final fantasy VI 『優しい悪魔』
前書きに代えて
……先ず。最初に、謝罪を。
すまん、セッツァー。御免、マッシュ、許して、エドガー。
──と云う訳で。
この話は、『人でなし小説』、です。鬼畜、と云われる部類に属するのかも知れません。
一番悲惨な運命を辿ったのは、間違いなくマッシュだと思います。マッシュファンの方は、ここから先、余りお進みにならない方が良いかも知れません……(謝罪)。
因みにこの話は、何時もの(則ち本編)の設定の彼等とは、ぜーんぜん、違います。全くの、別人としてお読み下さい。
更に云い募りますが、私は書き上げた時点では、この小説は、裏部屋に放り込むつもりでした。
それでは、どうぞ。
別段、深い考えに基づいた事ではなかった。
マッシュ・ネレ・フィガロが、兄であるエドガー・ロニ・フィガロの元を訪れていた、特別な経験と記憶を共有する、兄弟共通の友人であり仲間である、セッツァー・ギャビアーニの来訪を知って、兄と友とが話し込んでいるだろう場所へと足を向けたのは、深い考えに基づいてのそれではなかった。
久し振りにフィガロを訪れた、己が友人でもある人物に、顔くらい見せておこうと思うのは、取り立てて、不思議な事でも何でもないだろう。
そう。
極、一般的な出来事だ。
だから、マッシュは。
天気の良かったその日、どうやら中庭の片隅で茶を嗜みつつ、昔話に興じているらしい二人の元へと、向かった。
「……あれ?」
だが。
彼が、女官に聞かされるままに訪れた中庭の一角には、わさわざそこに設えられた、真鍮で出来た小さなテーブルと、椅子と、つい先程まで目的の二人がそこにいたらしい事を示す、未だ仄かに暖かい、飲み掛けの紅茶のカップ、そして、手の付けられていない茶請けの菓子の載った皿、それがあるだけで。
一体、彼等は何処に行ってしまったのだろうとマッシュは、辺りを探してみた。
ゆったりと寛ぐには最適な午後の時間。
天気もいいし、風も穏やかだし、中庭から窺える回廊を行き過ぎる、女官達も衛兵達も、『まばら』だ。
こんな、のんびりとした空気の中だから、兄達は少年の様に、芝の上か茂みの影かに座り込んで、楽しい時を過ごしているんじゃないかと。
マッシュはそんな想像をして、急ぐでもなく、周囲に視線をくれてみた。
……すれば。
中庭の、回廊からも、茶席の場からも見え辛い茂みの一角で、何かがさわさわと動いたから。
「兄貴ー? セッツァー? いるのか?」
それが示す意味を……そう。深く考える事もなく。
彼はそこに近付いた。
──と。
足先を向けた方角から、何者かの、声が聞こえた。
呻いている様な、堪えている様な、泣いている様な。
声が微かに聞こえた。
耳に届いたそんな音は、マッシュにしてみれば、誰かが苦しんでいるとしか思えぬトーンだったから、兄とセッツァー、どちらかが、気分でも悪くしているのかと思って、進める歩を、彼は早めたのだが。
ザッ……と、身を乗り出した茂みの影。
苦し気な声の漏れ聞こえてくる場所。
そこを覗き込んだ彼の目に映ったものは。
淫ら、としか例えられぬ風に、衣装の前を半端に暴かれて、砂漠の国には相応しくない緑の草の上に、力任せに組み敷かれた、兄の姿だった。
逃げを打つ躰を、強引にねじ伏せているのは、兄とも、自身とも、親しい友人。
陽光の反射の加減なのか、今は紅(あか)に見える紫紺の瞳に、鈍い光を灯して、僅か、細めて、友は、兄を見下ろしている。
「……え……?」
──覗いてしまったその場所で。
何が起きているのか、マッシュにはさっぱり、理解が出来なかった。
否。
彼とて、『子供』ではないから。
