でも、今にして思えば無謀なことに。

俺は、一人で旅立つつもりだった。

王様も大臣も、王城の人達も城下の人達も、兎に角、皆々、「一人では、オルテガの不運を再び辿るやも知れぬから」と言ったけど、行く時は一人でって決めてたんだ。

それは勿論、旅をしながら修行を積んで、何時の日にかは立派な勇者になるつもりだったけど、あの頃の俺は、旅立ちを許されたばかりの少年だったし、魔王バラモスを倒しに行くと言うのは、死にに行くようなもの、と思える程度の知恵はあったからさ。

子供の頃、自分で自分にそうすると誓っただけの、死にに行くとしか言えない旅に、しかもガキのお供として、誰かを巻き添えにするのは嫌だった。

だけど、こっそり一人で行こうとした正にその時、王都の門前で待ち伏せしてた幼馴染みに取っ捕まったんだ。

────俺には、女の子の幼馴染みが一人いた。

家が近所だったって言うだけで遊ぶようになった奴だけど、何時も笑顔を絶やさない子で、一緒にいると気持ちがさっぱりしたし、楽しくもあったから、年中共にいた。

その子に捕まって、

「アレク、あんたね! 一人で行くんじゃないわよ、私も一緒に行く!」

と、耳許で怒鳴られた。

……最初は断った。一人で行くと言い張った。

幼馴染みが、旅芸人になって、世界中を旅して、皆を笑わせて幸せにするって夢を持ってたのを俺は知ってたから、バラモスを倒しに行く旅に付いて来てどうするつもりなんだ、って。自分の夢はどうするんだ、って、少し突き放した感じで告げてみたりもしたけど、彼女は引き下がらなくて、

「あら。私は旅芸人として、アレクと一緒に旅をするのよ。あんたと旅すれば少なくともその夢は叶うし、旅芸人以外になるつもりなんか、更々無いわ」

……とも言われちゃって。

何だんだで、昔から俺の姉さんみたいに振る舞ってた彼女に言い負かされて、二人だけじゃアリアハンを出る前に野垂れ死ぬからって、冒険者達が仲間を募ってる、ルイーダの酒場にも引き摺って行かれて、そこで、豪快で大雑把だけど人は良い、最初から兄さんみたいに思えた年上の戦士と、ちょっぴり嫌味な処が無い訳じゃないけど、面倒見が良くて顔も良かった、やっぱり年上の僧侶に仲間になって貰った。

戦士の彼にも僧侶の彼にも、色々、正直に話した。

勇者なんて名ばかりで、俺は未だ、とてもじゃないけど使えない子供なのも、幼馴染みは旅芸人なのも、魔王バラモスを倒す旅の同行を求めているのも。

でも、二人共、それでもいいと言ってくれた。

戦士の彼は、

「勇者一行の、魔王バラモス退治か。随分と面白そうな旅じゃないか」

と笑い飛ばしてくれて、僧侶の彼は、

「それが神の御心ならば」

とだけ言った。

だから、一人で旅立つ筈だった俺は、幼馴染みで旅芸人の彼女と、戦士の彼と僧侶の彼の四人で、アリアハンを旅立った。

そこから始まった俺達の旅は、伝説では『綺麗』に語られている筈だけど、実際は、珍道中みたいなものだったよ。

四方全てを海に囲まれたアリアハンは、世界戦争を経た後、半ば鎖国状態になってて、特別な事情や許可が無い限り、出ることも入ることも出来なかったし、外洋船も、民間の船は滅多なことではやって来なかったから、俺は、旅が出来るってこと自体に少し浮かれてて、諦めてた仲間も出来たし! と意気揚々王都を発ってみたものの、俺ばかりか仲間の皆、未だ未だ未熟だったから──幼馴染みなんか、旅芸人な所為で戦いは論外の域だった──、中々遠くまで行けなくて、旅立ったその日の内に、こそこそ王都へ引き返して俺の家に行って、母さんに、

「あら、お帰りなさい」

とか何とか言われつつ、昨日までのように夕飯を作って貰って自分の部屋で寝て……、なんて有様だった。

挙げ句、そんな有様が、数日以上も続いたんだ。

……情けないだろう?

アリアハンを出て最初に訪れた国のロマリアで、あそこの王様に、勇者として認めて欲しかったら、盗賊カンダタが宝物庫から盗んで行った金の冠を取り戻して来い、って言われた時は、

「別に、他国の王様に勇者として認めて頂かなくともいいです」

なんて、可愛くないことを内心では思ってたし。

シャンパーニュの塔って所まで行って、何とかカンダタを倒して──結構強かったんだ、あいつ──、金の冠を取り戻してロマリアに戻ったら、訳の判らない理由であそこの王様をさせられることになっちゃった時だって、半日以上、悪ノリして王様気分を楽しんだりとかしちゃったしね。

…………うん、俺達の旅は、本当は、一事が万事、そんな感じだったなあ……。

シャンパーニュの塔に行く途中に立ち寄ったカザーブの村では、一寸色々遭って、真夜中、道具屋に忍び込んだりした。

エルフの女王様の怒りを買って、町の人達全員に掛けられてた眠りの呪いを解いたノアニールでは、以前、父さんも立ち寄ったことを知って、一寸、感傷に浸った。

アッサラームの街では、盗賊ギルドの人達と喧嘩しそうになったり、ぼったくり商人に騙されそうになったりしたし、戦士の彼に唆されて、『ぱふぱぷ』に挑戦したりした。

因みに、誓って言うけど、アッサラームの『ぱふぱふ』は、単なる整体治療だったから。そこは、子孫として信じるように。

イシスでは、拝謁した女王様の美貌に目ばかりか心まで奪われそうになって、深夜、寝所に忍んで来て欲しい、なんて誘いにホイホイ乗っかったりもしたっけ。

……あ、やっぱり誓って言うけど、如何わしいことがあった訳じゃなくて、単に、イシス王家の家宝の『星降る腕輪』を内緒で譲って貰っただけだからな? 頼むから、誤解だけはしないように、子孫。

魔法の鍵を探しに忍び込んだピラミッドでは、ミイラだの幽霊だのに追い掛け回されて偉い目に遭って、バラモスを倒す為だとしても、墓荒らしなんてするもんじゃない……、なんて痛感したし。

船を得る為に向かったポルトガでは、バラモスに掛けられた呪いの所為で、言葉を交わすこともままならない恋人同士に行き会って、仲間達皆で一晩中呑みながら、バラモスの悪口言い合ったりしたし。

船の対価代わりの黒胡椒を手に入れようと向かったバハラタでは、シャンパーニュでは見逃してやったカンダタが、又もやの悪事──しかも今度は人身売買に加担してるらしいと知って、

「今度こそ、あいつに情けは無用だ! 絞首刑台送りにしてやる!」

なんて、物騒過ぎる合い言葉を言い合いながら、カンダタをとっちめに行ったしね。

結局、人身売買の首謀者はカンダタ当人じゃ無かったから、物騒過ぎる合い言葉は引っ込めて、三度は無いからな、と言い聞かせてから見逃してやったけど。

────でも、ほら、な?

君達が生きてる時代では、ロト伝説、なんて言われてるだろうことだけど、珍道中だろう?

……何だんだでさ。本当に、俺達の旅は、かなりドタバタだったんだ。

だけど、珍道中でドタバタなだけだった旅は、バハラタからポルトガへ戻る途中──ダーマ神殿へ立ち寄ってみようか、ってなった辺りから、少し、風向きが変わってきた。