全ての戦いを終えたあの日から、アレン達がローレシアに到着したその日までに流れた時は、早、二月と少しになる。
その間、立ち寄った何処の街や村でも、かなりの騒ぎが続いていたし、ムーンペタの街やサマルトリア王都に至ってはお祭り騒ぎの様相だったので、ローレシア王都でも相応のことになってしまっているだろう、と三人も覚悟はしていたが。
馬車に揺られながら入った件の都は、お祭り騒ぎ、ではなく、正しく盛大な祭りの真っ最中だった。
その様に、まさか、この二月と少しの間、己が故郷は、ずっとこんな馬鹿騒ぎを繰り広げていたのか、とアレンは焦ったけれども、三人と共に馬車に乗り込んだ宰相は、そうではない、と笑う。
──宰相に曰く、今現在行われている祭りは、一昨日辺りから都の人々が始めたものなのだそうだ。
僅か一日足らずの間に、世界の終焉を悟り、来ると知ってしまった終焉が避けられたことをも体感したあの日から数日も、王都ではかなりの騒ぎになり、しかし、それは国王が、「未だ王太子達の帰還は果たされておらぬので、自重するように」との触れを出した為に収まったのだけれども。
ローレシア王は、その代わり、アレン達が無事に帰還した暁には祭りを開くことを許す、との触れも出しており、四、五日前、そろそろ王太子殿下方がお戻りなられるそうだ、と知った都の者達は、今度こそ! と盛大な祭りを催した。
因みに、始めはムーンペタから、次にサマルトリアから、アレン達の消息に関する文が届いたことと、彼等の大凡の到着日時の仔細が城下町にまで知れ渡ったのは、王城へ奉公に上がっている下働きの者達や下級兵士達が、それぞれの親兄弟に、「ここだけの話だけれど……」と洩らしたからが理由で、宰相の話を聞き終えた三人は、
「人の口に戸は立てられないって、本当なんだな……」
と誠にしみじみしつつ、大通りを抜けて行く王家所有の煌びやかな馬車の列に気付き、「きっと、あの馬車には王太子殿下方が!」と詰め寄ってきた、大通りを埋め尽くした人々の歓声に見送られながら、王城の正門を潜った────が。
車寄せで馬車を降りても、彼等は、すんなりとは城内に入れなかった。
我等が祖国の王子殿下が、世を混乱に陥れた邪神教団の大神官ハーゴンを見事討ち取って、今、凱旋為されたと、この上無く盛り上がった都の者達が王城まで詰め掛け、今にも正門を破って城内に傾れ込みそうな騒ぎを始めたから。
「困ったな…………」
「鎮めた方がいいかも知れませんねえ……」
「アレン。何とかするのは貴方の役目よ?」
故に三人は、このまま放っておいたら、どんな騒ぎが起こるか……、と顔を見合わせてから、踵を返して前庭を突っ切り、正門の少し手前に居並ぶ。
「殿下方だ!」
「アレン様!!」
「おめでとうございます、アレン王子殿下!」
彼等の姿を直に目にした途端、王城前を占めた人々は一際盛大な歓声を上げ、されど直ぐさま沈黙し、固唾を飲んで王太子の言葉に耳傾ける態を取ったので、異様な静寂を生む者達を前に、何を言えばいいやら……、とアレンは悩んだけれど。
「ほら、アレン」
「アレン、早く何か言って頂戴」
アーサーとローザに責っ付かれ、人々にも、城門近くに整列している兵士達にも熱視線を注がれ、う……、と詰まった直後、正門の向こう側に集った数多の顔触れの中に、幼かった頃、冒険、と称しては城を抜け出し、街の子供達と一緒になって遊び転げていた自分を可愛がってくれた商店街の者達──旅立ったあの夜、懐に携えた五〇ゴールドを『稼がせて』くれた者達もいてくれるのを見付けた彼は。
