「は? ではない。引き受けるな?」
「そのようなこと、引き受けられる筈がありません。私は未だ、十九になったばかりです、父上」
「成人はしとるだろうが。一年も前に。お前の十七の誕生日も十八の誕生日も、十九の誕生日さえ、国では祝えずに終えてしまったし、成人の儀も未だだが、大人になったことには変わらん」
「それとこれとは話が別ですっ。成人はしても、私は国政に関しては未熟ですし、第一、父上は五十の前半ではありませんか。今から、引退するなどと仰らないで下さいっ」
「誰も、始めは未熟だ。即位するだけで名君になれる者なぞおらん。儂とて、未だ未だ若いつもりではおるが、歳は歳だ。歳なのだから、儂にも少しくらいのんびりさせろ。それに、何も今この場で即位しろと言っている訳では無い。先延ばしにした其方の成人の儀を終えなけれは話は始まらんし、縦んば、今から即位の支度を始めたとて、一年は掛かる。その頃には、其方も二十歳を越えておる筈だ。……いいから、とっとと譲位の沙汰を受けんか、馬鹿息子っ」
故に、それより暫くの間、衆人環視の中で父子の口論は続き。
「ですから、父上……。そう仰られましても……」
「四の五の言わんで、聞き分けろ」
「聞き分けて頂きたいのは父上の方ですっ」
「……相分った。ならば、国王より、王太子への上意とする。──ローレシア王国王太子、アレン・ロト・ローレシアよ。譲位の沙汰を受けよ。拒否は許さん。……うむ、決まりだな」
「父、う、え…………」
「……引き受けるな?」
「………………はい……。謹んで……」
中々折れないアレンに痺れを切らしたローレシア王が、国王命令にする、と伝家の宝刀を抜いた為に、いい加減、周囲も困り始めていた父子喧嘩は決着を見る。
「そうか、能く決心した! 皆の者も聞いたな? これを以て、今ここに、ローレシアの新しい王の誕生を予告する! ──さあ、アーサー殿もローザ殿も、こちらへ。これからも、三人で力を合わせ、平和を守ってくれい! ……では、皆の者、祝いの宴を始めるぞ!」
上意、と言い渡されてしまっては、アレンに逆らう術はなく、白々しい科白を口にした彼の父王は、自分達を見守って──序でに苦笑して──いたアーサーとローザを呼び寄せると、堅苦しい席はこれで終いにして、祝宴を開くと高らかに宣言した。
時には舞踏会も開かれる、ローレシア王城の大広間に席を移し、アレン達三人の為の祝宴は始まった。
昼日中から催された酒宴には、王妃である実姉より報せを受けたのだろう、旅の扉を伝ってローレシアまで駆け付けて来たデルコンダル国王もいたし、ルーラを使ったのか、ムーンペタやサマルトリアにいる筈の賢者殿やサマルトリア国王や、アーサーの妹姫の姿まであって、只でさえ賑やかになるのは目に見えていた祝宴は、三人の想像以上に華やか且つ賑やかになり、アレンに至っては、至る所で『玩具』にされた。
『お歴々』達に片っ端から取っ捕まり、祝いを述べられたり、無事を喜ばれたり、次期国王への即位決定への言葉を告げられたり、としていた内は未だ良かったが、宴なのだからと、煌びやかな衣装に改めさせられてからも、佩いているように、と爺やに命じられてしまったロトの剣を腰に下げていた彼は、その辺の小さな子供のように目を輝かせながら近寄って来た父王やデルコンダル王達に、寄って集って、ロトの剣を抜いて見せろだの、一寸貸せだのと求められ、臣下達にも、「伝説の剣を、一目……」と迫られ、貴婦人達には、一曲でいいから踊りのお相手を、とねだられて。
おいおいと、嬉し泣きを始めた宰相の繰り言にも、長々付き合う羽目になり。
「眩暈がしてきた…………」
夜を迎え、王都の空に祝いの花火が上がり出しても盛り上がり続けていく一方の宴から、何とか彼んとか抜け出したアレンは、大広間のテラスの隅で、壁に凭れて項垂れた。
「……あ、アレンがいた。……大丈夫ですか?」
そこへ、彼を捜していたらしいアーサーが、杯片手にやって来た。
「大丈夫じゃない……。色々が有り得ない……」
「あららら……。お疲れ様です」
