解き放たれたローザの魔力を余さず吸収したイオナズンは、ポ……、と最初の光を宙に灯した時から既に、有り得ぬ目映さだった。

次いで、光を取り巻きつつ生まれた風も又、有り得ぬ威力を秘めていた。

そんな光と風が、閃光と化し、疾風と化し。

シドーをも飲み込める程に膨れ上がったイオナズンは、光と風からなる、チリチリと音立てる炎のような揺らめきを幾筋も靡かせ、カッ!! と輝き爆裂した。

アレンもアーサーも、小さな太陽が炸裂したのかと錯覚した力を迸らせながら。

「一矢……くらいは、報いれて……?」

迸った光と風の力は、傷付けられた少年達の仇を討つ如くシドーの蛇腹にめり込み、大きく肉を抉り取って、抉ったそれをも吹き飛ばし、雷の杖に縋って立ちハアハアと全身で息をするローザは、満足気に呟くと、その場に頽れる。

限界まで魔力を振り絞って倒れた彼女と引き換えに、腹を抉られたシドーも身を二つに折って藻掻き、苦し気な咆哮を放ちつつ、残った腕と脚をやたらに振り回し。

今しかない、とアレンは、邪神の懐目掛けて。

────その刹那の。

『神』とは思えぬ様を見せ始めたシドーに、単身打ち掛かって行くアレンの姿は。

身を投げ出して彼を癒し傷付き、それでも力振り絞って盾を掲げたアーサーの姿も。

床に倒れ込んだまま、精一杯腕を持ち上げ、世界樹の葉を口に含むローザの姿も。

己達の命や運命を差し出してでも、世界を、大切なモノを守り通そうとする者達の姿そのものだった。

死を賭して、世界に滅びを齎し掛けている破壊神を葬らんとする、紛うこと無き勇者の姿。

……誰に求められた戦いでも無い。

破壊の神との命懸けの戦いは、彼等に課せられた責務では無い。

彼等自身が挑むと決めた、自ら望んだ戦い。

世界中の数多の人々と共に、諦めと滅びを受け入れてしまった方が、遥かに楽だったろうに。

死を賭して、勇者となって。

「シ、ドー…………っっ」

──アーサーは、己の癒しもままならず、ローザは、魔力の全てを使い果たしてしまった。

故に、今、癒しを施せる者はおらず、アレンは、見境無く炎の息を吐き出し、もがれ掛けの手足を振る邪神に嫌と言う程傷付けられたまま、吹き出す汗にも血にも構わず、双剣を振るい続けた。

戦う力など残されていないにも拘らず、アーサーもローザも、立ち上がろうと足掻き。

「シドーっっ!! これで、終わりだ!!!」

吐かれた炎をロトの剣の疾風で掻き消し、開かれたままの口の中に稲妻の剣の雷撃を叩き込んで、邪神の尾から脚へ、脚から腕へと飛びつつ駆けたアレンは、最後にもう一度、高く飛びながら腕を交差させ、シドーの右の首筋に稲妻の剣を、左の首筋にロトの剣を、それぞれ深く食い込ませると、有らん限りの力を振り絞り、神の喉笛を掻いた。

…………直後、暗雲に覆われたロンダルキアの空も臨める、ハーゴン神殿最上階に築かれし広い祭壇の間を埋め尽くしたのは、断末魔だった。

神の断末魔。

「勝……った…………?」

「破壊神を滅ぼせたの…………?」

僕達──アトラスが、バズズが、そしてベリアルがそうだったように、シドーも又、絶命の叫びを轟かせながら、この世界の風や景色に溶けて消え去り、肩で息しつつ床に降り立ったアレンと、邪神が消え去った虚空とを、アーサーとローザは見比べる。

…………と、邪神を、神と名乗っていたモノを、自分達は倒し遂せたのだ、と三人が確信する間もなく、何処からともなく美しい声が聞こえた。

『破壊の神シドーは滅びました。これで再び、平和が訪れることでしょう。勇者ロトの末裔よ、私は、何時までも貴方達を見守っています。──おお、全ての命を司る神よ! 私の可愛い子孫達に光あれ! ────さあ、お行きなさい!』

