風に舞い上がる砂埃が霞ませる、railwayの行く先を眺めながら。
 にこやかに微笑み、人々の祝辞を聞く振りだけをしていたら、予定されていた祝辞が、全て告げられ終えていたことに気付けず。
「…………陛下?」
 唯、ぼんやりとしている彼へ、訝しげな顔を作った大臣に呼び掛けられて、やっと。
「ん? ……あ、ああ。すまないね」
 どうでもいい話がやっと終わった、と悟って、にっこり、エドガーは笑ってみせた。
 彼がぼうっとしている内に、落成の式典は滞り無く進んだようで、この式の始まり、一等最初に祝いの言葉を述べさせられていたエドガーがこの場より去れば、もう式は終わる、という処まで漕ぎ着けており。
「…………じいや。実は、今日」
 大臣に促されるまま立ち上がりながら、エドガーは、世間話でもするような風情で、そんなことを言い出した。
「今日がどうか為されましたか?」
「今日、セッツァーが来ることになってて」
「…………はあ。そのお話は先日、陛下ご自身に伺いましたが? 今日の日の祝いを兼ねて、この新路線を彼が冷やかしに来るから、そのつもりで、と」
「ああ。………だから今日、セッツァーが来ることになってて。多分、もうそろそろ着く筈でね」
「……申し訳ありませんが、陛下。私めには、陛下が何を仰りたいのか、良く察せられませんのですが」
「だから。もう直ぐセッツァーが来るから」
 ──周囲へ、愛想を振りまくことだけは忘れず。
 式典の会場から退席しつつ、その実、斜め後ろに付き従う大臣と、ぼそぼそ、そんなやり取りを交わしていたエドガーは、幾度か、今日はセッツァーが来る、の一言だけを繰り返し。
 式典会場を一歩出て、取り巻く人々の数が少なくなった途端。
「セッツァー殿がいらっしゃると、何かがどうかなるのですか?」
 要領を得ないエドガーの話に、眉間に皺寄せた大臣を振り返って。
「別に、何がどうなると云う訳じゃないよ。唯、そういう訳だから、後、宜しく」
 にっこり笑って彼は、そのまま、じゃあね、と一言言い残し、唐突に駆け出した。
「は? 後を宜しくと仰ら…………──。陛下っ! 陛下、何処へっ! 陛下っっ」
 両肩で留めた、長いマントの裾を翻しながら、臣下達の隙を突いて走り出したエドガーを押し留めることが出来ず、年老いた大臣は、張り上げた声だけで、国王陛下を追い縋ったけれど、声音のみの追っ手など、何の意味も為さず。
 数拍程置いて、慌てて君主を追い掛け始めた人々を振り切り、エドガーは、舞い上がる砂埃の向こう側へと消えてしまった。
 

 

