─ Temple of Hargon ─

砂漠を渡っている間中、自身達より程無い所で息潜めている様子の魔物の気配が感じ取れたが、そんなものに構う気などアレン達には無く、行く手を阻まれたとしても全て無傷で逃げ切ってみせる、と固く心に誓って彼等は先を急ぎ、荒野を行き始めて二刻程が過ぎた頃だろうか、手を伸ばせば触れられるまでの近くに、目指し続けてきたハーゴンの神殿が迫った。

「何とかなりましたねー……。ルーラで下りた所からここまで、上手い具合に魔物達も避けられました」

「あ、あの……。……御免なさい、二人共、一寸だけ待っていて。漸く、ハーゴンの神殿に踏み込めると思ったら、私、緊張してきてしまったの……」

「大丈夫だから。……ほら、ローザ、肩の力を抜いて。アーサーも、顔が強張ってる。──少し、落ち着いてから行こうか。念の為に持ってきた、野営の道具なんかも隠さないとならないから」

辺りに幾つも転がっていた大きな岩の影に身を潜め、静まり返っている神殿の様子をコソリと窺い、無事に着けて良かった、と言いつつもアーサーは微かに口許を引き攣らせ、ローザは身を固くしながら胸を強く押さえ、だからアレンは、そわそわし始めた二人の背を幾度か摩ってやってから、足許に置いた余分な荷物を纏めると、砂を掛けて隠した。

「支度は出来た?」

「はい。平気です。何度も確かめました」

「私も大丈夫。……あ、そうだわ。それこそ、念の為に持ってきた邪神の像はどうするの?」

「……んー…………。……要るかな、これ」

「何とも言えませんけど……、どうせ、ここまで持ってきたんですから、一応担いで行きません? 麓からロンダルキアへ至る道を開いた時みたいに、何かの鍵になる可能性もあります」

「あいつらが崇める異形の神の像ですものね。邪教徒には大切な物でしょうし……」

「そうだなあ……。正直、邪魔で仕方無いし、何時までもこんな気色の悪い物は持っていたくないんだが、万が一ってことがあるから、物の序でに」

そうして、身の強張りを解く為に……と言う訳でも無かったけれども、荷物を埋めたそこに膝折ってしゃがみ込んだ三人は、何だんだでここまで持ってきてしまった邪神の像をどうしよう、とボソボソ声で話し合い、面倒臭くはあったが、念の為にと大振りの像も引っ担いで、

「…………いいか?」

「はい」

「ええ」

────行こう」

一瞬だけ息を止めてから立ち上がった彼等は、前を向き直った。

長い間、世界中を彷徨わせてきた自らの足を、後数歩だけ進めれば立ち入れる、ハーゴンの神殿を睨みながら。

高い双塔と、それを支える巨大な土台部分で構成されている神殿の大きさに見合った両開きの扉の前に、アレン達は並び立った。

相当な重量だろう石造りの扉を、己達のみで抉じ開ける術はあるかと、眼前のそれを見上げた彼等が頭を悩ませ始めて直ぐ、独りでに、しかも音も立てず、石の扉は開いた。

彼等を迎え入れる風に。

「罠……」

「……かしら?」

「だとしても、行ってみる他ない。罠だろうがそうじゃなかろうが、今更」

余りの都合良さに、これはハーゴンが仕掛けた罠かも知れない、魔物達は既に、自分達の訪れを嗅ぎ取ったのかも知れない、と疑い、しかし、ここを踏み越える以外には、と彼等が留めてしまった足を進ませれば。

────途端、三人の周囲を、目映い白い光が包んだ。

「え?」

「これ……、何?」

「眩し……──。…………ああっ!!」

「きゃああっ!!」

「アーサー! ローザ! ────うわぁぁっ……」

只でさえ目映かった白い光は見る間に輝きを増し、目を閉じずにはいられぬ光量になって、思わず顔背けた彼等は、次の瞬間、雷撃に似たものに打たれた。

全身を駆け抜けた痺れも伴う強い痛みに、為す術無く翻弄される三人を、雷撃のような何かは、二度、三度と立て続けに打ち、耐えることも出来ず、彼等は気を遠退かせる。

何とか、と足掻いても遠退く一方の意識と、一面を真っ白に染めた光の所為で、その時、アレンの腰辺りから、その場を満たしたものとは違う、淡い小さな光が洩れ始めたのに、三人の誰も気付かなかった。

────……ン様。……アレン様。アレン殿下!」

誰かが耳許で己の名を呼ぶ声で、アレンは気を取り戻した。

「ん…………」

「……! 気付かれましたか、殿下!」

叫ぶ誰かに懸命に体を揺すられ、彼は、重たい瞼を抉じ開ける。

「え……? どうして…………」

ぼんやりと視線を巡らせてみた辺りは霞んで見えたが、呼び掛けてきた声の主の顔は判り、その者が、祖国ローレシアの王城にて門番を務める兵だとも判り、何でだ……? とアレンは訝しがりつつ、地に伏せてしまっていた身を起こそうとした。

「あ……。……っっ……」

「殿下、ご無理為さらず。お怪我はございませんか?」

けれども、某かに痛め付けられた体は思い通りにならず、咄嗟に手を差し伸べてくれた門兵の助けを借りても、ふらりと覚束無く傾いだ。

「……いや、大丈夫……そうだ。怪我は無いらしい。────!! アーサーは!? ローザは!?」

門兵の彼に縋って何とか立ち上がり、はあ……、と息を付いた処で、彼は、アーサーとローザの姿が……、と顔色を変え、

「アーサー殿下とローザ殿下でしたら、そちらに。両殿下共ご無事ですので、ご安心下さい」

抱き抱える風にアレンを支える門兵は、彼の真後ろを指差す。

「…………あ……。良かった…………」

促されて振り返った先には、己のように気を失い地に倒れていたらしいアーサーとローザと、二人を助け起こしたばかりの幾人かの兵士の姿があって、アレンは、大きく胸を撫で下ろした。

「アーサー。ローザ。二人共、大丈夫か?」

「はい。平気そうです。未だ少し、くらくらしますけど……」

「私も大丈夫。怪我も無いわ。やっぱり、眩暈はするけれど、それくらい」

「そうか……。…………それにしても、ここは……」

「ローレシア城……みたいですね」

「ええ……。どう見ても、ローレシアの王城だわ。一体、どうして……」

兵達に付き添われ傍にやって来たアーサーとローザも無傷のようで、アレンは再びの安堵に身を浸したけれども、彼も、二人も、辺りの様子に不安気な面になる。

…………今、彼等の目の前に建つのは、ハーゴンの神殿で無くローレシアの王城だった。

彼等を囲んだ男達も、アレンは善く知るローレシア兵達だった。

その為、三人は混乱し、

「アレン殿下。一体、何が遭ったのですか?」

「……判らない。僕達も、それが知りたい。どうして、僕達は、ローレシア王城の正門前に倒れていたんだ……?」

「それが……、我々にも能く判らぬのです。常通り、門の番と城内の警備の任に着いておりましたら、突然、殿下方が現れて、お倒れになられてしまわれたのです」

どうして……、とだけ繰り返し、戸惑いを露にする彼等同様、兵達も、何が起こったのか判らない、と申し訳なさそうに首を横に振った。