final fantasy VI

『10years』

 

 

 その日は、久し振りの『晴れの日』だった。
 ──十年前、未だ世界が戦火に塗れていた頃。
 確かにこの世界にもあって、あの頃、強大な軍事力を誇っていた帝国に潰されてしまった鉄道が、世界に戻って来る日だった。
 ……今ではもう、世界の大地の形すら、十年前とは変わってしまったから、どうしたって、あの頃は、との但し書きが付いてしまうのだけれども。
 …………あの頃……未だ、世界の大多数の大地が、北と南の大陸に分かれていたあの頃、北大陸の東に位置していた、十年前も十年後の今もその名は変わらない、ドマ国の領土付近には、ドマ国の首都と、点在する辺境の街々を繋ぐ鉄道路線が幾本か存在していた。
 他の諸国に比べて、機械的な発達の部分が遅れていた……と言うよりは、悠久の時代よりの生活を頑に守っていたドマ国に、例えば工業国家の代表格であるフィガロや、『裕福』さを誇る貴族の国・ジドールも持ち得なかった、鉄道路線が存在していたのは、かつてのドマが、当時、北大陸の東に広がっていた、広大な辺境を領土の一部に持っていたから、との理由と、今を遡ること千年前に起こった、魔大戦の頃より続く国家の威信がそれをなし得させた、との、二つの理由が挙げられる。
 だから、十年前のあの当時、ガストラ帝国以外では、唯一のそれだった鉄道路線は、ドマ国の繁栄の、最大の象徴で。
 けれど、その象徴は、長らく続いた戦争によって、全てが滅ぼされ。
 あれから十年。
 世界から消えた、鉄道路線を復活させること叶えたのは、かつて、それを有してた東の神国でなく。
 砂漠の民の国、フィガロ王国だった。
 

 

 ……十年前。
 世界有数の工業国家でありながら、所謂、国力が、強いとは決して言えなかったフィガロも。
 戦争が終わり、復興を成し遂げ、そして、繁栄を迎え。
 十年。
 国力の乏しさが、それを持つこと許さなかった、鉄道路線を持ち得る処まで、砂漠の国・フィガロは、漕ぎ着けた。
 故に。
 現在のフィガロの力を、目に見える形で知らしめること叶う、世界に蘇った鉄道路線の落成式が執り行われるその日は、彼の国が迎えた、久し振りの『晴れの日』、だった。
 ────人間の腹をかっ捌いて、その中に眠る本音を見遣ることが、もしも出来るとしたら。
 彼がそんな人物だなんて、信じる者は極僅かだろうけれど、恐らくその実体は、フィガロ国の中で一番口が悪く、一番皮肉屋だろうことが呆気なく判明する、『国王陛下』辺りに感想を述べされば、金と力さえあれば、砂だらけの大地にrailwayを引くのは、難しい処か、技術的には人々が考えているよりは遥かに簡単な話で、フィガロも漸くここまで辿り着けた、と喜ぶよりも先に、これまでそれを成し得られなかった、自国の不甲斐なさを嘆け、と相成るらしいが。
 国王陛下自身が、自国の何をどう嘆こうと、どう皮肉ろうと、落成式が執り行われるその日が、フィガロにとってめでたい日である、と言う事実は揺らぎ無く。
 砂嵐がやって来ない限り、晴天に恵まれぬことの方が少ない砂漠の国でも、希有、と言える程に晴れ渡ったその日。
 これを機に、フィガロの国が益々繁栄を誇るのを、約束するかの如く、祝福するかの如く、空が澄み切ったその日。
 誰にも見えない腹の底で、ぶつぶつと、国王陛下にあるまじき文句を山程吐き出しながらも、『晴れの日』を迎えた砂漠の国の王・エドガー・ロニ・フィガロは、正装に身を包み、『鉄壁の頬笑み』を湛えながら、落成式に臨んだ。
 

 

