戦士の彼とあちこち歩き回りながらの三度目の旅は、忙しいそれだったし、忙しい毎日だった。
やることが、沢山あったんだ。
でも、それも嬉しかったな。
生涯を懸けてでも、との決意の為に、出来ることが沢山あるのが嬉しかった。
もう、寂しくも無かったしさ。
豪快で大雑把な性格、って処から、薄々察しは付くかもだけど、戦士の彼は、良い意味でも悪い意味でも『大人の遊び』を能く知ってて、アッサラームの街で『ぱふぱぷ屋』に行って来いって俺を唆した時みたいに、行く先々で、『大人の世界』を見せてくれたりしたから──体験した訳じゃないからな。文字通り、見ただけだからな──、楽しくもあったよ。
……って、あ、御免。又、話が逸れた。
────諦めや絶望に似た感じで、勇者の運命なんて……、と思ってしまってラダトームに置き去りにした、今では『ロトの武具』と呼ばれてるあの一揃えや、光の玉や、上の世界から担いで来た品々は、賢者の彼が面倒を見てくれた。
上手いことラルス王を言い包めて、ラダトーム王城の宝物庫の奥深くに封印する手筈を整えてくれたんだ。
賢者の彼曰く「所詮、人が施す術だから、今は良くとも、何百年も先までは保証出来ない」ってことだったけど、それは仕方無いね。
叶うなら、少なくともロトの武具や光の玉なんかは何処かに隠してしまいたかった、ってのが今でも本音で、けど、それをする為には、ラダトームの王城に忍び込んで盗み出さないと駄目だったからさ。
誰が手引きしたのか直ぐにバレるし、そうなったら、賢者の彼が罪人にされてしまうし、あいつ、結構美形だったからか、ラダトームの王女様に見初められてー……、なんて事情もあって、ロトの武具と光の玉は、封印だけで良しにした。
その他、敢えて歴史から消してしまわなくともいいだろう、と思えた物──例えば『ラーの鏡』とか、その辺──も、ラダトーム王城の宝物庫に押し込めて、逆に、五つの紋章等々は入念に隠した。
『勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち倒して暫くが経った頃に造られた場所』と言う、手掛かりを与えて。
──ゾーマが滅して数年が経っていたあの頃は、闇に閉ざされていたばかりでなく、大陸毎、大魔王によって封印されていたアレフガルドと他大陸との行き来が生まれたり、人々が別天地を求めたり、としていたから、世界のあちらこちらで、新しいものが築かれようとしていたんだ。
町や村は言うに及ばず。
例えば、アレフガルドとムーンブルクとロンダルキアの三大陸を行き来する外洋船の為の大灯台とか。
例えば、ムーンブルクが王家に篤い加護を齎してくれる風と雷の精霊の為に建立しようとしていた塔達とかね。
だから、その辺の話に、裏でこっそり一口噛ませて貰って、それらを隠し場所にした。
勇者ロトの名と威光を振り翳せば、もっと手っ取り早かったろうけど、それをやってしまうと『手掛かり』を与え過ぎることにもなり兼ねないから、その辺は主に、ムーンブルク王妃となった幼馴染みに活躍して貰ってさ。
大灯台に、一番相応しいと思えた『星の紋章』を。
船乗り達だけじゃなく、俺の子孫達の道標にもなって欲しいと、願いを込めて。
出来立てほやほやの町、ムーンペタに『水の紋章』を。
綺麗な水を湛える、大きな池があったから。
ムーンブルク王家が建立した、ロンダルキアの雷の塔に『命の紋章』を。
そこに、幼馴染みの彼女が愛用していた『雷の杖』と、戦士の彼が愛用していた『稲妻の剣』を、奉納するって形で隠すことに決まったから、じゃあ、俺の血に関わる紋章も、一つ混ぜて貰おうかな、って。
…………俺の幼馴染みはさ。ムーンブルク王との恋に落ちたから、彼の求婚を受け入れた。
だけど……、彼女……それまでずっと、戦士の彼を想ってたらしいんだ。
戦士の彼だって、彼女を憎からず想ってた。
でも彼女は、彼女にとっては家族同然だった俺の為に、俺の、生涯懸けての足掻きに付き合う路を選んで、戦士の彼も、俺に然う路を選んでしまった。
