その年、ローレシア王都が初夏を迎えると共に、ローレシア王城の一室にて、ローザは、アレンとの間に授かった子を産んだ。

前夜遅く、彼女が産気付いた直後から落ち着きを失って、延々城内を彷徨いていたアレンが、報せを受け駆け付けた時には、産屋の中より、誕生したばかりの嬰児の、それは大きな泣き声が聞こえてきて、母子共に無事であることと、第一子は男子であったことも、彼は知らされる。

……そう、彼等が授かったのは、ローレシア王国王太子となる王子。

────アレンが産まれた時のように、ローザが産まれた時のように、数多の人々の祝福を受けた二人の長男は、アベル、と名付けられた。

アベル・ロト・ローレシア、と。

……アベルは、アレンの方に似ていた。

髪色は父親譲りの黒で、瞳の色は琥珀だった。

育つに連れ、生誕時から父似だった面立ちは益々父に似て、アレンを真似たがったのもあり、剣の稽古や武道に興味を示し出した。

ローレシア王家の血が色濃く出たのか、魔術の才には恵まれなかったが。

性格も、アレンの小さい頃にそっくりで、好奇心も正義感も強く、素直な質のようだったけれども、その分、ちょっぴり融通は利かない王子殿下になった。

そして、アベルは、余り手の掛からない子供でもあった。

アベルの生誕より二年半後。

再び身籠った、アレンとの第二子をローザは産んだ。

第二子は、ムーンブルク王城にて生誕した。

アベルが、産まれる以前よりそうと決められていたように、同じく男子だった第二子も、ムーンブルクの跡継ぎ──ムーンブルク王国王太子となることを定められていたから。

長男生誕の際同様、両国の民達より祝福を受けた次男は、アデル、と名付けられた。

アデル・ロト・ムーンブルク。

……アデルは、アレンの面影もあったけれども、何方かと言えばローザ似だった。

兄に同じく父譲りの黒髪だったが、瞳の色は、ローザと同じ紅色だった。

育つに連れ、只でさえ母方の血が濃かった面立ちは少々中性的になり、魔術に興味を示すようにもなった。

何処までも兄とは対照的に、アデルには、魔術の才があったのも手伝って。

けれど、性格は、アレンや兄に近かった。

父母が好きで、祖父母が好きで、大好きな兄の後を付いて歩いた。

アベルよりは要領が良かった分、少し我は強かったが、アデルも、素直で愛らしい王子殿下に成長した──のだけれども。

そこでも、万事恙無く、とはいかなかった。

公私共に現実は厳しかった。

アベルは手の掛からぬ子のままだったが、アデルが、少しずつ捻くれてしまったから。

────ローザや乳母や達の存在が欠かせなかった時期を過ぎた頃より、アベルはローレシアで過ごす時間が、アデルはムーンブルクで過ごす時間が増え始めた。

……それは、致し方ない、と言えることだった。

アベルはローレシアの、アデルはムーンブルクの、王となる運命が定められていたのだから。

それぞれが受け継ぐ国で過ごす時が長くなるのは、当然以前だ。

学ぶべきことも、学ばなくてはならぬことも、各々が受け継ぐ国から。

けれどもアデルは、それを幼心に疑問に感じてしまった。

…………ここから先の話は、アベルとアデルが成長した後、アレンが当人達より打ち明けられた話で、当時は、父母であるアレンとローザも知らぬことだったが、二人の次男は、兄はローレシア寄りに育てられ、自分はムーンブルク寄りに育てられているのを疑問に感じたばかりでなく、長じるに連れ、それを、区別、然もなければ差別、とまで受けるようになってしまった。

両親から注がれる愛に分け隔ては無いのは、幼かった彼にも理解出来ていたらしいが、彼はどうしても、兄と自分の『差』が気に喰わなかった。

故にやがて、大人であれば、誤解であり諸事情、で片付けられた様々なことに八つ当たりをするようになって、兄にも当たるようになった。

一方、要領の良くない処もあった兄のアベルは、弟への接し方を変えなかった。

父の後を追う如く育った長男は、幼少期から我慢に掛けては一級品で、自分達兄弟の立場や事情を、子供らしくない驚異的な速さで飲み込んでしまった為、弟が、己達が受ける教育や扱いの違いを納得出来ていないとは想像すら出来ず、アデルが己に当たり散らす理由も判らず、自分が振る舞いを変えずにいれば、弟はきっと、以前の彼に戻ってくれるだろう、とだけ信じた。

自身のその態度を、弟が、見下されているのかも、と感じてしまっているとも知らず。

だから、子供故の誤解や無理解や我が儘が、兄弟の間に生んだ溝は次第に深まり、その内に、アデルは兄と口を利かなくなった。

アベルも、徐々に弟を持て余し始めた。

そうして、やがて、周囲が呆れる程仲が良かった兄弟は、顔付き合わせる度に衝突し始め、次いで、無用な衝突を避ける為に顔すら合わせなくなり、不仲を嗜めようとするアレンやローザにも逆らうまでになったが。

父母も父母で、仲違い中の息子達に手を出し倦ねてしまっていた。

アレンもローザも一人っ子同士で、兄弟姉妹と接した経験が無かった為、兄弟喧嘩自体が未知だったし、ローレシア王アレンには、ムーンブルク女王の夫君として授与されたムーンブルクの爵位もが、ムーンブルク女王ローザには、ローレシア王妃としての立場もが、その双肩に掛かっていたので、膨大な公務をこなさなくてはならぬ夫妻は、息子達を構ってばかりはいられず。

又、アベルとアデルの仲に関してだけ言うならば、極めて間の悪かったことに、アベルが七つになり、アデルが五つになった年、アレンとローザは第三子を授かった。

……彼等の三子は、ローザそっくりの王女だった。

髪色は母から、瞳の色は父から譲り受けた、ロレーヌ、と名付けられた王女は、ローレシア王家の列に連なった。

ロレーヌ・ロト・ローレシア、と名乗ることによって。

…………それも、次男アデルには良くなかった。

母譲りの美しさ、愛らしさを持ち、父の剣に触りたがり、魔術の才もがあった妹を、アベルもアデルも甚く可愛がったけれども、ロレーヌが産まれてより暫く、ローザは娘に掛かり切りだったし、アレンも、初めての女子に気を奪われることが少なくなく、アデルは覚える必要など無かった孤独を感じてしまって、以降、ロレーヌの存在のみが、家族を家族たらしめているような状態が続いた。

長男アベルの生誕から、長女ロレーヌの生誕までの約七年半の間に、アーサーも、想い続けた相手と結ばれ子も授かっていたのもあり、「息子達の仲が……。親子の仲も……」と、アレンもローザも、愚痴兼ねた相談を彼に幾度も持ち掛け、兄妹喧嘩に関しては『達人』なアーサーの助言に従い、色々と試してはみたものの。

どうしても、思うようにはならなかった。

人の親になると言うのは、こんなにも難しいことなのかと、日々、二人して天を仰いだ程に。

そんな彼と彼女にとっての救いは、時間は掛かったが、ロンダルキアを巡る戦の勃発を回避出来たことくらいで。

親子や家族としての彼等の月日は、無情に流れ去り。