再び、朝が来た。

宴も祭りも終わり、アーサーはサマルトリアへ、ローザはムーンブルクへ、帰国する日の朝。

正式な婚約は未だ交わせない、想いを打ち明け合って僅か三日目の恋人同士であるアレンとローザは、その日を以て、早くも暫しの別れを迎えねばならなかった。

だが、「これでもう、当分は逢うことすら叶わない」と嘆いた、大切で特別に思う親友二人の為に、又も、アーサーが活躍した。

──今日の午後には別れが……、と朝から鬱だったアレンとローザを捕まえて、

「ローレシアとムーンペタを繋ぐ、旅の扉を作りません? そうしておけば、何時でも逢えますよ?」

と、古代の謎技術の解明や復刻を最大の趣味としている彼は、呆気無く言って退けた。

遥か古代に生み出された技術ではあるけれど、旅の扉に関する技は現代でも活用されているし、自身達の曾祖父とて秘かに幾つも拵えたのだから、造るだけなら容易だ、とも彼は言い切って、だから、仮の王宮を置くとローザが決めたムーンペタと、ローレシア王城の何処かとを、急遽、近日中に旅の扉で結ぶことが決まった。

王都と王城の再建が始まって、ローザがそちらに移ったら、ローレシアとムーンペタを繋ぐ旅の扉は潰し、新王都とローレシアを繋ぐ旅の扉を造り直す、と言うことにもなって。

半月もすれば諸々が落ち着くだろうから、二十日後にローレシアで再会──どうやってかと言えば、アーサーのルーラで──しよう、と誓い合いもし、アーサーもローザも祖国へ旅立ち、アレンは、旅立った彼等を見送った。

二人とは長の別れにならずに済み、アーサーは父王と妹姫を連れ自身のルーラで、ローザは賢者殿達と共に、その賢者殿のルーラで、それぞれ帰って行ったから、一人、大切な恋人と、同じく大切な親友を送ったアレンの心は軽く。

────それより、二月、時が流れた。

戦いと冒険の旅を終え祖国に戻ったアレンが、ローザと想いを確かめ合った日から、二月程が経った。

されど彼は今、少々憂鬱な日々を過ごしていた。

──あれから、アーサーもローザも、幾度も近況その他を綴った文を送って来てくれて、彼自身、二人へ文を送っていたし、約束通りローレシア王城での再会も果たした。

共にいられたのは半日にも満たなかったが、それでも、充分に幸せな時間は過ごせた。

ムーンペタとローレシアとを繋ぐ旅の扉の完成も間もなくで、再会した日、予想通り大分色々が落ち着いたから、これからは、こっそり且つちょくちょく、ルーラでアレンの部屋に押し掛ける、とアーサーは耳打ちしてきてくれたし。

ローザも、ムーンブルクの各都市や村々の首長達から、アレンとの婚約に賛同する返事を貰えた、と伝えてきたので、二人の婚約を公にする日取りも決まった。

先延ばしになってしまっていた、彼の成人の儀を執り行う日取りも。

……だが、そんな幸福の真っ直中にいる筈のアレンを、秘かに、されどじわじわと、真綿でその首を絞める如く悩ませていることがあった。

────アレンが、ローレシアに帰国してから二月、と言うことは、破壊神シドーが滅した日より数えて、約四月、と言うことでもある。

その四月の間に、世界は目紛しい変化を見せつつあった。

魔物の脅威が消えた為、都から都へ、国から国へ、と旅する者達が増え、商隊の列も昔以上になった。

アレン達は伝承でしか知らぬことだが、その様は、約百年前、アレフが竜王討伐を果たし、ローラ姫と共に現在のローレシア大陸へ渡った頃さながらで、各地を行き交う貿易船も定期船も復活し、ロト三国を始め、各国が致し方無く閉鎖していた港にも活気が戻った。