俺の所為で……二人の想いも路も、逸れてしまった。
ムーンブルク王を、夫に選んだ彼を、確かに愛していたけれど。幼馴染みは、『その方がより有利だから』、戦士の彼への想いを捨てて、戦士の彼は、彼女を捨てた。
…………俺の所為で。
けど、俺は……────。
────そんな旅の。
後悔も織り混ざる旅の最中、俺は、当時は未だ未開だった小さな大陸で、カンダタと再会した。
こっちに来たばかりの頃、ラダトームでも行き会ったから、あいつもこの世界に下りて来てた──逃げて来たのかもね──のは知ってたけど、ラダトームの時は牢屋の鉄格子越しの再会で、改心しましたー、なんて言い分は到底信じられるものじゃなく、余り相手にしなかった。
でも、未開の大陸で行き会った時のカンダタは、ちゃんと改心してて、入植者達の力にもなろうとしてたし、人々にも結構慕われてたから、やけに懐かれたってのもあって、自分達の国を築こうとしていたあいつに暫く手を貸し、現在のデルコンダル王国が建国されるまで見届けて、『月の紋章』をカンダタに託すことにもした。
信用してるから、夜空に輝く月みたいに、自分が拵えた国も紋章も、ちゃんと見守れよー? ってね。
そして、五つ目の『太陽の紋章』は、二度目の旅の時に見付けた無人島に、隠れ家代わりに拵えた掘建て小屋の、地面の下に埋めた。
俺の足跡ってことで。あそこだって、『勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち倒して暫くが経った頃に造られた場所』に違いは無いしさ。
────……って、あ、そうそう。
この辺りの話を書き終えた処で、君に謝っておくよ。
たった今綴った通り、五つの紋章も品々も、一応、それなりの願いを込めて、意味も込めて、隠して廻ったんだけど。
やっぱり俺にとって、ルビスの加護が賜われる紋章だの、神や精霊が人々に齎した神具だのは、呪物でしか有り得なかったんだよ。
だから、いざって時には、ちゃんと子孫の手に渡って欲しい、子孫の役に立って欲しい、って想い以上に、「こんな物、永遠に無用の長物となれ」って想いの方が遥かに強くて、これ読んでくれてる大切な子孫の君か、さもなきゃ、もっと後の子孫に絶対に恨まれるだろうくらい、探す方にしてみたら面倒臭くて、どうしようもなくて、とんでもない所にばっかり、品々を隠したことを謝りたいんだ。
…………うん。この際だから白状する。
大灯台だったり、雷や風の塔だったり、その他、品々の隠し場所にしようと決めた所を、訳の解らない迷宮みたいに造らせたのは、俺や、俺の仲間達なんだよね。
……御免。ホントに御免。
悪気で、とか、嫌がらせで、とかで、そんなことした訳じゃないから、勘弁してくれな?
……それで、ええと。後、何を伝えようと思ってたんだっけ。
色々を綴り過ぎて、段々、俺自身も訳が判らなくなって……──あ、そうだ。
ロト伝説や、正史に関しても、伝えておかなきゃならないんだった。
俺達の旅──ロト伝説を、事実よりも一寸『綺麗』に仕立てたり何だりってした理由に関して。
────俺の想いも考えも、辿り着いた答えも、他人には、正気の沙汰じゃない、荒唐無稽な妄想としか言えないモノなんだろう。
勇者ロトが、どれ程言葉を尽くして語ってみたって、土台、信じては貰えないだろう。
俺にとっては真実であり、最後に辿り着いた『答え』であり、世界の真相でしかないことを、ありのまま後世に伝えた処で無意味だ。
勇者ロトは気が触れていた、と嗤われる程度で済めば未だいい方で、下手をしたら、人々が迷い戸惑うことにもなり兼ねない。
冒険の旅に発つ以前の子供だった俺みたいに、神や精霊の存在が毎日の根っこに確かに息衝いている人々に、崇める神や精霊達に背を向けろと言わんばかりの『答え』を、無条件に伝えることなんて出来ない。
…………でも。
君は違う。
俺の血を引く、俺と同じ『勇者の運命』を背負う君だけは。