 十日程前に、railwayも、stationも、全てが完成したその新路線は。
 フィガロ城を戴く王都より、これからそれを利用するだろう者達が、不便さを感じはしないだろう程度砂漠を行った所から、城下町・サウスフィガロへと続く洞窟の付近までを結ぶ、そこそこには長いそれだった。
 始発と終着を結んだ直線上に点在するオアシスの幾つかを、迂回するようにrailwayは走っているから、真実そうだ、とは言えないけれど、platformの先端に立って、その行く先を眺めれば、railwayは何処までも、真っ直ぐに伸びているように見えて、鈍く陽光を弾く二本のrailの彼方は、地平線の向こう側に吸い込まれるかのように霞んで。
 ああでもないの、こうでもないの、右の耳から左の耳へと、唯通り抜けて行くだけの、大した意味もない祝辞の言葉を、国王であるエドガー以上に偉そうな顔をしている者達が誇らしげに告げて行くのに、にこやかに笑って聞き耳を立てている振りだけはしつつ、その実、これっぽっちも意識は傾けず。
 エドガーは唯、空の蒼と砂漠の黄の交わり合う先に霞む、railwayの彼方だけを見つめていた。
 ────国王になって、気が付けば十年が経って。
 十年目の年、『あれ』が起こった。
 そうして又、気が付けば。
 『あれ』から十年が経った。
 多分、又。
 このまま、何も気付かない内にこの先十年が過ぎて。
 十年後、自分は、ああ、又十年が経った、と。
 唯、それだけを思うのだろう。
 唯、気が付かない内に、歳だけを取って。
 ……ああ、あれから十年が経った、二十年が経った、と。
 それだけを思うのだろう…………と。
 遠く霞むrailwayだけを見つめて、彼はそんなことを考えていた。
 

 

 王になって十年が経って。
 世界を『守る』冒険の旅に出て。
 それから、又十年が経った。
 二十年前。未だ、『子供』だった頃。
 世界はそれでも奇麗に見えて、何処に手を伸ばしても、どんな風に伸ばしても、何でも、どんなものでも、掴める気がしていた。
 自分は、何にでもなれる。
 どんな想いも叶う。
 ……そう思っていた。
 

 けれど何時しか、そんなことは夢物語で、叶う筈もないのだと知り。
 気が付けば、祖国の王になって、気が付けば、十年が過ぎた。
 自分が本当は何になりたかったのが、自分が本当は何が欲しかったのか、見つけられないままに、十年が過ぎた。
 

 祖国の王になって、十年が過ぎて。
 冒険の旅に出た。
 知らなかった世界を見て、知らなかった人達に出会って、知らなかった生活を送って、知った方が良かったのか、知らないままでいた方が良かったのか、今でもその正解が判らない、様々な想いを知った。
 それが良かったのか悪かったのか……本当に、今でも判らないのだけれど、それでも、未だ子供だった頃のように、沢山のものが掴めて、自分は何かになれて、何かは叶う筈だと、そんな風に信じられた『純粋な何か』は、あの旅の最中、確かに自分に戻って来た。
 

 そうして、それから十年。
 …………『あれ』から十年。
 唯ひたすらに歩いて来て、やっぱり、自分が何になりたかったのか、何を掴みたかったのか、判らないまま時だけが過ぎ、何も見つけられないまま。
 祖国だけは豊かになって、でも。
 自分は一体何を得たのか、自分の中の一体何が、誇らしげに掲げられる程豊かになったのか、それが判らない。
 

 王になって十年、『あれ』から十年。
 得たモノが、一つとしてなかった訳ではなく。
 確かに、掌の中に乗せられたモノはあり。
 大切だと思うこと、大切だと思う人、それは、確かにあり。
 最も大切だと想うこと、最も大切だと想う人、それも、ありはするけれど。
 祖国の為に、祖国の豊かさの為に、掌の上のモノを零さぬようにしながら、それでも零した。
 大地の上を走り続けるrailwayを蘇らせてみても、railwayは決して、大切なあの人の元に交わることはないから。
 こうして、空と大地の交わり合う先に霞む程、長くて真っ直ぐなrailwayを引いたのに、結局は、澄み切った蒼の、遥か遠くに霞み浮かぶ、最も大切な人の傍には辿り着けない。
 ……『あれ』から十年が経っても。
 何処までも続いていると、そんな錯覚さえ覚える真っ直ぐな『道』を形にしてみても。
 自分が本当は何が欲しかったのか、何になりたかったのか、そんなことも判らないまま、それでも掴めた人の元へ、辿り着くことすら出来ない。
 あれから、十年が経ったのに。
 あの人を愛し始めて、十年も経ったのに。
 己が手で生み出せたのは、唯、遠い空の下へ続いているように錯覚することは出来る、けれど決して空の蒼とは混じらぬ、一本のrailwayだけ。
 あの人の元へ辿り着くこと叶わない、railwayだけ。
 この上を、一人歩いて辿って行けば、遠くへは行けるけれど。
 あの人には辿り着けない、railwayだけ。

 

 

FF6SS    Nextpage    top