 天気は良く、風もなく。
 故に、阻まれることなど何も無く。
 順調に航行を終えたセッツァーは、その日、約束していた通り、約束していた時間に、愛し合い始めて、もう十年にもなる恋人が王として君臨している国の、砂漠を渡る旅人へ向けて開かれた門を、潜ろうとしていた。
 とっくの昔に通い慣れてしまった国、通い慣れてしまった都、そして、何時まで経っても通い慣れぬ城へと続くその門の周辺や、門そのものを守る、顔馴染みの衛兵達に話し掛けられ、気軽に受け答えをしながら彼は、ひょいっとその門を越え……が。
 遊び場へ急ぐ小さな子供のような勢いで駆けて来た人物を見つけ、立ち止まった。
「…………何をやってるんだ、お前は」
 どう考えても、誰の目にも、自分を目指して駆けて来たとしか映らぬその人物──己の恋人であり、この国の王であるエドガーを見つけてセッツァーは、顔を顰め、呆れたように言い放ったけれど。
「ああ、良かった、約束の時間通りに君が来てくれて」
 セッツァーの呆れや渋さなど、これっぽっちも気にしていないように、駆けて来たエドガーは息を弾ませ、止まり。
「出掛けよう?」
 馬鹿みたいに突っ立って見下ろして来るセッツァーの、右手を掴み、引き。
 彼が潜ったばかりの門を、砂漠側へと潜り直した。
「…………何処へ」
 二人きりで出掛けよう、そう言ったエドガーに引きずられるまま、セッツァーも又、歩き出しはしたけれど。
 出掛けよう、と言われても、と、彼は首を傾げ。
「別に、何処でもいいよ」
 行く先なんて問わないよ、とエドガーは笑った。
「……そう言われても、だな」
「だって、何処でもいいんだもの。君が行きたいと思う所でも、君が私に見せてくれたいと思う景色のある所でも。何処でもいい」
「…………何故? どうして、何処でもいいから連れてけ、なんだ?」
「ん? 駆け落ちするから。君と」
「……………………………………は?」
「だから、か・け・お・ち」
「……繰り返し言わなくてもいい。聞こえてる。意味も知ってる」
「だったら、そんな顔しなくってもいいだろう? 駆け落ちしよう? セッツァー」
「何で又、急に」
「したくなったから」
「…………実は馬鹿だろう、お前」
「どうして、そう言う言い草しか出来ないんだい、君は。私と駆け落ちが出来るのが、嬉しくないとでも?」
「判った、判った。気に障ったんなら謝ってやる」
 愉快そうに微笑みながら、己が手を引き歩き出しつつ、駆け落ちをする、などと穏やかでないことを言い出した恋人に、心底呆れてみせれば、拗ねたような『お叱り』が返って来て、エドガーに取られていない方の片手を軽く持ち上げ、悪かった、と、一応は詫びて。
 やれやれ、と唇の端でのみ笑ってセッツァーは。
「御所望だと言うのなら、幾らでも攫って差し上げ『は』しましょう。────で? 何時間の駆け落ちが所望なんだ? それとも、何日間、か? いっそ、一週間くらい駆け落ちしてみるか? 休暇代わりに丁度いいぞ」
 お前の考えていることなんざ、多くを語られなくとも判る、と言わんばかりに、刻の区切られた逃避行の話をし出した。
「…………私は、君のそういう所が嫌いだ」
「俺はお前の、そういう所が気に入らねえよ」
「判ってることを、一々聞かなくてもいいじゃないか。相変わらず根性曲がりだね」
「稀に見る程の皮肉屋なくせに、どうしようもない世間体の中で生きてるお前にゃ言われたくねえ台詞だな、それは」
「……文句の一つも言いたくなるんだ。あれから十年も経つのに、私は何処へも行けないから。だから、そう言ってみたのに」
「ああ、そうかい。相変わらず、可愛くねえ男だな、お前も。…………毎度のことだ、お前の我が儘の一つくらい、黙って聞いてやろうと思ったが、気が変わった。お前の所為だぞ」
「……気が変わったって、どういう風に」
「俺の、そういう所が嫌いだって言うんだろう? お前は。だったら、『字面』通りに叶えてやる。お前の言う通り、あれからもう十年だ。いい加減、キリもいいんだろう。……本当に、駆け落ちしてやるから覚悟しとけ。生意気なこと言い出したのはお前だ、てめえのケツくらいてめえで拭けよ」
 ──あれから十年が経った、晴れの日。
 そんな日に考えてしまったのだろうことの所為で恐らくは言い出した、恋人の我が儘くらい、たまには叶えてやるかと、そんなつもりで、刻の区切られた逃避行の話を始めたのだけれど。
 エドガーの言い草に、少し臍を曲げたような顔付きになったセッツァーは、エドガーに掴まれていた手を緩やかに振り払って、行く足を速めた。
「………………本気?」
「冗談の方がいいのか? 所詮、遅かれ早かれの違いしかねえぞ? ──十年が経ったんだろう? あれから十年が経っても、何処にも行けないんだろう? このままじゃ、この先十年が経っても、何処にも行けないんだろう? ……あれから十年も、これから十年も、お前が何処にも行けないんなら、俺が連れてくしかねえだろうが」
 …………駆け落ちをしよう。
 そんな言葉を最初に口にしたのは己なのだけれど。
 本気? ……と、セッツァーに付き従いながらもエドガーは、目を丸くしたが。
 うるさい、とでも言う風に、国王陛下の恋人は、その長い銀髪を乱暴に掻き上げ。
 砂漠を後にする足先を、又一層、速めた。
 

 

 その日は、『晴れの日』だった。
 十年前のあの頃、世界から消えてしまった物の一つが、世界に蘇って来た『晴れの日』だった。
 風が巻き上げる砂埃は少しばかり強かったけれど、希有、と言える程、空は、雲一つなく晴れ渡った日だった。
 そしてその日は。
 『あれ』から十年、『何処にも行けなかった』者達が、何処かを目指して歩き始めてみようかと、決めた日でもあった。
 歩き始めた者達が、世界の彼方に溶け込んだ日でもあった。
 

 そう、その日は。
 『晴れの日』、だった。

 

 

End

 

 

 

後書きに代えて

 

 このお話は、セツエド同盟の方の企画の、『FF VI発売十周年記念企画』の方に寄稿させて頂いた作品です。
 ……全くの書き下ろしでなくて御免なさい……(遠い目)。
 ──正直に言います、この話、もっと、ど偉く暗くなる予定を組んで、私書いてました。
 一寸、家のサイトでは珍しいパターンを辿るセツエドになる予定ではいました。
 ……が、折角の十周年記念に暗い話書くのもな、と思いまして、ええ。
 お二方、駆け落ちしてます、はい(←あっ)。
 それでは、宜しければ御感想など、お待ちしております。

 

 

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