翌日。
 朝。
 一晩を、まんじりともせずに過ごし、上目遣いで兄の機嫌を窺いながら、朝食の席を囲んでいたマッシュは。
「エドガー、お前ん所の弟、一寸借りるぞ」
 そう云いながら、外出の支度を終えて、外見は穏やかな朝の風景の中に踏み入って来たセッツァーに連れ出され、城を後にした。
 何時の間に、誰に用意させていたのやら、城外に待たされていたチョコボに乗り込み草原を目指し、飛空艇を飛び立たせ。
 訳も判らず、仏頂面を拵えているしかないマッシュを他所に、セッツァーの操る飛空艇は、フィガロからそう遠くない、とある色街近くに、その翼を降ろした。
「……何処行くんだよ……」
 無言のまま、顎を杓って、付いてこい、そんな態度を示し、夜の喧騒が明け、厚化粧の剥げた、虚しい様相を晒している街並を、慣れた風に歩いて行く友に、ぶつぶつ、マッシュは問い掛ける。
「娼館」
 ぶつけられた質問に返された答えは、簡潔だった。
「娼…………って。……え? こ、こんな、午前中から? そ、それに、だって、え、セッツァー、兄貴……は……? 娼館に行く事の、何が『いい事』なんだよっ!」
 予想は出来たが、考えたくもなかった回答に、彼は捲し立てたが。
「……うるっせーな。色街に、昼だの夜だの関係あるか。いいから付いてこいっつってんだよ。……それともまさか、お前、その歳になって、女の一人も知らないとか、言い出すんじゃねえだろうな?」
 さっさと進めていた足取りを止め、振り返り、突き放す様な、馬鹿にした様な態度を、セッツァーは取った。
「そう、じゃ…ないけど……。そりゃ、まあ……。経験の一つもない訳じゃない、けどさ……。でも、俺は僧侶だし、『そういう事』とは随分と御無沙汰で……って、何言わせんだよっ!」
「経験があるんならいいだろうが。腰引く必要もねえだろう?」
 女の躰一つ知らないのか、そんな挑発に思わず乗ってしまって、云わぬともいい事まで告げ、マッシュは更に、声を荒げた。
 が、セッツァーは相手にもせず、今も変わらず、なのかは判らないが、行き慣れてはいたらしい娼館の扉を開けて、入れ、とマッシュの背中を押した。
 のめりそうになりながら、その中に踏み入れば。
 夕べはどうやら『仕事』がなかったらしい、何人かの女達が、木造の館の、大して広くもないロビーにたむろしていて。
 二人に、流し目を送って来た。
 友の云う通り、ここには、昼と夜の境がないのだと、その姿を以て、彼は知る。
 が、だからどう出来る、と云う訳でもなく。
 唯、ぼうっと、彼には立ち尽くすしか術がなかったが。
 かなり顔馴染みらしい、女支配人と、目と目だけで会話を交わしたセッツァーが、持て余した身の脇を通り過ぎ、さも適当に見繕ったと云わんばかりのおざなりな態度で、一番近くにいた娼婦の肩を掴んだ。
「……セッツァー……? これって、どう、いう…………──」
 一体、彼は、何がしたいのか。
 全く理解が及ばず。
 困った様な声音を、マッシュは絞り出す。
「だから。『いい事』教えてやるって、昨日云ったろう? お前も適当に選んだらどうなんだ? 誰だって、所詮は同じだ」
「同じ……って……」
「ま、選びたくないってなら、いいがな、別に」
 呆然と、自分を見遣って来る友へ、一瞥を与え。
 立たせた娼婦を促し。
 マッシュの二の腕を掴むとセッツァーは、嫌な軋みを立てる、緩い螺旋を描く階段を登り始めた。
「一度に二人、相手にしろっての?」
 そんな文句をブツブツ云う娼婦の声が、頭の中を素通りして行ったけれど、唯、促されるまま、マッシュは。
 セッツァーに続いて、女が開いた部屋の扉を潜り。
 パタンと閉められたドアに腑抜けた様に体を預け、彼は、欠片程の感情も浮かばない、冷たいを通り越した、無機質にさえ見える紫紺の瞳をして、近付いて来た娼婦を、真実乱暴にベッドへと打ち捨てるセッツァーを、見ていた。
 適当に整えられたベッドを被う布を、剥ぐ事もなく。
