─ Seventeen years later ─

十七年。

────過ぎ去ってしまった冒険の旅の日々から、十七年が経った。

アレンもローザも三十代の半ばを越えたが、見た目は、夫婦揃って未だ未だ若い処か二十代にしか見えず、到底、十二を頭に三人の子を授かった男女とは思えぬまでだった。

──ローレシアもムーンブルクも、政の上では順調だった。

時に騒々しくなることもあったが、世界も、それなりには平和だった。

十七年の間には、アレンの爺やだった宰相も、婆やだった女官長も、彼に譲位してからも色々と支え続けてくれた父母とて、天に召されてしまったけれども、彼等の子供達は成長した。

長男アベルは十二になった。次男アデルは十になり、末娘のロレーヌも五つになった。

アレン達親子と年中交流している、アーサーの子供達も大きくなった。

しかし、アベルとアデルの仲に改善は見られず、親子は、危ない橋を渡りながら何とか家族の形を保つのが精一杯で、アレンとローザの悩みは尽きなかった。

その年の冬の或る日。

前夜、公務の為に一人ムーンブルクで過ごし、午前の内にローレシアに戻って来たローザは、旅の扉の間を出た直ぐそこで、アベルとアデルが言い争っている処に鉢合わせた。

互いが互いを避けて歩いている兄弟なので、廊下の直中で行き会ったのは偶然なのだろうが、何が切っ掛けだったのやら、兄と弟の言い争いは、不仲な彼等をしても稀に見る激しさで、どうして素直に物事を受け取れぬのかと、兄は弟に迫り、自分の気持ちなど判る筈が無いと、弟は兄を突っ撥ねていて、勃発中の兄弟喧嘩に、ローザは母として仲裁に飛び込んだが。

「二人共、お止め為さい!」

「母上は黙っていて下さい!」

「俺のことなんか、放っておけばいいでしょう、母上!」

父母の何方かに嗜められれば、一応矛先は引っ込める兄弟は、その時ばかりは盛大に逆らった。

「……本当に、貴方達は、どうして……っっ」

それからも、ローザは何とか息子達を諌めようと奮闘したけれども、全て無駄に終わり、もう駄目だ、と思った彼女は、近くにいた女官に言い付け、アレンを呼びにやらせた。

騒ぎの報せを受け駆け付けて来たアレンは、ローザ同様、息子達を諌めようとした。

それが、彼の常でもあったから。

しかし、アベルもアデルも、父であり国王であるアレンにすら耳を貸さず、

「……………………いい加減にしろっ!!」

じっと、黙って息子達を見詰めたアレンは、表情を消すと、この世ではアーサーとローザしか耳にしたことが無い、腹の底から出した声で息子達へ怒鳴った。

「ち、父上……?」

「父上……」

初めて聞いた彼の罵声に、居合わせた者達は、ローザ以外全員、アベルもアデルも、ビクリと体を震わせる。

「ローザ。すまないが、アーサーに急ぎの文を出してくれ。大至急、ローレシアに来て欲しい、と」

「……? はい、直ちに」

「で。──アベル、アデル。お前達に訊きたいことがある」

「はい、父上」

「…………何ですか」

「夏と冬、何方が好きだ?」

「……はい?」

「夏と冬?」

「答えろ。何方だ」

「僕……は、夏です」

「俺は……、俺も、夏かな……。今、冬だし寒いし……」

「そうか。二人共、夏か。判った。……では、アベル、アデル。今直ぐ、騎士団の演習に参加出来る程度の支度を整えてこい。支度が出来たら、前庭で待っていろ」

しかしアレンは、硬直してしまった者達を尻目に、ローザにはアーサーヘの文を頼み、息子達には少々謎な命を淡々とした声で告げて、ふいっと何処かに消えてしまった。

「何だ……?」

「さあ……」

思わず見詰め合ったアデルとアベルをその場に残して。

さて、数刻後。

鳩に託した文を受け取ったアーサーが、何事かと、その文片手にルーラで素っ飛んで来た。

「アレン! どうしたんです、何が遭ったんです!? ……あれ?」

余程のことが起こったと誤解したのだろう、慌てた様子でローレシア王城の前庭に降り立った彼は、そこで待っていた親友や親友の子供達の出で立ちに、ん? と首を傾げる。

「…………アレン? 随分と懐かしい格好してません?」

三十半ばになっても少年時代のままの仕草が似合う、アレンやローザに同じく年齢不詳な感のあるアーサーは、まじまじアレンを見詰め、

「うん。僕自身、懐かしいよ。こんな格好したのは久し振りだ。それよりも、アーサー。呼び付けてすまなかった」

十七年前纏っていた、青色の旅衣装に酷似している兵服を着込んで、耳当て付きの縁無し帽を被り、風防眼鏡も引っ掛けて、背には稲妻の剣を負い、腰にロトの剣を佩いた姿のアレンは、にこぉ……、と駆け付けてくれたアーサーヘ笑み掛けた。

「いえ、それはいいんですが。……アレン? 何を企んでいるんです?」

「いや、別に? 一寸、アーサーに協力して欲しいことがあるだけなんだ。それも、個人的なことで」

「協力、ですか。あー…………、まあ、いいか。……どんな協力です?」

腹に一物隠している風な笑みを浮かべる彼と、その後ろに控える彼の息子達──父と揃いの衣装に身を包み、長男は鋼鉄の剣を、次男は魔導士の杖を、それぞれ携えている二人とを見比べ、直ぐそこで、困ったような笑みを拵えているローザも盗み見、何となく親友の腹積もりが読めたアーサーは、アベルとアデルに内心でのみ同情しつつ、わざとらしく、頼みとは何だ、とアレンに問う。

「僕達を、ルーラでテパの村まで連れて行ってくれないか。四、五日、密林巡りをしてくる。序でに、六日後くらいに迎えに来て貰えたら有り難いかな」

すればアレンは、キランと輝く爽やかな笑顔で、さらりと告げた。

「ええ、お安い御用です。迎えは六日後でいいんですね?」

アーサーも、ほわりと穏やかに笑んで、そんなことだろうと思いましたと、あっさり協力を引き受けた。

「テパ……?」

「テパって、あの熱帯の……?」

「そうだ。冬よりも夏の方が好きだと言ったのは、お前達だろう。ロンダルキア奥地の雪原よりも、そちらの方がいいのだろう?」

だから。

父上達は、何を言っている……? と、アベルとアデルは呆然となったが、熱帯の密林と極寒の荒野と、何方がいいかは選ばせてやった、とアレンは、チラリとだけ、しかも冷たく二人を見て、

「アーサー。頼む。──ローザ、すまないが、後を宜しく」

「はいはい。それではローザ、一寸行ってきますねー」

「え、ちょっ……──

「母上! 父上を止めて下さい!」

ローレシア王とサマルトリア王は、焦る子供達の二の腕引っ掴んで、有無を言わせずルーラで飛んだ。