─ Rupugana〜Castle of the Dragon King ─

星空の下で眠った夜が明けて少しばかりが経った頃、揃って起き出した三人は、日課や朝食を済ませ、火の始末もして、ルプガナに戻った。

港町を発って未だ三日だと言うのに、ひょっこり戻って来た彼等に、外洋船の船乗り達は、何か遭ったのではと慌てたが、単に、急な行き先の変更だと告げたら、「なら……」と早速、出航する準備を整えてくれた。

そうして、その日の内にルプガナを発った船は、一路ラダトームの都を目指し、十日と少しの後にはラダトームに、その翌日には魔の島に最も近い海岸に着き、魔の島への上陸を果たした三人は、竜王城の地下深くへ潜った。

再び、竜王の曾孫との対面を果たす為に。

やはり、一匹のスライムにすら出会さぬまま辿り着いた竜王城の最深部は、相変わらずの佇まいかと思いきや、少々、様相を違えていた。

こんな所がこんな風に変わった、と言える程ではなかったが、少しばかり、敢えて言うなら『生活に耐えられる』気配がした。

唯一の住人である竜王の曾孫が、己が住処に快適さを求めるような質をしているとは思い難かったけれど、確かに、何となく……、と訝しがりつつ、三人は、最奥に据えられた玉座の間へ向かう。

「儂の予見よりも、早くに戻って参ったの。其方達、達者にしておったか? ……ま、達者なのは知っとったんじゃがな」

踏み込んだ玉座の間は以前通りで、竜王の曾孫も、相変わらず、怠惰且つ億劫そうに大きな玉座に腰掛けており、

「竜王の曾孫。話の前に訊いておく。竜王と呼ばれるのと、曾孫と呼ばれるのと、四世と呼ばれるのと。どれがいい」

軽い挨拶以上を彼が口にするより早く、己と共に彼の前に居並んだアーサーやローザよりも一歩だけ余分に踏み出したアレンは、この上もなく真剣な声音で問い始める。

「………………………………。『竜ちゃん』。以前に、そう言った筈じゃが」

「断る。竜王か、曾孫か、四世の内のいずれかだ」

「…………『竜ちゃん四世』」

「そんな選択肢は与えていないだろう。だから、竜ちゃんから離れろっ」

「………………アレン・ロト・ローレシア。ほんっっっ……とーーー……に、其方、つまらんと言うか、頭の堅い男じゃの。何処までも律儀とも言えるが。──好きに呼べば良かろう? 尤も、其方が儂を曾孫と呼ぶならば、儂も、其方を曾孫と呼ぶがの。儂が竜王の曾孫なら、其方はアレフの曾孫じゃろ? 四世と呼ぶなら、四世と呼ぼうか。互い、四世同士じゃからな。序でに言っておくが、竜王と呼ぶならば、アレフと呼ぶぞ?」

「なら、どう呼べばいい」

「だから、『竜ちゃん』じゃと言うておろうに」

「嫌だ」

「挙げ句に融通も利かんのか、この石頭は……。どうしても竜ちゃんは嫌じゃと言うなら、王とでも呼んどれ。それで許してやる。少なくとも間違いではない」

「王、な……」

「不服か? これ以上は譲らぬぞ? それに。其方は、儂と掛け合いをしに来た訳ではなかろうが。いい加減にせぬと話も進まぬ。違うか? アレンちゃん」

「だから……っ! …………判った、それでいい」

片眉を跳ね上げ、出し抜けに何を言い出す? と言いたげな顔に竜王の曾孫はなったが、絶対に、二度と彼を『竜ちゃん』とは呼びたくないアレンは、彼も、黙って話を聞いていたアーサーもローザも、そんなにそこに拘らなくても……、と少々呆れ始めたのも無視して、真顔で、初手からの喧嘩腰を崩さず主張を通した。

