DRAGON QUEST Ⅱ ─ROTO─ 舞台裏
『希う術』
ふと見上げたデルコンダル王都の空は、その日も良く晴れていた。
────デルコンダル王国は、ローレシア大陸から見れば南に、ムーンブルク大陸から見れば東に広がる外洋の直中に浮かぶ大陸全土を領土としている。
暑さ厳しい……と言う訳では無いが、南の国とは言える所で、空の青さも相応だ。
その、ここは南国であると無言で語る色した空を見上げて、デルコンダル王都を貫く大通りを一人往くアーサーは、小さな溜息を零した。
邪神教団大神官ハーゴンを討伐し、彼
…………偶然だったのだ、何も彼もが。
嵐に巻き込まれた所為で避難を余儀無くされた絶海の孤島ザハンより、彼等の本当の目的地だった、アレンの故郷でもあるローレシア王都を目指すには、何処かの港で水や食糧の補給をしなくてはならなかったから、ザハン〜ローレシアの航路上にある唯一の国、デルコンダルにも立ち寄っただけ。
補給の為にデルコンダルの港を経由すると決まった時、アレンがした、「デルコンダル王家は母の生家だけれども、叔父に当たる現デルコンダル国王は『愉快な個性』の持ち主で、会えば絶対に玩具にされるから僕は船を降りない」との主張に碌に耳を貸さなかったのも、「叔父上のことだけでなく、もう一つ理由が……」と言い掛けた彼を遮ってしまったのも、自分達がデルコンダルを訪れていると知られなければ済む話でしかない、と軽く考えていたからで。
「まさか、こんなことになるなんて、思ってもみませんでしたからね……」
辿っていた大通りの直中で、立ち止まってまで空を見上げていたアーサーは、気鬱そうな声の独り言をぽつりと洩らすと、尖塔が見え始めてきた、デルコンダル王都で最も大きい礼拝堂の方角へ向き直って、再び歩き始めた。
補給序でに、しかも観光気分で訪れた王都の、王城の客間の一室で、アレンは今、床に伏している。
デルコンダルに……、と相成った時、彼が言い掛けた、そしてアーサーとローザが遮ってしまった、『アレンがデルコンダルを訪れたくないもう一つの理由』──デルコンダル王家が抱える『厄介なお姫様』が、我欲の為だけに巡らせた碌でもない企みに巻き込まれてしまった所為で。
『厄介なお姫様』が騒動を引き起こした夜から既に一日半以上が過ぎて、一時は生死の境まで彷徨ったアレンの容態も、漸く目が離せる程度には落ち着き──だが、アーサーは憂鬱な気分のままだった。
激しく落ち込んでもいた。
──先程零した独り言の通り、まさか、アレンの生母の実家でもある王宮内で暗殺騒ぎに遭遇するなど想像すら出来なかったが、彼の言い分にきちんと耳傾けていたら、何かは違ったかも知れないのに。
どうして僕達はあの時、「所詮、親戚なのだから」と、彼を黙らせてしまったのだろう……、と。
…………そう、それは、アレンが倒れたあの夜以来、アーサーの中に──恐らくは、ローザの中にも──巣食い続けている後悔の念以外の何物でも無く。
だけれども彼は、本心では枕辺に張り付いていたいアレンの傍らを離れ、後をローザに託し、一人きりでデルコンダル王都の目抜き通りを往っていた。
デルコンダル王国は、『力こそが正義』と言う気風の国だ。
未だに、他国では廃れて久しい闘技大会が年中開かれる程に、『強くあること』が最も尊ばれている。
この国の者達が言う『強くあること』とは、ありとあらゆる意味に於いてであり、決して、腕っ節の強さや戦いの技量の高さのみを指している訳では無いけれども、その手合いは良くも悪くも大変判り易い為、どうしても、デルコンダルの民達の興味その他は『そちら』に傾きがちで、結果、彼等の信仰心は薄い。
『信仰と技の国』との別名を持つサマルトリアの王太子であり、司祭を自称したがるアーサーは、本音では眉を顰めたいくらい、デルコンダルの者達は神や精霊に無興味だ。
さりとて、彼等とて、神や精霊の存在そのものは確かに信じている──と言うよりも、世界中の人々にとって、神や精霊は『真実』でしかない──ので、礼拝堂も教会も数多あり、アーサーのような者達には、この王都にも、神や精霊の加護が齎されているのを感じられる。
────故に。
彼は、礼拝堂を目指しているのだ。
この街でも行える筈の、精霊との契約を交わすべく。
デルコンダル王城から然程遠くない、奥まった一画に位置していたデルコンダル最大の礼拝堂は、予想に反し、荘厳な雰囲気に満たされていた。
しかしながら、土地の者達の姿は本当に疎らで、そこだけは予想通りだと、両開きの大きな扉を潜り、堂内に一歩だけ踏み込んだ所で、アーサーは苦笑した。
だが、「まあ、お陰で邪魔されずに済むだろう。却って好都合だ」と彼は、奥へと真っ直ぐ続いている石床の通路を辿り、立派な、されど素朴な造りの祭壇前に敷かれた、大きな織物の中央に額突く。
「失礼。精霊の皆様とのご契約ですか?」
「はい。司祭様。今日は、その為にここを訪れさせて頂きました」
「おお、やはり。宜しければ、人払いを致しますが……」
「いいえ、お気遣いなく。有り難うございます、司祭様」
途端、何処かから彼を見ていたのだろうか、明らかにこの堂の司祭と判る出で立ちをした老人がやって来て、親切な申し出をしてくれたが、アーサーは、折り掛けていた上半身を持ち上げ、にっこりと微笑みつつも拒否し、心持ち頤を上げて祭壇を見据えてから、再び、深く身を折った。
そうして、以降彼は、唯ひたすらに、契約を求める精霊達との語らいを叶えようと、内なる声を彼等へ届け始める。
────精霊達との契約を求める魔術師や聖職者達に求められることは、実の処は数少ない。
所謂素質や素養以外で必要なのは、各地の礼拝堂を訪れ、取得を目指す術を司っている精霊達との対話を叶える、と言う行程のみだ。
但し、その手順には、術の体系や難易度毎に厳密で規則的な定めがあり、しかも、魔力を持たないアレンなどは「複雑怪奇」と例えるだろう手順を踏んだだけでは契約は成らない。
挙げ句、そこから先には、これと言った決まりが無く、術者各々が思うまま、誠心誠意、唯々、精霊達へ訴え掛けるより他無い。
要するに、選りに選って、術者達と精霊達との間で交わされる『契約』の一番の肝が、人間の側から見れば甚く『曖昧』なのだ。
魔力のみを鑑みれば強大としか言えぬ力を有する術者であろうと、人である限り、精霊達よりの恩恵を受ける側でしかないから。
何をどう語り掛けようが、どんな形を作り出そうが、『恩恵を授ける側』が納得しなければ、契約の結びには至らない。
術を授けるに、恩恵を与えるに、確かに足る者であると、見定めるのは人では無く、神の僕──精霊だから。
…………それを、言わずもがな弁えている為、誰もいない方が集中出来るだろうし、邪魔も入らないだろうから、と思ったデルコンダル礼拝堂の司祭は、人払いを、とアーサーに言ったのだが。
疎らな人影がある程度のことでしくじるようでは、精霊達は到底、願う術など授けてはくれない、と彼は、常に敬意を払ってきた聖職者の思い遣りを退けてまで、一心不乱に祈り出し、自らの心を『身の内』に沈めた。