「突然、ですか……」
「はい。仰せの通りです、アーサー殿下。こう……殿下方が、いきなり空から降ってきたような、落ちてきたような……」
「…………成程。そうですか……。────アレン。僕達は、魔術で以て、ロンダルキアからローレシアまで、飛ばされてしまったのかも知れません」
そのまま長らく、その場の誰も、何がどうしてどうなったのかの理解及ばぬ風にしていたが、一人の兵士の証言から、アーサーが、あ、と言う顔をした。
「魔術で?」
「ええ。ロト伝説に、今では失われてしまった魔術の一つの、バシルーラ、と言うものが登場するんですが、記憶にあります?」
「バシルーラ? …………ああ、確か、目の前の敵を遠くに飛ばすだか弾くだかする魔術に関する記載があったな。それのことか?」
「そうです。それが、バシルーラです」
「…………もしかして……、私達はあの時、失われた筈のバシルーラで、ここまで飛ばされたのかも知れない、と言うことかしら」
「それが正解かどうかは判りませんけど、そうとでも考えないと、僕達が今ここにいる理由が……。空から降ってきたような、然もなければ落ちてきたような感じ──ルーラの着地に失敗してしまったみたいに僕達が現れたのなら、充分有り得ますしね」
「だとするなら、あの扉にはバシルーラの罠が仕掛けられていて、僕達はそれに引っ掛かったってことか。やられた…………。出直しか……」
アーサーが思い至ったのは、勇者ロトの時代以降、使役する者は絶えた筈の『バシルーラ』──アレンが思い出した通り、眼前の敵を彼方に弾き飛ばす術で、「あの先には何らかの罠が仕掛けられているだろうとは思ったが、こう来るとは思わなかった」と、アレンは渋い顔をする。
「本当に、見事にやられちゃいましたねー……」
「でも、復活の珠のお陰で、砂漠までなら何時でもルーラで行けるわ。出直すのも簡単よ」
「そうだな。──戻ろう」
だが、神殿の入り口まで取って返すのは容易いと、三人は直ぐさま気分を変えたのに、
「えっ? 皆様、一体何方に? アレン殿下、お怪我こそ無かったものの、お倒れになられたのですから、何れに向かわれるとしても、暫しの間くらいはお休み下さい」
黙って彼等のやり取りを聞いていた兵の一人が、慌ててアレン達を押し止めた。
「すまない、そうも言っていられない。漸く、邪神教団の本拠地に辿り着けたんだ、直ぐにでも戻って、もう一度、乗り込む算段を整えなければ。ハーゴンを倒す為にも──」
「──ハーゴンを倒す? ……殿下、ハーゴン殿を倒される、と……?」
「……何? 今、ハーゴン殿、と言ったか?」
「はい。ハーゴン殿はハーゴン殿だと思いますが……。…………アレン殿下。一体、どう為されてしまわれたのです。ハーゴン殿のような方を倒すなどと言う、お戯れを口にされるなど……」
そればかりか。
兵達は、今のアレンの言葉は聞き捨てならないと、咎めるような口調にさえなった。
「お前達こそ、何を言っている……? ハーゴンだぞ? ムーンブルク王都を滅ぼした、禍々しい異形の神を呼び出して世界を壊滅させようとしている、邪神教団の大神官──」
「──殿下。お気を確かに。ハーゴン殿は、世の人々に幸福を齎さんと、日々身を粉にしておられる大神官様であらせられるのに、何を仰るのですか。…………あ! もしや、殿下方は、良からぬ輩共に、酷く質の悪い術か何か、掛けられてしまわれたのではありませんか? だと致しますなら大事です。何者かの呪いやも知れません。枢機卿の所に参りましょう、さあ、早く!」
勇者アレクが滅ぼした、大魔王ゾーマのように。勇者アレフが滅ぼした、竜王のように。
最早ハーゴンは、この世界の敵としか言えぬ存在である筈なのに、ハーゴンを敬っている風な兵達の態度にアレンが憤りを垣間見せれば、兵達は顔色を変え、殿下方のご様子が! と喚き立てて、城内へと彼等を引き摺り始めた。
王城内の聖堂に務める枢機卿に、おかしくなってしまった彼等を正気に戻して貰わなければ、と。
