─ Beginning of odyssey ─

ローレシア王城の玉座の間にて、あの勇敢な兵士より、ムーンブルク王城陥落の報せを受けた時から己の旅は始まろうとしていたのだから、締め括りも、同じ玉座の間が良かろうと、自ら、自身の逝く場所を定めたアレンが、涙が溢れ出した面を隠しながらそっと間の扉を閉じた三人の子供達を見送ってより、暫しの時が過ぎた。

何を思うでも無く、只、目の前の景色だけを見詰めていた彼は、ふと、疲れたような気になって、静かに瞼を閉じた。

その一拍程のち、重さに負けて閉ざしてしまった両の瞼を再び開いたら、そこには、玉座の間では有り得ない風景が広がっていた。

いや、風景ですらない、靄のような白い何かに包まれた、不可思議な何処か。

そのまま自身を見下ろしてみれば、纏っていた筈のロトの武具は影も形も無く、代わりに、あの旅に発った夜と同じ衣装に身を包んでいて、手に持っていた筈のロトの剣だけが、腰に。

だが、ロトの兜も鎧も盾も、見えなくなってしまっただけで、確かに己と共に在るのは判り、鏡でもなければ確かめる術も無いのに、どうしてか、体も見た目も、十代の終わりだったあの頃に還ってしまったのも判り。

「………………あ」

「アレンー!」

「アレン!」

ああ……、と息のような声のような曖昧な音をアレンは喉から洩らし、直後に聞こえた叫び声へ振り返る。

「やっぱり。──アレク様! アレフ様!」

「アレン! 本当に、アレンはーーーっ」

「私達にすら内緒で、こんなことを……」

声は、アレクとアレフ──精霊のようなモノと化し、世界を漂い続けている彼の先祖達のもので、手を振りながら駆け寄って来た二人へアレンが手を振り返したら、アレクもアレフも、飛び付く風に彼を抱き締めつつ、ブツブツと文句を零し始めた。

「こんなこと、と言われましても……」

「充分過ぎる程、『こんなこと』だろう? 何も彼も終わりにする為に、全部自分だけで引っ担いで『こっち』に来るなんて、『こんなこと』以外に何て言えって?」

「……アレン。本当に、お前はこれで良かったのか?」

「はい、アレフ様。先程、子供達にも告げましたが、これが、あの旅の終わりから二十五年近く掛けて、僕が出した答えです」

「…………そっか……」

「ええ、アレク様。────最初は、アレク様やアレフ様のように、足掻こうと思いました。僕達の子孫を『勇者の運命』から救う為にはどうしたらいいのか探りながら、足掻いてみようと。でも、それでは駄目なのかも知れないと感じたのです。ロンダルキアの北の祠で巡り会った守人──精霊の彼が言っていたように、ロトの血に課せられたのは神が定めた運命で、運命さだめとは、天より人に齎される禍福なら。全てを抱えて何処までも『逃げて』しまえばいい、と思ったんです。僕が、課せられたモノ全てを抱えて逃げてしまえば、例え神だろうと手出しは敵わなくなるのではないかと。……正直、賭けでしたけれども」

一方、馬鹿をやらかして……、とブツブツブツブツ愚痴る先祖達を抱き返したアレンは、何処か晴れやかな声で語る。

「成程…………。でも、それでは。お前も、私やアレクのように死に損ないの仲間入りをするばかりか、世界に溶けたまま、永遠に漂い続けなくてはならなくなる。……それでも、悔いは無いと?」

「構いません。それで全てが終わるなら。第一、大人しく神とやらの御許に逝くのも、癪に触ります。それに、死に損なった経験をお持ちの御先祖様がお二人もいらっしゃるので、怖くもありません」

「…………うーん。アレンも、こういう処は、俺とアレフの子孫だなあ……。似なくていい処ばっかり似ちゃって、まあ……」

「それは、一族ですから。……但、アーサーとローザには、もう顔向け出来ませんが……」

「アーサーとローザと言えば。──アレン、そろそろ、ローレシアでは夜明けだ。君はもう、俺達の側のモノだから、見ようと思えば、君が逝った後のローレシアも、アーサーとローザがどうしているかも見える。……見てみるかい? やり方が判らないなら、爺さん達が教えてあげるけど?」

