俺達がバラモスを討ったことで、世界に平和が、と一度は信じたのに、祝典の直前にゾーマが出現した所為で、すっかり気落ちしてしまった王様や大臣達に、人々を混乱させぬ為にもゾーマのことは他言無用、と固く口止めされてしまったから、世話になった人達に挨拶をしに行くんだ、との建前で母さんや爺ちゃんや王都の人達を誤摩化した俺達は、再び、アリアハンから旅立った。

……でも、どうしたらいいのか判らなかった。

手掛かりなんか無かった。

但。

アリアハンの玉座の間に気配のみで現れたあいつが、「この儂がいる限り、やがて、この世界も闇に閉ざされるであろう」と言った、それだけが俺の頭の隅に引っ掛かった。

この世界『も』闇に、と言ったってことは、『この世界じゃない世界』──要は別世界が。既にゾーマが闇で閉ざした別の世界が何処かに在ると言うことだ、と思ったんだ。

その、闇に閉ざされた別の世界に、きっと、闇の世界を支配するゾーマは在る、とも。

とは言え、在るかどうかも判らない別の世界まで、どうやって行ったらいいのかの見当は皆目で、長い歴史を誇る場所を、俺達は再度訪ね歩いた。

何か、それっぽい伝承みたいなのが何処かにはあるんじゃないかと考えて、敢えてルーラは使わずラーミアに頼んで──何故って、空から世界を見て歩けば、新発見があるかも知れないだろう?──、あちこち巡って貰った。

ダーマに行って、ジパングに行って、イシスに行った。

……ダーマでは、俺達の世界でも精霊神と位置付けられてた精霊ルビスが、自身が司る大地の下に新しい世界を創った、って神話が聞けた。

ジパングでは、火の神の御許──即ち火山に身を投じると、神が創った別天地に行ける、って言い伝えがあるのが知れた。

イシスでは、ネクロゴンドの祠の近く──ってことは、バラモスの城だった所の近く──に、『ギアガの大穴』って言う、地底世界へも続いていると噂の、巨大で底が見えない穴が空いていると教えられた。

…………だから、それに賭けてみた。

ゾーマの許に辿り着く為の手掛かりを求めて世界を彷徨っていた最中、死に瀕した者の命を救ってくれる霊薬でもある葉を分け与えてくれると言う、世界樹と呼ばれる神の大樹があると聞いたから、噂が本当ならと、ラーミアで飛びつつドでかい樹を探して、お守り代わりに葉を貰って。

世界樹が生えてた──と言うよりは、君臨してた、と言った方が正解だな、あれは──大森林の程近くにあった、高い高い岩山に守られてた不思議な城──行ってみたら、神の眷属である竜族の、女王様の居城だと判ったそこも訪ねてみた。

俺達が訪ねた時、竜の女王は、既に病に冒された余命幾許も無い身で、命と引き換えに卵を産み落とそうとしていて……、それこそ、伝説の不死鳥ラーミアを甦らせない限り人間には到底辿り着けない、天界に一番近い城を訪れた俺達を認めてくれたのか、

「これから生まれ出る私の子の為にも、一時も早く平和が訪れることを祈っています。故に、もし、其方達に大魔王ゾーマと戦う勇気があるならば、『光の玉』を授けましょう」

と、竜の女王は厳かに告げて、俺達に『光の玉』を手ずから渡してくれた。

その直後、女王様は、産んだ大きな卵だけを残して笑みながら逝ってしまったけれど……、女王様の城の人達──多分、精霊とか妖精とか──に、早く行け、一刻も早く平和を、と急かされてしまったから、後ろ髪引かれつつも女王様の弔いにも参加せず、俺達はギアガの大穴へ向かった。

──空翔けて向かったギアガの大穴は、別の意味で大穴が空いてた。

何処の国の兵なのかは判らなかったけど、長年、あの大穴を監視させてた所があったみたいで、そこの兵士達に曰く、「入って行った者は誰も帰って来ぬ」なギアガの大穴を見張る為の監視所が、半壊してた。