「お、おい! 一寸待て! お前達、何でこんな真似を!?」
「僕達は正気です! 何もおかしなことなんて言ってません! おかしくもなってませんっっ!」
「離しなさい、無礼者! 正気で無いのは貴方達の方でしょうっ!!」
次々と伸びてきて、己達を搦め捕る兵士達の腕より三人は逃れようとしたが、王城を守るローレシアの正規兵を傷付けられぬ彼等の抗いは思う通りにならず、まるで大罪を犯した罪人の如く城内に押し込められ、廊下を行かされてしまい、
「……おや……。皆様、一体、どう為されたので?」
「それが……。急に、殿下方が旅よりお戻りになられたのだが、仰られていることが妙なのだ。ハーゴン殿を倒すとか、ムーンブルク王都を滅ぼしたとか、口走られて……」
「ハーゴン様を? それはそれは……。本当に、殿下方は、一体どうされてしまわれたのでしょうか……。ハーゴン様のような方を倒すだなどと、恐ろしい……。それに、ムーンブルク王都が魔物の軍勢に襲われたと言うのは、デマだった筈では? 只の失火だったそうではないですか」
────聖堂へと向かわされていた途中。
何事かと兵達に話し掛けてきた男──アレンは見覚えが無かった、何時しか城への出入りを許されたらしい何処となく胡散臭い雰囲気の商人も、困惑顔で事情を語る兵達に、そんなことを告げ、
「ああ、ハーゴン様……。お慕いして……。──はっ、いけない! 私ったら何てことを……」
「でも、身分違いの女の儚い想いなど、ハーゴン様は……」
擦れ違った女官達も、うっとりした眼差しで有らぬ所を見詰めながら、ハーゴンへの恋慕を洩らした。
「何なんだ、一体……っっ」
「もう嫌……。ハーゴンを慕う言葉なんて、聞きたくもないわ……。それに……っ。それに、ムーンブルクは、ムーンブルク王都は……っっ!」
「何で、こんな……。僕達が気を失っていた僅かの間に、何が起こったと言うんでしょう……」
そんな、城内の者達の態度や言葉に胸を悪くした三人は、一様に吐き捨てる。
「猊下! 大変です、アレン殿下が! 皆様が!」
が、その間にも兵達は、彼等の背を押す風にしつつ歩みを進ませ、辿り着いた聖堂にて祈りを捧げていた枢機卿や尼僧達に、事情を語った。
「アレン殿下。さすれば、私が直ちに、皆様の呪いを解いて進ぜましょう。──正しき神は、正しき者の味方なり。ハーゴン様を信ずる心を忘れずにおれば、必ずや、幸が訪れましょうぞ」
「大神官ハーゴン様こそ、天が私達にお与えになった救世主ですわ。さあ、アレン殿下もご一緒に。お祈り致しましょう。大神官ハーゴン様に、神のご加護がありますように……」
「…………枢機卿……。貴方達まで……」
神の僕たる彼等ならば、と僅かに期待していたのに、兵達の訴えを聞き届けた直後、枢機卿や尼僧が口にしたのは、やはり……、のことで、アレンは力無く肩を落とす。
「……アーサー。ローザ。玉座の間に行こう。行って、城内のこの様
「判りました」
「ええ。そうしましょう」
けれど、俯かせてしまいそうになった面を持ち上げ直し、腹を決めた彼は、アーサーとローザを促すと、力尽くで兵達を振り払い、城二階の玉座の間目指して駆け出した。
「あっ! アレン殿下! お待ち下さいっ!!」
身を翻した彼等を枢機卿や兵士の声や腕が追ったが、取り合わず、振り返りもせず、三人は全力で廊下を走った。
先触れが無くとも、誰に報せずとも、帰城すれば必ず何処
────バン! と、けたたましい音を立てて抉じ開けた扉の先には、色取り取りの、煌びやかな布が舞っていた。
場違いな、騒々しく奏でられる音楽も聞こえてきた。
鼻孔に痛い香や、白粉の匂いも漂ってきた。
……そう、飛び込んだ玉座の間では、ローレシア城内では見掛けることなど有り得ぬ筈の、娼婦と見紛うばかりの派手な出で立ちをした幾人もの女達と、女達を侍らせたローレシア王が、悪趣味としか言えぬ宴に興じている真っ最中だった。