────何だか、こんな風に書いてしまうと、俺の旅は物凄く悲壮感溢れてたように思われるかも知れないし、実際、そんな時期が無かった訳じゃないんだけどね。
君には本当を伝えたいから、伝説には描かれなかったことも綴ろうと思って書いたら、こんな風になっちゃったってだけで、楽しかったことだって、嬉しかったことだって、一杯あったんだ。
航海中に、しかもアリアハンのご近所に変な建物見付けて、何か小屋みたいなのがあるなあと、正体は海賊の砦だった所に踏み込んじゃった時とかは、実は結構楽しかった。
あそこの奴等、皆、気のいい連中だったんだ。
向こうは海賊、こっちは勝手に砦に忍び込んだ不審者って組み合わせだったのに意気投合──主に戦士が──して、二晩も大宴会しちゃってね。
あれは愉快だったなあ……。今でも思い出せるよ。
仲間と色々してる時も楽しかった。
幼馴染みの彼女は、姉さんみたいな、妹みたいな、って奴だし、戦士の彼も、僧侶……じゃなかった、賢者の彼も、一言で言えばいい奴で、良くしてくれたし、俺のこと想ってくれたし、皆、沢山沢山支えてくれた、心から信頼してた仲間達だったから、やっぱりね。
楽しくない訳が無いし、嬉しくない訳も無い。
……四人で、馬鹿言いながら旅を続けているのが幸せだった。
…………本当に、幸せだった。
──そうそう、それに!
世界を巡って、ガイアの剣で父さんが命を落としたと言われてた火山の『灼熱の道』を制してネクロゴンドまで行ったりして、とうとう、六つのオーブを集め切って眠りから目覚めさせた、伝説の不死鳥ラーミアの背中に乗せて貰った時は、本当に凄いと思った。
ルーラで何処かへ、って言うのとは又違う、こう……、「ああ、空飛んでる!」って感じって言うか、うーん、言葉で説明するのは凄く難しいな……。
兎に角、凄い。うん。
……だけど、お察しの通り。
六つのオーブを持って、世界の南端の極寒の大地、レイアムランドで眠り続けていたラーミアを目覚めさせたってことは、バラモスの根城に乗り込む日がやって来たってことだった。
…………バラモスの許まで殴り込みに行くのは、少し……、ほんの少し、怖かった。
アリアハンを旅立った時、十六だった俺は、ラーミアを駆って、大空を翔んで、バラモスの城の目の前に降り立ったあの日には、もう、十八を越えてた。
気が付いたら、二年半以上も旅を続けてた。
その二年半以上の間に、俺も、仲間達も、強くなった確信はあった。
剣技も身に付けた。使役出来る魔術も増えたし、魔力も伸ばした。
実際、例え相手が人だろうが魔物だろうが、そんじょそこらの連中なんかじゃ俺達の相手にもならなかった。
それだけの努力と経験を積んだと、胸も張れた。
相応の、けれど決して過度で無い自信もあった。
……それでもやっぱり、怖かった。
死ぬかも知れないのが怖かったんじゃない。バラモスが怖かったんじゃない。
『バラモスと戦うこと』が怖かった。
…………けど、行ったよ。君も知っての通り。
魔王バラモスの討伐、それが、アリアハン王から拝命した俺の仕事で、望みだったから。
バラモスを討てば、何も彼もが報われると思ったから。
そうして、倒した。
相手は、俺達の世界を征服し掛けていた魔王、強くなっても自信が持てても、一筋縄ではいかなくて、それなりの目には遭わされたけど、俺達は、バラモスを倒したんだ。
…………今でも憶えてる。
『遂に、ここまで来たか。アリアハンの勇者アレクよ。この大魔王バラモス様に逆らおうなどと、身の程を弁えぬ者達じゃ。ここに来たことを悔やむが良い。最早再び生き返らぬよう、其方等の腑を喰らい尽くしてくれるわ!』
そう言いながら、いきなり、イオナズンを唱えてきたバラモスの顔とか。
喰らった激しい炎やメラゾーマの熱さとか。
メタパニに苦しめられたり、バシルーラで飛ばされそうになった刹那のこととかも。
……そんなこんなで手傷は結構負わされたけど、駄目だ、とは一度も思わなかったな。
追い込まれそうになっても諦める気にはなれなかったし、そもそも、諦めてる暇が無かったしさ。
あいつが、今際の際に、
『儂は諦めぬぞ……』
と言い残したことだけが少し癇に障ったけど、長い間、世界を苦しめてきたバラモスを倒せたんだ、って感慨は大きかった。
一入だったなあ……。
爽やかな気分になれて、開放感もあって、但……旅を続けていたら、もしかしたら出逢えるかも知れないと秘かに思ってた父さんに逢えず終いだったのが、父さんは、やっぱりもうこの世には……、と肩を落とさざるを得なかったのが、寂しくはあったけど。
笑顔で、母さんの所に帰ろうと、すんなり思えた。
そうして。
バラモスを倒した直後、俺達は、精霊らしきモノの声を聞いて、その何やらに、知らぬ間にアリアハンに運ばれた。
俺達を運んだ精霊みたいなのが、バラモス討伐が叶えられたと伝えたらしく、アリアハン王都は既にお祭り騒ぎで、母さんも爺ちゃんも、王都の人達も王城の人達も、大臣も王様も、皆々、零れんばかりの笑顔で俺達を迎えてくれた。
あれよと言う間に担ぎ込まれた王城の玉座の間には、祝典を開く支度が整えられてて、気恥ずかしい感じもしたけど嬉しくもあって、俺達も、幾人もの兵士達が詰めた玉座の間に笑顔を浮かべて居並び、いざ祝典が始まろうとしたその瞬間。
沢山の窓から真昼の光が射し込んでいた、輝いてもいた玉座の間が、俄に曇った。
薄い、けれど闇そのものとしか言えないナニカが間を覆い、ナニカが降らせた幾筋もの稲妻が楽師や兵達を打ち、その命を奪って、辺りが異様に静まり返った時。
闇そのものなナニカの声が響いた。
『喜びの一時に、少し驚かせたようだな。我が名はゾーマ。闇の世界を支配する者。この儂がいる限り、やがて、この世界も闇に閉ざされるであろう。さあ、苦しみ、悩むが良い。其方等の苦しみは我が喜び……。命ある者全てを、我が生け贄とし、絶望で世界を覆い尽くしてやろう。我が名はゾーマ。全てを滅ぼす者。其方等が我が生け贄となる日を、楽しみにしておるぞ』
──高らかな嘲笑と共に、ナニカは、ゾーマと名乗った。
闇の世界を支配する者。全てを滅ぼす者。
……そうも名乗ったゾーマの気配が消えて、玉座の間が真昼の明るさを取り戻した直後、俺達の目に映った光景は、凄惨ですら無かった。
ゾーマの雷に打たれて命を落とした人達は、亡骸も残さず、文字通り掻き消えていて、生き残った者の大半が腰を抜かしていたのと、玉座の間に戻った輝きが、何故か甚く褪せていた以外、何にも変わっていなかった。
何処も壊れてなかった。燃えてもいなかった。
ゾーマと名乗ったあいつの出現は、夢か幻だったんじゃないかとすら感じられた。
…………でも、確かにゾーマは。
闇そのものとしか思えなかったナニカは、確かに俺達の前に姿を現し、世界を闇に閉ざして絶望で覆い尽くす、と予言して消えた。
それが、本当だった。
────未だ、俺達の旅は、終わりじゃなかった。