やっぱり、そこの兵士達に曰く、「凄い地響きがして地割れが走って、何かが大穴を通って行った」とのことだったから、きっと、ここで正解、と確信した俺達は、意を決した。

俺達自身は、バラモスを倒した日から然して変わっていなかったけど。

世界樹の葉と、竜の女王が授けてくれた、この頃は未だ、何に使う物なのか能く判ってなかった『光の玉』──だってさ、竜の女王様も他の誰も、何の説明もしてくれなかったんだよ──をお守りに、ギアガの大穴から飛び下りた。

────話が、少し前後するけど。

ギアガの大穴に下りる直前、俺は、ラーミアに別れを告げた。

出来れば、ラーミアにも一緒に行って欲しかったけど、目でそう訴えてみたら、駄目、と言わんばかりに悲しそうに鳴いたから、共には行けないんだな、と判ったんだ。

……卵から孵って最初に見たのが俺だった所為か、ラーミアは、俺に凄く懐いてくれた。

俺達を背に乗せる時も降ろす時も、必ず俺に頬寄せてくれて、俺も、くすぐったい、と言いながら、ラーミアの頭を抱き抱える風にしてた。

だから……、ラーミアとの別れが一寸辛くて、でも、ゾーマを倒して俺達の世界に戻って来たら、又きっと逢えるから、と約束した。

別れる時、ラーミアが、行くな、みたいな感じで俺のマントの裾を嘴で引っ張ったのを、一寸だけ気にしつつも。

俺達は、ギアガの大穴から、別世界──君達の、『この世界』へ。

────飛び込んだギアガの大穴の中は長かった。

上も下も判らなくなったくらい。

もし、この大穴の底に別の世界が広がっていたとしても、俺達、そこに着くと同時に墜落死するんじゃないか? って本気で思ったなあ、あの時は。

けど、何故か『上下が生まれて』、穴蔵の闇が夜の闇に取って代わった瞬間、俺達は、まるで宙を舞う羽みたいに、ふわりふわりと落ち始めて、ゆっくり、そうっと、草に覆われた大地に降り立った。

……降り立ったそこで宙を見上げたら、空があった。

星もあった、月もあった。

俺達が抜けてきた大穴も、頭上に、ぽっかり大口を開けてた。

これを読んでいる君からしてみれば、不思議な言い回しに感じると思うけど、その刹那、「ああ、本当に別世界はあったんだ……」と、俺達は少しの間放心した。

俺達の世界の地面の下に、別世界と言われなきゃ判らない世界が、本当に広がってたんだ、と。

……それも又、ゾーマが現れた時のように、夢みたいだった。

でも、何時までも放心してたって仕方無いから、辺りを探ったら、直ぐに出会えた漁師──だったのかなあ、あの人。未だに能く判らない──に、ここは、アレフガルド大陸と言う所の、ラダトーム王国と言う国の外れだの、王都に行きたいなら船で乗せてってやるだの、こう……至極当然、と言うか? 極々普通にと言うか? 兎に角、そんな感じで教えられた。

…………想像して欲しいんだけどさ。

こっちは夢見心地で、ここは何処ー? な状態なのに、別世界で初めて出会った相手に、「ああ、又か」みたいな顔されたら、どうなると思う?

衝撃、でっかいぞー?

でも、能く能く話を聞いてみたら、こっちの世界でもギアガの大穴って呼ばれてたアレから人が降って来るのは、当時のこっちでは能くあることだった、とか、漁師に思えた彼は、俺達みたいな連中の相手は慣れっこになってた、とか知れたから、落ち着きは取り戻せて。

夢から醒めたみたいに少し拍子抜けした俺達は、『上』から降って来た連中は、一先ずでも王都に行かせておけば何とかなるってことも経験で知ってた彼に送って貰い、ラダトーム王都へ向かった。