 されるがまま、そこに横たわった女に覆い被さり。
 接吻を交わす事もなく、戯れ言でしかなかろとも、一瞬だけは楽しめるだろう囁きをもたらす事もなく。
 安いドレスの裾だけをたくし上げて。
 外套さえ脱ごうともせず、身に付けた衣装を、僅かに『緩めた』だけの腰を進め。
 児戯に等しい愛撫もないまま、唯繋がって、欲が果たせればそれでいい、そんな風に語り掛けて来るセッツァーの態度を目にして。
「……もう、いいっ! いいってば、セッツァーっ! 止めてくれっ!」
 娼婦の中に、セッツァーがその身を埋める寸前、彼は漸く、叫びを絞り出した。
「フン……」
 絶叫に近い叫びを聴き留めて、セッツァーは動きを止める。
 そして彼は、若干乱れただけの服を正して、懐から取り出した何枚かの金貨を、チャラリと女に与えると、部屋から追い払った。
「…………どうして……こんな、事……」
 腹立たしさを全身で表して、横を通り抜けて行った女が、階段を降り行く音を、遠く聞きながら。
 友を、マッシュは見た。
「──云ったろう? 俺は。いい事を教えてやるって。…………判りもしねえのに、他人の恋路に口を挟むと痛い目をみるって、覚えといた方がいいぞ、マッシュ」
 皺のよった布で被われるベッドの上に腰掛け、セッツァーは、夕べの様に、煙草を銜えた。
「え……?」
「それと、もう一つ。……本当のな、鬼にも劣る『やり方』ってのはな、こういう事を云うってのもな」
 どうしていいか判らない、そんな表情を作り続けるマッシュに、彼はそんな風に云う。
「こういう……事…………」
「ああ。『こういう事』、だ。……例え、他人の目にどう映ろうとも。酷い、乱暴なだけの行為を重ねている様に見えても。俺とあいつが愛し合ってる以上、他人にとやかく口出されて堪るか。そうだろう? 俺はあいつに、無理強いなんざした事はない。なのに、俺に何を憚れってんだ?」
「でも、兄貴、は……」
「エドガーの奴が、どうした? あいつが、俺の事をどう思っているのか、俺のする事をどう受け止めているのか、どうしてお前に判る? 酷い仕打ちだと、どうして言い切れる? あいつが、苦しそうだったから? 他人に、見られるかも知れないから? わざと、お前に見せつけたから? ──あいつは俺のもので、俺はあいつのものだ。……見せつけて、何が悪い? 俺のものだと知らしめて、何がいけない? あいつが国王であろうと、お前があいつの弟であろうと、関係ねえだろうが。あいつはあいつで、そして、俺のもの、だ」
「だけど……っ」
「だけど? 何だ? …………俺達の世界の『遊戯』に、口挟むんじゃえねよ。──優しさがない? ……冗談じゃない。優しさや、愛情のないsexってのはな、『どうでもいい存在』との間に生まれるもんだ。本当の人でなしってのは、そういう事云うんだよ。今、お前に見せつけてやった様に、な。『どうでもいい存在』を抱くのに、優しさや愛情が要るか? 接吻が要るか? 手間を掛ける必要があるか? 相手の躰がどうなっていようが、どうなろうが、それを気遣う必要があるのか? ──そういう世界がある事を、知ってから口を挟みな」
 …………言葉に、大した抑揚も与えず。
 マッシュの瞳を見つめながら告げたセッツァーは、唇の端に煙草を銜え、立ち上がり。
「判ったろう? マッシュ。……ああ、確かに『そういう事』の出来る俺は、人でなし、なんだろうな。魔にも劣るのかも知れねえな。……だがな。俺がそれを、あいつの前でも見せると思うなよ。……もう一度だけ云っとく。『俺達の世界』に、二度と口を挟むな。お前の目にどう映ろうと、誰の目にどう映ろうと、知ったこっちゃない」
 帰るぞ、と、やはり、首の動きだけで、マッシュを促した。
「あいつは俺のものだ。全て。悦ぶ姿だけじゃなく。哀しみも、苦しみも。手に出来るのは、俺だけ、だ」
 ──部屋を出る刹那。
 独り言の様に、そう、呟きながら。
 

