─ Beranoor〜Tepa ─

それぞれが水の都にて思い思いに過ごした半日は、結論から言えば、彼等の誰にとっても無駄にはならなかった。

アレンは、武器屋の店先で語らった遊歴の剣士より、『稲妻の剣』なる物の話を聞き出せていたし、アーサーは、司祭達より、このベラヌールの何処かにロンダルキアに通ずる旅の扉が隠されているらしい、と言う噂を聞き出せていたし、ローザは、日光浴中に言葉を交わした通りすがりの女性から、テパの村に、羽衣作りの名人と呼ばれる者が住んでいる、との話を聞き出せていたので。

「稲妻の剣、ですか」

「ああ。ロト伝説で、勇者ロト一行が、空の彼方の異世界のネクロゴンドで見付けたと言われているあれを、探している剣士に会ったんだ。魔力の無い者にも稲妻が招ける、魔法具でもあると言い伝わっているあの剣は実在の物で、この世界の何処かにある筈だ、と」

「稲妻の剣……。……あ! 思い出したわ。確か、稲妻の剣も、雷の杖と一緒にロンダルキアの雷の塔に納められていた筈よ。私は余り興味を示せない品だから、今まで忘れてしまっていたけれど」

「じゃあ、稲妻の剣も、ムーンブルク王家に伝えられていたのか?」

「ええ。王家の伝承では、雷の杖同様、何者かが稲妻の剣をムーンブルクに齎したと言うことになっているわ。但、どうして、『世界一の魔法使いの国』の王家に、扱える者は皆無に等しい剣が齎されたのかは、未だに謎のままなの」

「その辺は、やっぱり、雷の杖と一緒なんじゃないですか? 勇者ロトが、当時のムーンブルク王妃に託して隠して貰った品だから、由来も曖昧にされて、みたいな感じかと」

「あ、言えてる。そんな事情だったのかもな」

円卓を囲みつつ遅い昼食に挑みながら、先ずアレンが、仕入れた話──稲妻の剣の話を披露して。

「旅の扉? ロンダルキアに続く旅の扉が、この街に?」

「はい。竜王が出現する以前ですから、百数十年は昔の話だそうですけど、その頃、ベラヌールには、ロンダルキア南部に繋がる旅の扉があったらしいんです。何でも、当時は草原だった大陸南部を抜けた先──要するにロンダルキア北部に、精霊を祀った祠があって、そこは、ルビス様の信者ならば、一度は必ず訪れる巡礼地の一つでもあったそうなんですね」

「へえ……。なら、百数十年前のベラヌールは、その祠への巡礼の旅の起点でもあったのね」

「みたいですよ。なので、その旅の扉を伝えば、ロンダルキア南部へは行けるらしいです。但、百年以上も昔の話ですし、旅の扉がこの街の何処にあるのか、今でも使えるのか、判らないのが難点ですね」

「でも、探してみる価値はあるな。何者かが意図的に破壊しない限り、早々、旅の扉が壊れたりはしないだろうから」

「そうね。それに、司祭様達が出処の話なのだから、旅の扉も、そちら関係の施設にあるのではないかしら」

続き、アーサーが、ロンダルキアへ続いていると言う旅の扉の話を披露し。

「へ? テパにですか?」

「羽衣作りの名人、か」

「ええ。ここ最近、名を聞かない方だそうなのだけれど、以前は、世界一の羽衣作りの名人として名を馳せた方が、テパの村で隠居されてるらしいの。噂では、かなり偏屈なご老人みたい。でも、その方なら、聖なる織り機も扱えるかも知れないわ」

「成程……。偏屈な老人、と言うのが少し引っ掛かるが、そこまでの腕を持った機織り職人なら、あの機と雨露の糸を託せば、水の羽衣を織ってくれるかも知れないな」

「そうですね。……水の羽衣って、どんな品なんでしょうか」

「名からして、水の精霊の加護を受けられる羽衣なのではないかしら?」

「…………ん? 一寸待て。水の羽衣。水の羽衣……。…………あ。そうだ。水の羽衣は、ロト伝説に出てくるんだった。勇者ロト達が、アレフガルドのマイラの村で、ゾーマに石像にされてしまったルビス神を救いに行く直前に手に入れた物で、薄くて軽い、正しく羽衣なのに、大抵の攻撃や魔法から纏う者を守り通した、とロト伝説では言われてる」

