─ Tepa ─

三人の誰も口にこそしなかったが、テパの村目指して密林を彷徨う旅は、本当にうんざりする道行きだった。

奇妙で耳障りな、聞いたこともない鳥の声や、人食いなのだろうかと疑いたくなる獣の遠吠えばかりが木霊する、幾度も方角を見失わさせられた緑の中を、蔓延る枝や蔦を掻き分け進むのは、彼等の想像以上に、体力、気力共に必要だった。

目にするだけで鳥肌が立ちそうになる虫なども数多で、空気が重たく感じる程の湿気で泥濘む地面に、何度も足を取られた。

なのに、飲み水には乏しく、湧き水も沢の水も、口付けられぬまで濁っていて、枯れ枝が殆ど見付けられなかった為に火も思うように焚けず、体を休められるのは、大木の枝上にしかなかった。

ルプガナからベラヌールまで、船で向かっておいて良かったと、しみじみ思ってしまったくらい過酷な道程で、密林での日々が、二日、三日、と経つ内に、アーサーとローザは、ふらふらし始め。一寸したことで蹌踉けるようになってしまった二人に手を貸す度、何とか、何処かでゆっくり休ませてやりたい、とアレンは切に願ったが、それを叶えられる細やかな場所すら見繕えなかった。

かつては河だったのだろう、細長い沼の縁をなぞる風に東を目指したので、魚は獲れ、空腹に苛まされることだけはなかったけれど、そんなこと、今の彼等にとっては幸い以下でしかなく。

魔物達は、昼も夜も、容赦無く襲い掛かって来た。

──そんな、地獄のような緑の中に踏み込んで四日目。

めっきり口数も減ってしまったアーサーとローザを気遣いつつ、先頭に立って道無き道を進んでいた時、アレンは、首筋に僅かな痛みを感じた。

「ん?」

何かに刺されたような痛みだったので、虫にでも喰われたかと、首に手をやった彼の指先に触れたのは、鋭く尖った長い針だった。

「吹き矢……?」

「………………あ」

「どうした? アーサー」

「確か。船を降りる時、船長達が、この辺りには、昔から首狩り族が住んでいてどうの、みたいな噂があると言ってませんでした……?」

「……首狩り族って、人食いもすると言われている蛮族よね。本当に、そんな人達がいるの?」

「実在するかどうかは知りませんけれど。でも、その吹き矢──って、アレン! うわ! キアリー掛けないと!」

「あ! そうよ、毒かも知れない!」

己の首に刺さっていた細い針を摘み上げた彼と、彼の指先のそれを見比べ、ハッとなったアーサーとローザは、慌ててキアリーとベホイミを唱え、

「有り難──。……二人共。それ処じゃない。逃げるぞ!」

礼を告げながら辺りに目を走らせたアレンは、枝や蔦の向こう側に、草木で染めたらしい色褪せた衣装が幾つも翻ったのを見付け様、二人を急かして走り出した。

蛮族と言うだけで、魔物と同等にしか扱わぬ者の方が圧倒的に多いが、人食をすると言われている首狩り族の者達とて人には違いなく、捕って喰われるような事態に遭遇せぬ限り、余り戦いたくはなかった。

故に、三人は一斉に駆け出し、途端、辺りの枝や薮を激しく鳴らしつつ、首狩り族と思しき者達が騒々しく飛び出て来て、東──と思えた方──のみを睨みながら、三人はひたすらに走り続ける。

転びそうになったローザの腰を抱いて、木の根に足を取られ掛けたアーサーの二の腕を引っ掴みつつ沼沿いを伝い走れば、漸く一面の緑は姿を消し、開けた視界の向こうに岩と土に覆われた高い山が見えて、やっと、アレンは足を止めた。

「も……もう、追って来……ない……?」

「た、ぶん…………」

「びっくりしたぁ……。本当に、首狩り族っていたんですね…………」

数日振りにお目に掛った乾いた下草の上に、三人は、転げる風に座り込む。

「後、何日行けば、テパに着きますかね……」

「この際、何日掛かってもいいけれど、彼等に出会すのは、二度と御免だわ……。捕まったら、食べられてしまうかも知れないのでしょう?」

「首狩り族は、人を捕って喰らうと言う噂が、迷信や妄信の類いならいいん────。…………すまない、二人共。もう一度、キアリーを掛けて貰えないか? やっぱり、さっきのあれは毒矢だったみたいだ。只の毒じゃなくて、猛毒の。……眩暈がしてきた。ああ、でも、効きの遅い毒らしいのは良かったかな」