ローレシアでは、世界各地を実際に巡り歩いたアレンの、我が国にもルプガナのような港を設けて、もっと貿易を盛んにするべきだ、との進言を受け、一先ず、王都近郊の軍港を民間船にも大々的に解放する試しを始め、彼と同じようなことをアーサーもローザも国許で進言したので、ロト三国は、一昔前とは比べ物にならぬまで他国との船の行き来が頻繁になり、人の出入りも激しくなり始めている。

……その為、あれから四月が過ぎた今、『噂が伝わる速さ』と言う奴が、劇的に変わった。

何処までも、以前に比べれば、ではあるが、何処の国のどんな街でこんなことがあったらしい、と言う話が、瞬く間に流布するようになった。

故に、ローレシアの王太子殿下と、ムーンブルクの王女殿下が婚約の誓いを交わすそうだ、との話も、この僅か二月の間に世界のあちらこちらに伝わり、アーサーが懸念していたように、『横槍』が入った。

それが何処からかと言えば、ラダトームから。

ハーゴン討伐を果たした後、ベラヌールやペルポイやルプガナ、果てはザハンですらアレン達三人の姿を見掛けたと言う者がいるのに、彼等はラダトームには立ち寄らなかった。

当代の英雄となった彼等三人の曾祖父である勇者アレフはラダトーム王国出身であり、彼等の曾祖母であるローラ姫は、他ならぬラダトーム王家が生家で、何よりラダトームは、彼等が血を受け継いだ勇者ロトの伝説が生まれた地であるにも拘らず、何故、そのラダトームには凱旋しなかったのか。…………と言ったことを理由に、どうやらアレン達は、ラダトームに逆恨みされたらしく。

半月程前から、ローレシア王都では、ラダトームの出らしい者達が見掛けられるようになって、その者達は、王都のあちこちで、事実無根で質の悪い噂話を声高に言い触らし始めた。

王太子とムーンブルク王女との婚姻を切っ掛けに、ローレシアはムーンブルクを属国にしようと企んでいる、とか。

いや、王都を滅ぼされ、痛手を被ったムーンブルクこそが、これを機会にローレシアを奪おうとしているのだ、とか。

王子と王女が結ばれれば、必ず揉め事が起きるだろう、そこで、漁父の利を狙うのがサマルトリアだ、とか。

……そればかりか、その者達は、ハーゴンも、あの日、世界を滅亡させようとした恐ろしい何かまで『倒してしまった』彼等は、人として気味が悪いだの、独裁者になり兼ねないだの触れ散らかして、アレンに至っては、一族全て魔力無しなローレシア王家の一員のくせに、それでも、ハーゴンや恐ろしい何かまで倒してみせた王太子を放っておいたら、彼こそが世界に仇為す者になる、とまで吹聴されてしまった。

質の悪い者達が王都に出没するようになってより僅か数日で、王城にも嫌な噂は届き、が、人目を憚らず怒り狂ったローレシア王が事の収集に乗り出したし、端から、王都の者達はそのような噂に耳を貸してはおらぬけれど。

特に王城内では、ローレシア王同様、不埒者共が、と形相を変えて憤る者達ばかりが占めているけれど。

……人の心は判らぬから。

嘘が真と化してしまうこととて、有り得るから。

あの時、ラダトームに立ち寄らなかっただけで、こんなことになるとは……、とアレンは頭を痛めていた。

────父王や宰相、それに将軍達も、側仕えの者達まで、気に止むな、と言ってくれているが、このままでは、ローザと結ばれる処では無くなってしまうかも知れない。

否、そこで話が終われば未だ救いがある方で、国や王家、果てはロト三国の全てに不審を持たれてしまうかも知れない。

そうなったら……、と。

誰にどう慰められても、その日も朝から悩み続けていたアレンは、段々、都の者達が本当はどう感じているのか気になって仕方無くなり、午後が半ばになった頃、とうとう、本当を己の目で確かめて来ようと決心し、城下へ出向くべく、こっそり城を抜け出した。