「…………私は、ローレシア王国王太子、アレン・ロト・ローレシアだ。先ずは、王太子と言う立場に在りながら、長らく国を離れていたことを皆に詫びたい。すまなかった。……されど、伝説の勇者ロトの血を分け合ったお二方と共に、ムーンブルクの王都を滅ぼし、世界を破滅に導かんとした邪神教団大神官ハーゴンを討ち取って、今、戻った。……皆が、我々の無事を祈ってくれたことも、こうして出迎えてくれたことも、喜びを分かち合ってくれたことも、心から感謝している」
良く通る声で、人々にそう語り掛けてから、彼は、
「────皆、有り難う! ただいま!」
懐かしい商店街の者達へ眼差しを向け、最後に、大きな声で叫んだ。
「お帰り為さいませ、アレン殿下!」
途端、王太子殿下のお言葉を聞き漏らすまいと、シン……と静まり返っていた王城の正門前は、先程以上の歓声に包まれる。
「……さ、行こう」
「今の『ただいま』は、かなり効いたかもですねー」
「効き過ぎかも知れないわよ?」
だから、急に照れ臭くなっしまったアレンは、人々に手を振りながらもアーサーとローザを促し、ああだこうだ言い出した二人や宰相と共に、そそくさと城内に消えた。
久方振りに帰ったローレシア王城内は、何故か、やけに静かだった。
正面玄関を守る衛兵以外の人影も無く、城内も外と大差ない騒ぎなのだろうと思っていたのに、この静けさは……? と不思議がった三人を、宰相と彼の供の数名は忍び笑い、さあさあ、と玉座の間へ行けと促して、言われるがまま城二階へ向かい、開け放たれた扉をアレン達が越えた途端、所狭しと詰めていた者達が、拍手や歓声で以て彼等を出迎えた。
ローレシアの『お歴々』のみならず、兵士達や、侍従や女官達や、下働きの者達までもが。
「あ、そういうことか」
「うわぁ、凄い……」
「大丈夫なのかしら、こんなに詰めて……」
……有り難いけれど。有り難いとは思うのだけれど。
押し合い圧し合いとしている者達に迎えられ、「気恥ずかしくて、どうしたらいいか判らなくなりそうだ……」と、内心ではモジモジし始めてしまった三人は、小声でコソコソ囁き合いつつ、玉座へ続く赤絨毯を辿る。
が、長く赤い道の先で立ちはだかる風にしているローレシア王と、王の一歩後ろに控える王妃を瞳に映し、あそこが、終点の終点だ、と薄ら思ったアレンを見送るように、赤絨毯の半ば程でアーサーとローザは進むのを止めてしまった。
「え? どうして二人して止まるんだ?」
「陛下の許に行かれるのは、アレン一人ですよ」
「私達は、おまけみたいなものじゃない」
「は? いや、だって」
「だって、じゃなくて。……さあ、行って下さい、アレン」
「照れるなんて、貴方らしくないわよ」
「……そんな、余所行きの態度まで取って、急かさなくてもいいじゃないか……」
何でそこで、と一緒になって立ち止まった彼へ、二人は送り出す風なことを言い、少しばかり『色々を装う』彼等への文句をボソッと吐いてから、アレンは一人、父王の御前に跪く。
「陛下。只今、ハーゴン討伐の旅より帰還致しました。本懐を無事に果たして参りましたことも、併せてご報告致します」
「…………うむ。──王子アレンよ。流石、我が息子。勇者ロトの血を引きし者。其方のような息子を持って、儂は誇らしいぞ。誠に良くやった!」
「有り難うございます、父上。…………お約束通り、生きて帰って参りました」
「……当然だ、馬鹿者。親より先に逝くなどと、そんな親不孝が許せる筈も無かろう」
跪いた息子を見下ろす父王は、敢えて声高にした公式のやり取りに続き、親子としてのやり取りも小声で交わしてから、
「さて。──どうやら、そろそろ新しい時代が始まる時が来たと、儂は感じておる。故に、だ。アレン、儂は其方に王位を譲ろうと思う」
「……………………は? 父上?」
直ぐに公の顔に戻って、この場にて譲位を表明する、と言い出して、アレンは、晴れの舞台に立っている真っ最中にも拘らず、馬鹿面を晒し掛けた。