「もう嫌だ。何処か遠い所に行きたい……」
物陰に潜んでいたのに声掛けられ、見付かった……っ、と一瞬肩を竦めたものの、直ぐに、声の相手がアーサーだと悟ったアレンは、その場に、ずるずるとへたり込む。
「まあまあ。そう言わず。そんな風にしてると、正装が汚れちゃいますよ?」
「別に、服なんかどうでもいい……。……デルコンダルの叔父上達までいるし、婦人達はしつこいし、父上達も将軍達も、ロトの剣がー、とか何とか、延々話したがるし。あーもー……」
「あー…………。……でも、僕もローザも、似たような目に遭ってますし。暫くは我慢です」
「……だよな……。我慢しろってことだよな……」
「ええ。二、三日は、仕方無いと思って諦めましょう、アレン。──それはそうと。ローザも、君を捜してましたよ。折角だから、一曲踊ってきたらどうですか? 夜中になったら、愚痴でも何でも、たーー……っぷり付き合いますから。ね? 僕も、リリと踊ってきますので」
疲れ果てた顔でしゃがみ込み、愚痴を零すアレンを宥めたアーサーは、ローザの相手もして下さい、と彼を急き立て、
「うー…………。……うん。ローザとなら、いいか」
彼女となら踊りでも何でも、とアレンは、大広間に引き返す。
「あ、アレン。良かったわ、少し付き合って貰えて?」
「ああ、ローザ。僕も捜してたんだ。アーサーから、君が僕を捜していると聞いて」
「そうなの。さっきから、踊りを申し込まれてばかりで……。でも、そろそろ疲れてきてしまったから何とかしたいの。だから、アレン、一緒にいて貰えないかしら。貴方といれば、しつこく出来る人はいないでしょう?」
「そうだな。僕なら、虫除けくらいにはなる。……な、ローザ。良かったら、僕とも踊ってくれないか?」
「ええ、勿論。貴方の申し出なら、幾らでもお受けするわ。最後の曲のお相手も、宜しくね」
「おや、それは光栄」
直ぐさま近寄って来た人々を適当にいなし、人混みに目を凝らせば、程無くローザは見付かって、共にいようと言い合った彼女とアレンは、折角だからと手に手を取って、数多の男女が優雅に踊っている大広間の中央に進み出て行った。
二人も、彼等に次いで妹姫の手を取ってやって来たアーサーも、今宵の祝宴の主役であり『花』で、そうでなくとも注目されて当然なロト三国の王族達であるから、踊り始めた二組の男女は場内の視線を集め、しかしアレンは、注がれる人々の眼差しなどには気も止めずに、踊りながらもローザと小声の内緒話をしてみたり、者の目を引いて余りある笑顔を彼女だけに向けてみたり、貴族の子息達も近付けなくなるまで彼女の付き添い役を果たしてみたりと、只でさえ目立つ自分達を、より目立たせるような真似ばかりを、宴が終わるまで続けた。
質の悪いことに、無意識に。
さて、その夜更け。
漸く宴から解放されて、戻った自室の寝台に、疲れた……、と身を投げ出していたアレンの許へ、酒瓶をぶら下げたアーサーが忍んで来た。
「お疲れ様でした、アレン」
「アーサーも。お疲れ様」
「明日の晩も、何やら開かれるんですって?」
「後二日。今夜も入れれば三晩、宴をするとか何とか、爺やが言ってた。馬鹿馬鹿しい……」
「仕方無いと思いますよ。城下でも祭りになっていますし、それくらいしないと、却って文句が出るんじゃありません? おめでたいことが続いてるのに、と。寧ろ、三晩で済むだけましかもです。それに、明日と明後日は、今夜程盛大じゃないでしょうから」
「まあ……そうかも知れないが。僕に言わせれば、祝宴なんて一晩で充分だし、色々無駄だし、付き合う方の身にもなれ、と言いたい」
「はは……。……まあまあ。それはそうと、アレン。一寸飲みません?」
女官達に頼んで、内緒でアレンの寝所まで通して貰った様子の、軽装に上着を引っ掛けただけの姿な彼は、酒瓶とグラスを二つ隠し持っていて、飲みましょー、とアレンを誘い、床の敷物の上に直接座り込む。
それにアレンも付き合って、男二人で飲み始めてから少々が経った頃。
徐に、アーサーがアレンの顔を覗き込んだ。