この世界を脅かす、荒廃や悲しみや絶望の担い手を産み落としたのは神自身。
……この考えが、答えが、真実だったとしても。
何故、神と呼ばれるモノがそんなことをしたのか、俺には判らない。
今でも判らない。
神の想う真実なんて、俺達に知れる筈が無い。
でも、真実がそこにあるなら、理由なんて限られてくる。
例えば、そうすることが人の為だと、延いては世界の為だと神は考えた、とか。
例えば、何らかの理由があって、そうしなければ世界が保てない、とか。
例えば……、そう、例えば、自らが生んだ全ての世界の中で、己が確固たる神として在り続ける為に、とか。
……うん、どう考えても、そんな処だね。
所詮、想像の域を出ない話ではあるけど、その理由なんて、俺達人間からしてみたら、到底納得出来ないことだろう、とは言えるよ。
第一、例えば、世の為人の為に、大魔王ゾーマみたいな存在を産み落としました、と他ならぬ神に言われた処で、納得なんか出来ないだろう?
少なくとも、俺は納得出来ない。
嘘偽り無く、世界に人と言う存在を齎したのが、神であるならば。
そして、そうと気付いてしまった以上、それが真実だと信じている以上、俺には、もう『運命』が納得出来ない。
世界を脅かす、荒廃や悲しみや絶望の担い手を討ち滅ぼすのが勇者なら。
神が創りたもうた世界の平穏の為に、滅せられなくてはならない魔王と言う存在も、そんな存在を討ち滅ぼす運命を担う勇者と言う存在も、等しく神が生んだなら。
勇者なんて、茶番劇の道具にしか成り得ない。
己が生んだモノを、同じく己が生んだモノで滅ぼす為に神が拵えた舞台の上で操られる、神の剣と言う名の道具にしか。
なのに、精霊達は、勇者となった俺に向かって、この世界に骨を埋めろと言った。
勇者の血筋を残せと言った。
今際の際にゾーマが残した予言の通り、ルビスや精霊達には『予定』でしかない、後の世に現れ出る新たなる魔を討つ為に。
その為だけに。
血筋を以てして、『勇者の運命』を背負う者を、この世界に残せ、と。
そんなものは、そんな運命は、神の呪いとしか言えないのに。
────……うん、だから、諦めるのは止めた。
旅も続けることにした。
運命に抗おうと決めて、俺の血を受け継ぐ子孫達を、『勇者の運命』から救ってみせる、とも決めた。
生涯を賭しても。俺の何に変えても。
神の呪いを解いてみせると決めたんだ。
俺は、俺達の血は、神の思惑の上で踊るだけの、道具でも人形でも無い。
自分で言うのも何だけど、俺の、そんな決意は物凄く固かった。
それでも、仲間達は俺を説得しようとした。
皆、俺は正気じゃないと思ってたみたいでさ。
……けど、或る晩、四人で話してた時に、幼馴染みが言い出したんだ。
理解はしたくないけど、俺がその『答え』に辿り着いてしまったのは納得出来る、と。
…………俺も、その時に初めて知ったことだけど、彼女は実の処、勇者って存在が心底嫌いだった。
顔や態度には出さずとも、オルテガの子、と言うだけで、俺も又、勇者になるのが当たり前だと思ってたアリアハンの人達も。
日毎夜毎、父さんの武勇伝を俺相手に語り聞かせてた母さんも。
父さんの後を継いで勇者になって、バラモスを倒しに行くんだ、なんて『夢』を語る俺も。
彼女は、大嫌いだったんだそうだ。
『夢』を語る時の俺の顔が、彼女の目には、殉教者としか映らなかったから。
誓って言うけど、俺は、父さんの跡を継いで勇者になって、って『夢』に、悲壮な覚悟を持ち込んだことなんか一度も無く、オルテガの息子として、そこら辺に幾らでもいる冒険話が好きな男の子として、暢気な調子で『夢』を語ってたつもりだった。
でも、やっぱりその時、彼女に言われたんだ。
男の子が夢を語る時には、笑顔や威張り顔が付き物なのに、俺は、笑顔で『夢』を語ったことは一度も無かった、と。
知らぬ間に、生まれる以前から決められていた運命の路の上に立たされてしまったことを、諦めと共に受け入れている、そこ以外に行き場の無い者にしか見えなかった、と。
…………だから、勇者が嫌いで、オルテガの子と言う血筋の運命に当然や当たり前を持ち込む街の人達が嫌いで、勇者としての父の姿ばかりを息子に伝える母さんが嫌いで、『夢』を語る俺も嫌いだった彼女は、旅芸人になった。
俺を笑わせる為に。『夢』を語っていようと、真っ当な笑顔を浮かべる俺にする為に。
彼女は旅芸人になって、バラモス討伐にまで付いてきて、旅の空の下でも俺を笑わせようとした。
……彼女曰く、「無駄だった」そうだけど。
何をどうしてみても、俺は、勇者だった、って。
勇者の顔を崩せなかった、って。
勇者でしかない俺に必要なのは、戦える者だ、とも思い知ったから、賢者になった、って。
世界なんて、どうだって良かった。人間如きに世界が救える筈無いと思ってた。唯、勇者でしかない俺を救いたかった。でも、旅芸人じゃ駄目だった、って。
……言われた。
──────だから。
何処までも彼女曰くだけど、それくらい勇者として在り続けた俺が、勇者としての日々の中で掴み取ったものは、真実なんだろう、と。
例え、正気とは思えない荒唐無稽な『答え』だとしても、子供の頃から俺を見てきた自分には、真実だと信じられる、と。
幼馴染みの彼女に言われた。
そうして、その夜を境に、戦士の彼も賢者の彼も、俺の言葉に耳を傾け出してくれて、ムーンブルクを発とうかと言う頃には、協力する、と言ってくれた。
──前に書いた通り、それまで俺がしていた一人旅は、『勇者の運命』を背負わされるかも知れない子孫に、伝えられる限りのモノを伝える為の旅だった。
けれど、そこから俺が始めようとしていた旅は、世界のあちらこちらに鏤めた、子孫の為の品々や知識を隠し直す旅だった。
生涯と引き換えにしても構わない俺の足掻きが上手くいって、俺の血筋を『勇者の運命』から救い出せれば、五つの紋章を筆頭とする品々も、勇者としての知識も、後世に伝える必要なんか無くなる。
必要無くなる処か、心無い奴等の手に落ちて、碌でもないことに使われるかも知れない可能性まで考えたら、いっそ、この世から消し去ってしまった方がいい。
でも、上手くいかなかったら。願いが叶えられなかったら。
品々も知識も、『勇者の運命』を背負う子孫には確実に伝えないと、俺こそが、大切な子孫の首を絞めることになる。
……と言う訳で、俺は、『隠し直し』の旅に出た。言い方を変えれば、小細工の旅。
それも又、終わりの見えない旅だったけれど、アリアハンを発ってから三度目の旅は、一度目の旅みたいに、心強い旅だったよ。
戦士は、旅の連れになってくれた。
ラダトームに戻った賢者の彼とも、何時でも繋ぎが取れるようになったし、彼は彼で、色々と手を尽くしてくれて。
若くて独身だったムーンブルク王の求婚を受け入れて、王妃としてあの国に残った幼馴染みの彼女も、出来る限り以上の協力をしてくれたから。
三度目の俺の旅は、孤独では無かった。
……有り難い話だよな。今でも、そう思う。