彼等の姿がどんな意味を持っているのか、察せられない訳ではなかったが。
彼の目には、どうやってみても、兄が親友に、犯されているとしか映らなくて、けれど、小さな呟きを洩らす事が出来ただけで、目の前の『暴行』を止める事も、立ち去る事も、叶わなかった。
蠢いている二人の間には、確かに時が流れているのに、自分だけが、その流れの中から取り残されてしまったかの様に。
マッシュは、動く事も叫ぶ事も出来ずに、唯、立ち尽くすしか出来なかった。
……なのに。
「セ……ッ……──。やめ……。こんな……──」
目蓋を固く瞑って、緑の上で身を捩る兄と。
「……別に、構う事はないだろう?」
楽しそうな笑みを浮かべた友との痴態は、止まる事なく、彼の瞳に映り続けた。
「……っ……ん……。……あっ! ……あ……」
兄の嬌声も。
「そんな声上げると、誰か来るぞ? いいのか?」
悶える人を嬲る様な、友の声音も。
耳朶に届いた。
──艶かしいまでに白い色の肌をした兄の、首筋を、肩を、胸元を、友の舌が、ちろちろと辿って行く様。
時折開かれ、その度に、妖艶な色を浮かべる紺碧の瞳。
暴かれ掛けの、布で被われた腰の辺りで蠢く手。
片方だけ自由になった兄の指が、乱れ流れる銀髪を掻き乱す刹那。
瞬間、ちらりと逸らされ、そこに『目撃者』がいる事に気付きながらも、薄い笑いだけを浮かべて、又、兄へと戻って行った友の眼差し。
何時しか布が取り払われ、高く上げられた兄の素足。
友の……露になった……眩暈を覚える程の『高ぶり』。
そして、それを受け止める、兄、の。
濡れる様な音さえ立てる、兄、の…………────。
──…………それらを、計らずも見届けてしまって、マッシュは。
午後の明るさの中で。
秘密めいた茂みの中で。
交わされる眼差しは、何処までも深く、濃く、優しく、穏やかなのに。
やり方は、どうにも乱暴な、無理矢理に、犯し、犯されているとしか思えぬ『姿』が続く影から、漸く、逃げ出した。
逃げ出すしか、出来なかった。
これまで、不可侵の域に立ち続けると信じて疑わなかった兄の、乱れる姿と。
踏み込んではならない領域にいるべき筈の兄の『位置』に、いとも容易く侵入を果した友の姿とが。
どうしても、受け入れられなかった。
見せつけられた二人の関係に、頭が真っ白になって。霞みが掛かって。
どうして? と、唯、胸の中で問う事しか、彼には出来なかった。
──あんなに『酷い』仕打ちをされているのに、受け入れて。
──あんなに『酷い』仕打ちをしているのに、与える、なんて。
信じられなかった。
「セッツァー。……話が、あるんだけど」
真昼の中庭で、決して見てはならなかったものを、見せつけられてしまった日。
その後、セッツァーが来ているから一緒に夕餉を、と云う兄に促されるまま、マッシュは、何とか何事もなかった様に、兄弟とその友人、と云う偽りの構図をやり過ごし。
深夜、セッツァーを捕まえ、自室に引きずり込んだ。
「……何だよ」
部屋に侵入させられたセッツァーは、銜え煙草もそのままに、意地の悪い笑みを崩さなかった。
「兄貴、と……その……」
何処か、馬鹿にしている様な友の態度に、マッシュは怒りをあからさまにしながらも、口籠る。
尋ねたい事は山程あったが……、怒りと戸惑いで、言葉は続かなかった。
マッシュは、部屋の直中に立ち尽くしたまま。
セッツァーは、石作りの壁に寄り掛かって。
兄を想う弟が口籠ってしまった為に、そんな彼等には、沈黙が訪れる気配がしたが。
「……ああ。昼間の事が、聴きたいのか?」
相変わらずの『笑み』を湛えたまま、セッツァーの方から云いたい事を察して、会話の水を傾けて来たから。
