることも。
「……な? 二人に相談するまでもない、馬鹿馬鹿しくて些細なことだろう……? ……なのに、気になって仕方無いんだ。何をどうしてみても、頭から離れてくれない。自分で自分が、嫌になる……」
「いいえ。馬鹿馬鹿しいとも、些細とも思いませんよ。不思議な話だな、とは思いますけど」
「不思議……と言うか。あの時の話の何に、アレンがそんなことを感じたのかは、私も気になるわ。何か、私やアーサーには気付けなかった、妙なことでもあったのかしら」
実は……、と白状し終えた直後、アレンは、掻き上げた前髪を握り潰す風にしつつ、自嘲と苦笑が綯い交ぜになった薄笑いまで浮かべたが、アーサーもローザも、怒りも笑いもせず、何処かに何か、そこまでの恐怖を感じた理由が必ずある筈だ、と揃って悩み出す。
「………………アーサー。ローザ。……頼みがある」
甚く親身に共に悩み始めてくれた二人を代わる代わる見遣り、有り難いな……、としみじみ思って、アレンは意を決した。
「頼み? どんな?」
「竜王城へ行きたいんだ。……あいつなら──僕達が『真っ当』になれたら、無知の池から救い上げてやるとまで言い切ったあいつなら、きっと、何かは知っている筈だから。あんな奴に頼るのは悔しいけれど、もう、それしか思い付けないんだ。…………それに……」
「何か、他にも理由があるんですか?」
「……ああ。────この旅に出て暫くした頃から、たまに見る夢があるんだ。内容は少しずつ違うけれど、全て似たような感じで、必ず、同じ人達が出て来る夢。……最初は、誰だか判らなかった。知らない誰か達に呼び掛けられるだけの夢だと思ってた。でも。ムーンペタで、又、夢を見て、誰達に呼ばれているのか判った。夢の中で僕を呼ぶ誰か達は、ロト様と曾お祖父様だった。………………所詮、夢は夢でしかないと思ってる。決して現実では有り得ないし、況してや、ロト様や曾お祖父様が出て来る夢なんて、空想の産物以下だとも思う。だけど、あの夜の夢の中で、ロト様と曾お祖父様に詫びられたんだ。御免、と。許しておくれ、と。……夢だけど……夢でしかないけど、あいつから何かを聞き出せたら、ロト様と曾お祖父様が詫びられた理由も、判るような気がして…………」
つい先日思い当たった、この悪循環を断ち切れるかも知れないたった一つの方法──けれど、どうしても踏ん切りが付けられなかったそれを、試すだけ試してみよう、と彼は決心し、
「なら。行きましょう、アレン。竜王城へ」
「ええ。竜王城へ行って、彼から、聞き出せるだけ聞き出しましょう」
それが望みなら、とアーサーもローザも即座に頷いた。
「訪れてみた処で、あいつが素直に白状するとは思えないし、あいつから見た今の僕達が、『真っ当』になれているのかどうかも判らないから、無駄足になるかも知れないけれど……、いいか?」
「勿論。どの道、一度は竜ちゃんの所に行かなきゃならないですしね。竜ちゃんから、ロトの剣を貰わないと。……いい加減、譲ってくれませんかねー。未だ、駄目なのかなあ……」
「どうしても譲ってくれないなら、奪うのも手よ?」
「…………ローザ。それは、一寸過激じゃありません?」
「そうかしら。曾お祖父様が自ら、竜王城にロトの剣を置き去ったかも知れなくとも、あの剣は、勇者ロトや曾お祖父様の物だったのだもの、私達が所有の権利を主張しても変ではないでしょう? どの道、アレンが聞き出したいことを話してくれなかったら、実力行使になるじゃない?」
「……あ、そうだ。今度あいつに会ったら、絶対殴ると決めてたんだった。あいつが知ってるだろうことを聞き出すとか、ロトの剣が、とか言う前に、殴る。取り敢えず殴る」
「んもー、アレンまで……。知りませんよ、竜ちゃん怒らせても。穏便にいきましょうよー」
「あいつが人をからかうような真似をしなければ、穏便に済ませてもいい。あいつのからかいは、僕の胃の臓に穴を空け兼ねない」
再度の竜王城への道行きは、只の無駄に終わるかも知れない、と念押ししても、二人は、そんなこと、と言い切って、物騒な冗談まで──主にローザが──言い出し始めたので、思わず、プッと吹き出したアレンは、笑いながら、実力行使に一票を投じた。
「気にしなければいいんですよ、竜ちゃんのからかいなんて。──じゃ、寝ましょうか」
「そうね。夜が明けたらルプガナに戻って、ラダトームへ船を出して貰いましょう」
「…………うん。──お休み、二人共」
「お休み、ではなくて、アレンも寝るの。トヘロスを唱え直すから平気よ」
「え? 僕も? 火の番──」
「──今夜くらい、途中で火が消えてもどうともなりませんよ。色々踏ん切りが付いたんですもん、今なら、きっと良く眠れます」
その刹那のアレンの笑みは、数日振りに浮かべられた彼本来のもので、にっこりと笑み返したアーサーとローザは、火の番に戻ろうとした彼を引き摺って、三人で眠ろうと言い出し、
「んー…………。……うん。判った」
又始まった、と思いつつも、アレンは素直に従った。