 

 

「お帰り。二人して、朝から何処に行っていたんだい?」
 その日の、午後。
 色街からフィガロへの道程の間中、ずっと黙りこくっていたマッシュと、涼しい顔をして、ただいま、と云ってのけたセッツァーを、執務の手を休めていたらしいエドガーが出迎えた。
「いや、一寸、な」
「……そう? まあ、いいけれど」
 事情を語ってくれない恋人に、少し不満げな顔を作りながらも、エドガーは肩を竦めて、お茶にでもする? と、ティ・ルームへ向い出す。
 三人で落ち着いた午後の茶の席で、元気がないね、とか、どうかしたのか? とか、そんな事を尋ねて来る兄に、曖昧な答えを返しながら、マッシュは、出来事の目撃から丸一日が過ぎたその時、漸く、友と兄、二人を見遣るべく、俯き加減だった面を上げた。
 恐らく。
 夕べ、顔色一つ変える事はなかったけれど、セッツァーは、自分の台詞に怒りを覚えたのだろう、そんな想像を巡らせながら。
 ……だから彼は、そっと、兄の横顔を窺う。
 自分の目には、人でなしな行為としか映らない、『あんな事』をされても、セッツァーに注がれる兄の眼差しの暖かさは変わらない様だった。
 そして。
 セッツァーの横顔も、彼は窺う。
 あの、娼館で見せた様な、冷たい色は、もう何処にもない、綺麗に光る、紫紺の瞳の宿った横顔を。
 見つめ合い、交わされる二人の眼差しは……何処か、遠い世界に住まう、住人のそれの様に思えた。
 ──知ってしまったばかりの、兄と友人の関係、それを今、素直に認めてやる事は、出来そうにもないけれど。
 見せつけられてしまった、セッツァーが兄へと注ぐ『愛情の形の一つ』を、受け入れてやる事も、出来そうにもないけれど。
 それでも。
 怒りに任せて、セッツァーが投げ付けて寄越した、手酷い仕打ちを経た今。
 あんな世界がある事を、知ってしまった今。
 彼等が、本当に愛し合っているのかも知れない、それだけは、何とか理解出来そうだった。
 兄とは云え、友とは云え。
 もう、そんな彼等の世界に、立ち入る事が叶いそうにない事も。
 例え、己には、兄の最愛の男が、兄の前でだけは微笑んで見せる、優しい悪魔としか思えなくとも。

 

 

 

thank you
By Kaina Umino
since Feb.16.2002.

 

  

 

後書きに代えて

 

 どうも。『鬼畜』、と云うものに関する私の定義は、ちと一般的ではない様です。
 最近になって、漸くそれに気付きました。
 極端な話、私個人が好きか嫌いかは別として、「おや? 変態さん?」……と思う様な行為が繰り広げられていても、攻め手が受け手をさんざっぱら苛めようとも、合意であるならば、私、それを鬼畜とは思えないみたいです。
 痛い小説、と云うものに関する定義も、私、少しおかしいかも。
 で、今回は、そんな管理人が、ふとしたためてみた、「セッツァーさん、貴方って人でなし?」ってなお話でした。
 このセッツァーが、私の中にいるセッツァーの基準値に、最も近いかも知れません。
 その為に、マッシュを犠牲にしてしまいましたが……。御免、マッシュ……。
 それでは、宜しけれ感想など、お待ちしております。
 

 あ、それから、このお話にはおまけがあります。
宜しければ、どうぞお進み下さい。

 

 

 

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