代案の、王、と言うのも、本音では気に入らなかったが、そこは妥協して。

「全く…………。余計な話で時を喰ったではないか。────で? 其方達、此度は何をしに参った?」

「…………訊きたいことがある」

「呼び名の話なら、もう乗らん」

「そうじゃない。お前こそ、そこから離れろ。…………前に、お前は、出直して来い、と言った。もう少しだけでも『真っ当』になってみせたら、僕達を、無知の池から救い上げてやるとも言った。……だから、来た」

「……ほう?」

「今の僕達が、あの時よりも『真っ当』になれたかは判らない。こうして出直せるだけになったのかは。だが、どうしても、お前に頼ってでも、知りたいことがあるから」

あからさまに渋々の態だったが、納得の様子は見せたアレンへ、やれやれ……、と盛大にわざとらしい溜息を吐いてみせてから、竜王の曾孫は、チロ……と彼へ眼差しをくれ直し、何がどうなろうと、例えからかわれずとも、彼には食って掛かるような態度しか取れなくなっているアレンは、それでも、努めて声を抑えつつ用件を告げる。

「言い草が、微妙に気に喰わんが……まあ、良しとするかの。────問われた処で、其方達が知りたいこととやらを教えてやるとは限らん。が、話だけは聞いてやる。言うまでもないが、聞くだけじゃからな。其方達が『真っ当』になっておらなんだら、とっとと追い出してやるから、そのつもりでおれ」

「ああ。それでいい」

「うむ。……あー、とは言え、何時までもこんな所で、と言うのも何じゃな。部屋を変えるとするか。其方達とて、落ち着きたかろ?」

何やら、刺のある言い回しをされたような気がしなくもないが、竜ちゃんは心が広いから、そこは水に流してやる、とブツブツ独り零しながら、彼等の用向きを知った『竜ちゃん』は、よいせ、と玉座から立ち上がり、ふい、と右手を振った。

途端、三人は魔術の光に包まれ、あ、と思った時には、ここの主に言い置かれた通り、竜王城最下層であることだけは確かな、が、見たこともない部屋に立っていた。

「ほれ、適当に座れ。どうせ、長話になるんじゃろう」

驚きと共に見渡してみたその室内は、それなりに人が寛ぐに相応しくあり、何故か人間用の調度もあって、

「これは……? 何で、こんな物が?」

「この城に、人が住んでいるのかしら」

「いいや。下手をすれば、数年はのちになるのではないかとも思っておったが、何時かには、再び其方達の訪れを受けるじゃろうから、こんな支度の一つもしておいてやろうと、寛大な竜ちゃんが気を遣ってやったのだ。この地の底で一人、ぼー……っとしておっても暇じゃからのー」

素朴な疑問を素直に口にしたアーサーとローザに、竜王の曾孫は、どうだ、とばかりに胸を張ってみせた。

「……要するに、暇潰しでしただけだろうに」

「まあ、そうとも言うの。……それよりも、ほれ。さっさと寛いで、さっさと打ち明けを始めんか」

暇潰しを気遣いに掏り替えるな、とアレンに突っ込まれても飄々と流し、大きさからして、誰の為の物か一目で判る巨大な椅子を占めた彼は、「早く話さんと寝るぞー?」と三人を見回す。

「……判った」

こいつの態度は尊大過ぎて、そのくせ軽薄で、どうにも頭に来る、と内心でのみムッとしつつも、アレンは、最も手近にあった椅子に座り、アーサーもローザも、彼の両脇に腰下ろして、竜王の曾孫を前に、打ち明けを始めた。

語り始めて直ぐ、彼等が──正しくはアレンが取り憑かれた思い煩いを眼前の彼に伝える為には、他ならぬ彼に五つの紋章を探せと助言されて以来、今日まで続けてきた旅の中で起こったことの殆どを話さなければならない、と気付いたので、三人が、代わる代わるに語った話を終えるまでには、彼等が思っていたよりも遥かに時を要し、何処までも果てしなく悔しいが、こうして休みながら話せる部屋に場所を変えて貰って良かった、と実の処は安堵しつつ。

やがて、アレン達は、長の打ち明けを終えた。