実を言えば、ローレシアとサマルトリアに挟まれた、自由都市リリザの宿屋で行き会えた刹那から、アーサーのアレンに対する想いは、少々複雑で、且つ危うい。
……本当に、掛け値無しに、彼は、アレンのこともローザのことも大切に想っている。
『特別』な二人、とも想っている。
大切で『特別』な友人で、旅の仲間だと。
同性な分、アレンとの間に築いた友情や絆の方が濃く強い感はあるし、例えば神や精霊に、「絶対に、二人の内の何方かを選べ」と命じられたら、恐らくアレンを選んでしまうだろうけれど。
…………だが、アーサーにとって、大切で特別な友でもある彼は、秘かな嫉妬の対象でもある。
────未だ五歳前後の幼子だった頃より十数年の時を経て再会したアレンは、この旅に出る前、祖国で耳にしていた噂に違わず、彼等一族の先祖──伝説の勇者ロトと、ロトの血を引く勇者だった曾祖父に、瓜二つとなっていた。
髪の色も瞳の色も、面立ちそのものも、伝説の二人の勇者の絵姿そっくりだった。
そんな、アレン自身にはどうしようもないことの所為で、久方振りに彼の姿を目にした瞬間、アーサーは、「ああ、伝説の勇者様がいるな……」と咄嗟に思ってしまった。
そこから始まった、旅の道連れ同士と言う日々と刻の中で触れ、そして知った彼の人となりも、剣士としての技量も強さも、『伝説の勇者様』に相応しいと思い知らされた。
…………そう、アーサーの中で、アレンは、大切で特別な友であると同時に、『伝説の勇者様』だった。
今尚。この瞬間も。
──アレンやローレシア王家の者達程ではないにしろ、アーサーにもサマルトリア王家にも、勇者ロトの血を引く一族、との自負はある。
挟持もある。
二つの伝説の二人の勇者の末裔であることは、誇りの一つだ。
この世界に、勇者ロト──アレクの名と、ロトの血を引く勇者──アレフの名を知らぬ者はいない。
彼等の伝説を知らぬ者もいない。
故に、アーサーにも、ロト一族の一人であることは『重く大きく』、大切なことだった。
偉大な先祖達のように故郷を旅立った刹那には、それまで以上にその事実を意識した。
だが、『伝説の勇者様』は、血を分けた一族の中にいた。
ロトの血を直系で引くローレシアの王太子が、他ならぬ『伝説の勇者様』だった。
少なくとも、リリザでアレンとの再会を果たしてから、今日までのアーサーにとっては。
…………だから、アーサーは、アレンに秘かな嫉妬の情を抱き続けている。
再会するがするまで、「半年程度だけれども、自分の方がアレンよりも年上だから……」と、勢い込んでいたのも相俟って。
そんな彼の想いは、何処かで何かが一歩でも間違えば、一足飛びに憎しみへと変わってしまい兼ねない危うさを孕んでいるばかりか、彼自身を苦しめてもいる。
いっそ、本当にアレンを憎んでしまえたら、きっと『楽』になれるのだろうが、そんなこと、アーサーには出来ない。
秘かな嫉妬の対象でも、『伝説の勇者様』にしか見えなくとも、どうしたってアレンが好きだから。
良くも悪くも生真面目で誠実で、やはり、良くも悪くも融通の利かない頑固者で、色々なことがちょっぴり不器用で、なのに、剣技や戦いのこととなれば目を瞠るしかない技量や強さを披露してくれて。
何時でもローザや己を想ってくれていて、庇ってもくれて、騎士様のようでもあって、けれど、年相応の顔も姿も己達には見せてくれて、時々『天然』なアレンを、友として、仲間として、愛しているし大切に想っているから。
妬こうが羨ましがろうが、嫌いになれる筈も無い。況してや、アレン自身には謂れの無いことを理由に、憎める筈も無い。
こうして一人、床に伏している彼の傍らより離れ、内密に訪れたデルコンダル礼拝堂の祭壇前に額突き、何としてでも精霊達との契約を叶えようと心に誓う程に、アーサーは、彼を想っているのだ。
それ程にアレンを想って『しまった』、と例える方が、より正しいのかも知れないが。
『伝説の勇者様』にしか見えなくて、だから羨ましくて仕方無くて、が、それでも好きで大切で愛しているアレンが、『厄介なお姫様』が巡らせた企みに巻き込まれて倒れた時、アーサーは内心、怖くて怖くて仕方無かった。
大丈夫だと心から信じているけれど、アレンに万が一のことが遭ったらどうしよう……、と怯えた。
もしも彼を失ってしまったら、どうしたらいいんだろう……、と身も心も震わせた。