「…………どう云うつもりなんだよっっっ。何だよ、あれっっ! ……何時からああやって、兄貴の事、苛んでんだよっ? それとも、兄貴と、付き合ってんのか? 男同士で? ……つ……付き合ってる……ってなら、それはそれで……ああ……いいさ。いいよ。二人が納得してるってなら……それは……。──でもっ! 酷いじゃないかっ! 俺が……俺がいたの知ってたんだろうっ、セッツァーっ! なのに……あんな…誰が見つけるとも判らない場所で、兄貴に、あんな、事…………。あんな、苦しそう、な事…………──」
あの出来事の目撃で抱えた怒りをそのまま、声音に乗せてマッシュは、友に詰め寄った。
胸ぐらを掴まんばかりの勢いで。
「聴きたい事があるんなら、一つずつにしろ。鬱陶しい」
だがセッツァーは、本当にシャツの襟元へと伸ばされた、怒りの籠ったマッシュの腕を、あっさりと払い除け、紫煙を吐き出し、何を下らない事を、と、そんな色を頬に浮かべた。
「俺とエドガーの、本当の関係が知りたいってなら、教えてやる。昼間、お前に見せつけてやった通りだ。俺達の関係はな。……綺麗に例えるなら、恋人同士って奴だろうな。だから、接吻(くちづけ)もする。ああやって、躰も重ねる。何処か、不思議か? 恋人同士、抱き合う事が、お前の怒りを買わなきゃならねえ程、異常な事だと、俺は思わねえが?」
「…………そうじゃなくてっ!」
「じゃあ、何だよ。何が不満だ?」
「……いい、よ……。兄貴と、セッツァーが恋人同士だってなら…………そ、それは……多分、俺には口の挟めない事だって、思う、よ……。でもっ! 恋人同士って事は、愛し合ってるって事なんだろっっ? 兄貴はセッツァーの事愛してて、セッツァーだって兄貴の事、愛してるんだろっっ? だったら、どうして、あんな、酷い事……。兄貴のあんな姿、誰かに見せつける様な事……。それにっっ! あんな乱暴な睦み合い、俺には、恋人同士のそれになんて、見えなかったっ……」
淡々と、兄と己との関係を語ったセッツァーに、マッシュは、云い募った。
男の兄と、男の友が、恋人同士であると云う事実、確かにそれは、晴天の霹靂以上の衝撃をもたらす事で、本当は、どう受け止めたら良いのか、判ってなぞいなかったが、それでも、それ以上に怒りを感じるものが、マッシュの中にはあったから。
「…………ガキだな、お前」
しかし、やはり、静かに紫煙だけを燻らせ、壁に寄り掛ったままの姿勢も崩さず。
セッツァーはマッシュの怒りを、受け流した。
「どう云う意味だよっっ! 大人だとか子供だとか、そんなんじゃなくってっ! ……恋人である兄貴に、何であんな酷い事するんだって、それを聴いてるんだっ!」
「酷い、ねえ……。鬼や魔に、勝るとも劣らない、とでも云いたいか? 本当は、愛情のやり取りもない、冷たいsexだとでも? だが、俺には、あれを鬼畜だとか何とか、云われる覚えは、ねえな」
「だって…………。あんな、『優しさ』のない……」
「──あのな、マッシュ」
石造りの壁で、短くなった煙草を揉み消し、ピッと指先でそれを床へと投げ捨て、新しいものに火を点けると。
浮かべ続けていた、意地の悪そうな笑みを、ぞっとする程冷たいそれへと塗り替え。
セッツァーは、マッシュの名を呼んだ。
「お前、何か、勘違いしてねえか? ……そうだな……今からって訳には行かねえから、明日、ツラ貸せ。いい事、教えてやるから」
「…いい事?」
「ああ。いい、事」
そうして彼は、そんな事を告げると、一方的に話の終止符を打ち、煙草を掴んだ手を上げて、じゃあな、と、マッシュの部屋を、出て行った。