「はっ!? アレン、何暢気に言ってるんですかーー!!」

「そういうことは、早く言って頂戴っ!」

ゼイゼイと肩で息しながら、首狩り族は振り切れた、序でに密林も抜けられた……、と彼等は一度ひとたび安堵に身を浸したが、あの吹き矢に塗られていた毒が未だ抜け切ってないっぽいと、他人事のようにアレンが言い出した所為で、アーサーとローザは、再び焦る羽目になり。

アレンは、至難だった密林越えと、首狩り族との追い掛けっこと、喰らった毒矢に疲れ、アーサーとローザは、至難過ぎた密林越えと、首狩り族の猛追と、時折、自身にだけ酷く無頓着になるアレンの言動に疲れ果てた為、その日は未だ陽の高い内から、三人は野営を始めた。

数日振りに乾いた草の上で眠れると、少々狂ってきてしまっている感覚が齎した喜びに浸りつつ一夜を過ごし、テパの村へ向かい始めて五日目、再び東目指して進んだら、又もや密林に行く手を阻まれ、一瞬のみ、三人の気は遠くなった。

だが、岩山と深い緑に囲まれた、澄む水を湛える小さな湖の向こうに、テパらしき村影が窺え、この山を迂回しながら密林を越えれば、漸くテパに辿り着けると、なけなしになってきた気力を振り絞り、更に往くこと三日。

ベラヌールで出会した人面樹よりも質が悪い、樹の化け物ウドラーや、馬鹿力自慢のゴールドオークや、魔術も操る猿の化け物のヒババンゴ等々を倒しつつ。

もう二度と……、の願い虚しく、幾度も幾度も首狩り族に追い掛け廻されつつ。

や……っと、彼等は、テパの村の門を潜った。

「御免なさい……。もう駄目…………」

「僕もです……。つ、疲れた……」

「宿を探そう。幾ら何でも、宿くらい……」

その頃にはもう、ローザとアーサーは疲労困憊していて、二人よりも遥かに体力のあるアレンすら眩暈を堪えている風で、緑の中で行き倒れて果てるかと思った……、と言い合いながら、三人は一目散に宿を目指す。

テパは、噂通りの小さな村で、河の水が干上がってしまって以降、訪れる者は皆無に等しい様子だったけれど、一軒だけ、細やかな規模の宿屋が見付けられ、傾れ込んだそこで、どんなでもいいからと部屋を取り、直ぐさま風呂を借り、食事も頼み、漸く一心地付けた彼等は、陽が落ちるよりも早く寝台に倒れ込んで、半ば気を失う風に眠りに落ちた。

朝食の時間が過ぎても起きて来ない客達に痺れを切らした宿の女将に、起きているのかと部屋を覗かれたのも気付かず、ひたすら眠りと休息を貪ったアレン達が相次いで目覚めたのは、翌日の午後だった。

朝の早いアレンやアーサーは固より、ローザも、疲れのみを理由にそんな頃まで眠りこけてしまったのは初めてのことで、早朝鍛錬や朝の礼拝と言う、少年達の身に刻み込まれて久しい習慣すら無視して眠り続けただけでなく、後一刻ばかり起きるのが遅かったら丸一日寝てしまった計算になると、飾り気も何も無い客室の窓から陽光の傾き具合を眺めて驚いた彼等は、慌てて宿の者達に詫びに行き、「食事が要らないなら要らないで構わないから、先に断りを入れて欲しい」と言ってきた女将達に頭を下げて、遅過ぎる昼食と言うよりは、早い夕食と言った方がより正しい食事を振る舞って貰った。

始めの内は、彼等が詫びても尚ブツブツ言っていた宿の者達だったが、外界と隔絶されてしまった現在のテパを、それでも訪れてくれた若者達なのだから、と思い直したようで、三人に供された食事は、ちょっぴりだけだったけれども豪勢で。有り難く早い夕食を平らげた彼等は、その日も、唯々のんびり風呂に浸かり、ひたすらのんびり寛ぎ、村を訪れて三日目、やっと疲れが抜けて身が軽くなったのを確かめてから、テパを訪問した目的の全てを果たすべく、小さな村へ繰り出した。