そして、そんな恐怖に苛まされながら、生死の境を彷徨う彼に付き添っていたアーサーは、別の恐怖をも覚えた。
──彼が感じた二つ目の恐怖、それは、『未来』だった。
人には、未来処か一瞬先に待ち受けるモノすら知り得ず、何時何処で、ナニモノが命を落とすかも判らないのに、彼はそれまで、アレンだけは大丈夫、と盲目的に思い込んでいた。
ハーゴン討伐を志し、来る日も来る日も魔物達と戦い続けようとも、己達を庇って傷付こうとも、アレンだけは、と。
だが、ここに来て、急に。
床に伏すしかない彼の姿を目の当たりにし、アーサーは、『誰にも判らない未来』が怖くなった。
…………何時か何かが遭った時、命を落とすのが自分であるなら構わない。それはきっと、アレンを、そしてローザを失うよりは、遥かに幸せな未来だろう。
けれど、この路の先で待ち受けているものが、彼等を失ってしまう未来だったら。──……と、今更ながらに気付いたから。
更には、万が一、『ハーゴン討伐を志す旅の仲間』と言う自分達の括りの中からアレンが欠けてしまったら、ハーゴン討伐も、それを以て世界を救うことも、夢の又夢だ、とも彼は思った。
アレンがいなければ、アレンでなければ、ハーゴンは倒せない。世界も救えない、と。
……そう、故に。
漸くアレンの容態が落ち着き始めたその日、意を決したアーサーは、デルコンダル礼拝堂を訪れ、精霊達へと語り掛け、希
────……叶うことならば。許されるならば。
人々を癒し、命を救う術のみを操る己でいたかった。
それだけで赦されたかった。
ギラの術こそ我が手にしたが、下位魔法など、その内に必ず、その場凌ぎにしかならない小技と化すだろうと、他ならぬ自分が一番能く判っていた。
……それは、逃げだったのかも知れない。卑怯なことでもあったかも知れない。
己に割り振られた役目は、『ハーゴン討伐を志す旅の仲間』の中での『司祭』として在ることで、それ以外の必要は無く、又、必要ともされない、と決め付けてもいた。
…………今尚。
自分は、人々を癒し、命を救う術を生む、司祭の如き己で在りたいと思う。
そう在りたいと願っている。
けれど、『この路』を辿った先に、決して巡り会いたくなど無い『恐怖』が待ち受けているかも知れぬなら。
『司祭の如き己』では、アレンの後を付いて行くことすら出来ぬなら。
『伝説の勇者様』にしか見えず、故の秘かな嫉妬を覚えて止まぬのに、友として、仲間として、好きで大切で愛しているアレンと、肩を並べることも、共に往くことも出来ぬと言うなら。
人々を救い、命を癒す術のみを操り続けてきた己だからこそ踏み込める、禁断とも言える領域への扉を押し開いても構わない。
いいや、それこそを願う。
────だから。
命の精霊達よ。
命を、御霊を司る、全ての精霊達よ。
我に、その恩恵を授け賜え。
その加護を与え賜え。
醜さをも孕む、嘘偽り無き想いと引き換えに、我が願いを聞き届け賜え。
希う術を、我に与え賜え。
────我、希う術。
その名は、ザラキ。
End
後書きに代えて
ご協力をお願い致しました、2014年のサイト開設記念企画アンケートで頂いた、『DQ2アーサーが主役で:本編での彼目線のストーリー。又は、一人で精霊と契約した時のストーリー』とのリクエストに基づき書かせて頂いたものです。
ですので、一人で精霊と契約した時のストーリー、の方をセレクト&『ROTO』本編の舞台裏な短編の中に組み込ませて頂いて、デルコンダルで、アレン死にそう! な騒ぎが起きていた際の裏話編と相成りました。
本編の中では、アーサーは、デルコンダルでアレンが引っ繰り返ってた時にザラキ(ベギラマも)を契約したんだよ、ってなことしか明らかにしませんでしたが、こんな、うんじゃらくんじゃらを経て契約したので、アレンには内緒内緒だったんですな。
尚、デルコンダルでは、ローザも似たようなことを仕出かしてます。
ベラヌールで、港から街へ行く途中、アーサーとローザの様子が何か変だったのは、この所為。
…………アーサーにもローザにも、愛されてるね、アレン(渋茶啜り)。
リクエスト下さった方、有り難うございました。お楽しみ頂けましたら幸いです。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。