「……………………いえ。後が……怖いので」

けれども、話がアーサーとローザのことに及んだ途端、アレンの声は、小さくて頼りなさ気なそれに変わった。

「二人共、怒っているだろうからな」

「はい。それは覚悟の上です、アレフ様。どの道、僕はもう二人に合わせる顔がありませんので、どれだけ叱られようが、詰られようが、今更です。この先、僕に出来るのは、二人が幸せな人生を送って、天寿を迎えたら、安らかに天の国に召されるよう、祈ることだけです」

「……あ、アレン。それ、多分無理だよ。多分って言うか、確実に無理」

「ああ。恐らく、お前のその祈りは通じない。アーサーとローザが、お前を追い掛けて来ない訳が無い」

もう、アーサーとローザに顔向け出来ない。何時の日か二人が死出の旅路に発っても、二人にはちゃんと天国へ行って欲しい。自分は二度と逢えないけれど。

──そう呟いて俯いてしまったアレンへ、アレクもアレフも、「どうしてこの子は幾つになっても、その手の想像が出来ない子なんだろう」と内心で若干呆れつつ、「無理」と、キッパリ言い切る。

「え、でも。そんな。それでは、僕が困ります。こんなこと、僕だけで済ませられるのに」

「うん。けど無理だと思うよ。……大丈夫、そうなった時には、俺達も一緒に説教受けてやるから」

「……ああ、そうだ。アレン、その時までに、『謝り方』を教えてやろう。ローラには覿面だったから、ローザにもアーサーにも効く筈だ」

「………………? 僕が全てを持って来ることで、僕達一族の『勇者の運命』は終わらせられた筈ですので、アレク様とアレフ様が、精霊のようなモノとして在り続ける理由も無くなった筈です。なのに、お二人は天上へ行かれぬのですか?」

次いで、先祖達は、何時かアーサーとローザに叱られる時が来ても付き合ってやるから、と彼の頭を撫で出して、だからアレンは、首を傾げた。

アレクもアレフも、もう、世界の中に溶けている必要など無い。そこまでの想いを、この世と己達の子孫に遺してしまった先祖達の為にも、自分はこの路を選んだのに、と思って。

「ん? それも無理。無理って言うか、駄目。アレン一人だけを世界に放り出して、あの世に逝く気なんか無い。……な? アレフ」

「はい。それに、楽しみはこれからです。折角、アレンが一族の使命を全て終わらせて、私達の許に来てくれたのですから」

「楽しみ?」

「そうだよ、アレン。自分から、勇者なんて馬鹿な路を選んで、確かに勇者なんてモノになっちゃった俺達だけどさ。そういう人生や日々に、何よりも旅に、魅せられたのは確かだろう? だから。もう俺達はヒトじゃ無いけど。死に損ない三人衆だけど。旅をしに行こう」

「三人で、世界中を旅しないか、アレン。アーサーやローザが『こっち』に来たら、五人で。旅をしよう。それぞれが過ごした時代は違うけれど、未だ若かった頃のままの姿で、若かった頃のように。今度は、自分達の為だけの旅をしよう」

……と、アレクもアレフも、アレンを抱き締めていた腕を一度ひとたび解いて、改めて、彼へ手を差し出した。

旅に行こう、と。

若かりし日々、確かに魅せられた、何時までも終わらなければいいと願った旅に、己達の為だけの旅に、共に発とう、と。

「…………はい!」

伸べられた手と手を、アレンは取った。

「……うん。────じゃ、何処から行こうか」

「最初は、アレフガルドにしませんか。私達三人共、縁がありますから」

「そうですね。叶うなら、アレク様の生まれた世界にも行ってみたい処ですが」

「あー、アリアハンかあ……。もう、『この世界』だけに留まらなくてもいいから、頑張ってみたら行けるかも知れない。……うん、行けたらいいなあ……。どんな風に変わっちゃったのか、想像すると怖いけどさ」

「どのように変わってしまっていても、それを楽しめばいいではないですか、アレク。物見遊山だと思えば」

「……アレク様。アレフ様。僕も、この先がとても楽しみになってきました」

「だから、楽しみはこれからって言って……──。……あ、そうだ。楽しみって言えば。──アレフ。アレン。『この世界の向こう』にも行けたら、一寸、付き合ってくれないか? ラーミア、探しに行きたいんだ。ラーミア探し出せたら、空飛べるよ、空」

「…………ラーミア……。────行きましょう、アレク」

「…………空……。────はい。是非に」

そうして、手に手を取った伝説の勇者達は、賑やかに語らいつつ、くるりとその場に背を向けて、『世界』へ向かって行った。

────そして。

伝説の勇者達の、終わらない旅は始まる。

End