精霊の祠でのあの時、ルビスの守りがハーゴンの幻を払ったあの時、耳にした声にそう語られ、「じゃあ、やっぱり……」と思うや否や、彼等の体は暖かい光に包まれて、気が付いた時には、復活の珠を埋めた砂漠の縁に、三人並んで立っていた。

散々に傷付けられた身も衣装も武具も、傷跡一つ無く、アレンが一度は手から離したロトの盾も、きちんと足許に。

「ここ、は……」

「砂漠……ですよね? 僕達は……?」

「あのお声は、ルビス様よね……。────あ、二人共、見て!」

出来事に呆然とし、忙しなく辺りを見回し、たった今、屋上の祭壇の間にてシドーとの決戦を制したハーゴンの神殿を臨めば、神殿は、轟音と砂煙を立てて崩壊していった。

「崩れたのね……」

「……ああ。跡形も無く」

「ルビス様が清められたんでしょうか……」

辿り着くのに数刻を要したその場から見ても、心持ち顔を上げなければ全容を視界に捉え切れなかった、高い双塔をも有していた巨大な神殿が、見る間に、砂漠の細かな粒に混じるまで粉々になって、一つの瓦礫も残さず壊れる様を見詰め、三人は呟きを洩らす。

「………………さっきの声は、ルビスだろう?」

「ええ。それが?」

「私の可愛い子孫達って、どういう意味なんだ? 僕達が、ルビス神の子孫?」

「……ああ。ルビス教には、この世界の人は皆、大地母神であり世界の創造主でもあるルビス様の子である、と言う思想があるので、そういう感じの意味合いだったんじゃありません? 血筋的な意味で無く」

「あ、成程。御免、一寸悩んだんだ」

「言い回し次第で、どうとでも受け取れることに、引っ掛からなくてもいいと思うのよ、アレン」

「いや、だって……」

死闘の直後、その戦いの痕すら綺麗に拭われ、一瞬にして安全な場所まで運ばれてしまったからか、中々、それまでの全てに対する実感が湧かず、主にアレンの所為で、彼等は場違いなことを語り出し、

「…………なあ。倒せた……んだよな? ハーゴンも、破壊神も、滅ぼせたんだよな?」

「はい。未だ、夢の中にいるみたいな気がしますが。ハーゴンやシドーと戦ったのも、夢みたいで……」

「でも、夢じゃないわ。夢じゃない…………。……私…………、お父様やお母様や、皆や、ムーンブルクの仇が討てたのね……。お父様とお母様に、胸張ってご報告出来るのね…………」

徐々に、少しずつ。

世界の敵だったハーゴンも、ハーゴンが降臨せしめたシドーも、滅ぼすこと叶えたのだ、との想いや感慨が湧き上がり、最初は辿々しく、やがては晴れやかに、声さえ立てて三人は笑った。

誇らしかったし、嬉しかった。

開放感にも満たされた。

笑いながら見上げたロンダルキアの空は、何時の間にか雲一つ無く晴れ渡っていて、風も光も澄み切って、清々しく。

「やりましたね!」

「ええ! 勝てたのよ、私達!」

「良かった。本当に…………」

腰を抜かしたみたいに砂の上にしゃがみ込んで、彼等は、一頻り笑い転げる。

「………………帰りましょうね。三人一緒に」

「………………そうよ。帰りましょう、三人で」

が、やがて、若く明るい笑い声も、風と陽光に溶けて流れ、一瞬の沈黙を挟んで、アーサーも、ローザも、帰ろう、と言った。

────楽しいことも、嬉しいことも、沢山沢山、あったけれど。

苦しいことも、悲しいことも、辛いことも、沢山沢山あった、約二年に亘った戦いの旅は、今、終わったのだから。

本懐を遂げた自分達の帰りを待ち侘びている人々の許に、帰ろう、と。