「わー……。アレン、流石ですね……。そこまでロト伝説を覚えている人は、滅多にいませんよ」

「本当に、勇者ロトと曾お祖父様の伝説に関する覚えは、抜群ね、貴方」

最後に、ローザが、テパの村で隠居中らしい羽衣作りの名人の話を披露し。

昼食を終えるや否や傾れ込んだ、ローザご所望の甘い物と茶に挑む一時ひとときを過ごす間中、三人は、ああだこうだ喋り倒し、「胸焼けがしてきたので、そろそろ勘弁して下さい」と、彼等の中で最も甘味が不得手なアレンが白旗を揚げたのを切っ掛けに一同は席を立ち、宿も引き払い、転移魔法の為の契約印を置いてから、ルーラにて、ベラヌール港に停泊中の外洋船へと戻った。

その更に翌日には、テパの村へ向かう為の物資の荷積みも終わり、港を発った彼等の船は、ベラヌール大陸の西岸沿いに北上し、大陸北部の沿岸を東へ回り込み、ロンダルキア大陸西部に向かった。

────ムーンブルクとロンダルキアの境すら曖昧なその一帯は、河川が酷く入り組んでいる地方でもある。

但、そのお陰で、以前なら、河川の一つを遡るだけで、ロンダルキア西の大森林奥深くに位置するテパの村の程近くまで船で行けたそうなのだが、旱魃にでも見舞われてしまったのか、河の一部が干上がってしまった為に、現在、テパに向かう為には、大森林の西部から、深い森や山を抜け大森林東部に出て、更に、岩山等々を迂回して行かなくてはならないらしく。実際にテパの村を訪れた者は、外洋船の乗組員達の中にもいなかった為、船長達の、「大体、この辺だと思った」との曖昧な記憶だけを頼りに、最も西を流れる大河の上流に船を着けて貰った三人は、そこから、徒歩でテパを目指し始めた。

「大森林、な……」

「森林、と言うよりは……」

「密林よね、これ……」

しかし、下船し、生い茂る緑の中に、ほんの少々だけ分け入ったばかりの所で、思わず彼等は立ち止まる。

ロンダルキア西部に広がるのは大森林、と言えば未だ聞こえはいいが、三人の目の前に広がっていたのは、きっぱりはっきり、密林だった。

深い、本当に深い、びっしりと緑に埋め尽くされた、往くだけでも困難そうな密林。

一歩踏み込む毎に、密林特有の、ねっとりとした嫌な暑さや湿気が髪にも肌にも絡み付いてきて、瞬く間に体力も気力も奪われるだろうのも目に見えた。

「この先……なんですよね、テパの村」

「ここを行く……のよね……。怯みそうだわ…………」

眼前の光景に、アーサーとローザは、うわぁ……、と顔を蒼褪めさせ、

「これは、一寸な……」

及び腰になった二人と、昼尚暗き、との例えでも追い付かないまでの一面の緑とを見比べ、アレンは、背に負った荷物を引っ掻き回し始める。

漁った荷物の中から火打石を取り出し、辺りの薮より生木を掻き集めた彼は、枝々に火を点けてから、無言のまま、ギュムッとアーサーの風防眼鏡を下し、ローザには己のそれをガボッと嵌めて、何をする気かと悩んだ二人を、問答無用で燻し出した。

「え、一寸、アレンっっ。何なんですかっ!?」

「煙たい……っっ。ケホッ……」

「我慢。煙で燻しておけば、虫や蛭が寄って来ないから。喰われるのは嫌だろう?」

「それはそうですけど、先に言って下さい……っ」

「心構えの時間くらい、くれてもいいじゃない……」

しれっとした顔でそうする意味を語られ、納得はしたけれど。

本当に、アレンのこういう処は、ローレシア人そのものと言うか、あのローレシア王家の一員且つ跡継ぎとしか言えない……、とアーサーもローザも項垂れた。

「うん。もう良さそうだ。──じゃあ、行こうか」

けれども、二人の秘かな嘆きに気付かぬまま、手早く火を消したアレンは、にっこり爽やかに笑むと、これより挑む密林へ、一人、さっさと向き直る。

「……ローレシア王家が『ああ』なのも、アレンが『こう』なのも、絶対に、曾お祖父様の所為ですよね」

「ええ。絶対に。…………私、少しだけ、曾お祖父様を恨んでしまいそう。曾お祖母様はラダトーム王家が御生家なのに、どうして、ローレシアって……」

そんな彼の後を慌てて追い掛けながら、アーサーとローザは、小声の愚痴を零した。

とってもとっても、ざっくばらんな人となりをしていたと言い伝わる己達の曾祖父を、一寸だけ恨みつつ。