「エドガー、お前ん所の弟、一寸借りるぞ」
 ──マッシュと二人摂っていた朝食の席に、突然割り込み。
 そんな一言を残して、恋人は、何処かに消えてしまった。
 だから。
 ああ、又、何かの『悪い癖』が始まった、それだけを思い、一人きりで食べる事になってしまった朝餉を適当に終え。
 執務机に向いながら私はその日、恋人の……セッツァーの事だけを、考えていた。
 『始まり』を越え、今、私は彼と、愛欲の道を辿っている。
 男の私が、男の彼に恋い焦がれる、と云うのは、尋常な事ではないかも知れないが……、それでも何時しか私達は、こうなってしまった。
 身も心も重ねる、そんな関係になってしまった。
 唯黙って立っていれば、幾らでも、恐らくはどんな女性であろうとも、近寄って来るだろう彼が、どうして、男の私に手を伸ばして来たのか、そのきっかけは私にも判らない。
 数多の女性と、過ぎる『遊び』をするのを厭わない彼が、何故、私を振り返ったのかは、永遠の謎の一つなのかも知れない。
 ……その様な事、彼は語ろうとしてくれないから。
 そして、何故、伸ばされた彼の──男の手、を、すんなりと私が掴み返したのか、それも、判らない。
 私自身の事なのに、その真相は、私自身に判らない。
 ──愛してる、と、彼にそう云われ。
 悩まなかった訳じゃない。
 撥ね除けようと、思わなかった訳でもない。
 私達が同性であるとか、互いの立場だとか……そう云った、『世間に広く向けられた部分』を抜きにして考えても、彼は、『危険』な人間であり、不誠実な人間として、私の目には映ったから。
 そう。
 『黙って』立っていれば。
 あの容姿だ、女性は彼を、放っておかない。
 そして彼も、近付いて来る者を拒まない。
 けれど、彼にとって女性は……否、『他人』は。
 『どうでも良い存在』以外に他ならなく。
 誠実さを持ち合わせた者だとは、どうやっても思えなかった。
 ──彼は、例えば。
 目の前に、不意に、玩具が落ちて来たとして。
 それが、どんなに不必要な代物だったとしても、他人の持ち物だと、判っていても。
 退屈凌ぎの興味を惹かれれば、それに手を出し。
 時に、撫でる程度に触って、時に、気が済むまで弄んで。
 退屈が紛らわされた途端に、いとも簡単に、しかも、『壊して』、それを捨てる様な人間だったから。
 ……そんな彼に、誠実、と云う言葉を用いるのは、どうやっても不可能だった。
 もしも私が女性だったとして。
 私が男だから覚える部分の躊躇いもなく、彼の手を取ったなら。
 きっと、何時か私は壊されて、そして捨てられるだろう、そう思った。
 でも…………。
 ……でも、お前の事を、愛しているんだ、と告げた唇と、普段からは想像も付かぬ程、真摯な色を浮かばせた、あの紫紺の瞳に射抜かれた日から、幾許の後。
 彼は。
 夜の中。
 月齢の最初を迎えた月が放つ……うっすらとした光の中。
 私の眼前に立ち尽くし……告白の日から一転、穏やかな光を載せた眼差しで、ゆるりと私に、手を差し伸べた。
 仕種は、お伽話に息づく、忠実な騎士のように。
 纏う雰囲気は、背中に隠した、堕落への入り口と誘う、魔物のように。
 私を、取り込み、絡め取るように。
 思いの他細く白く、そして長かった指の、爪の先までもが綺麗にしなり、僅か撓んだ掌(てのひら)を、優雅に向け。
 私の指が、そっと絡んでくる刹那を、彼はじっと待っていた。
 ──酷い男だと思っていた。
 不誠実な人だと、知っていた。
 唯、私は魔物に魅入られているだけだと、判っていたが。
 その時、彼は。
 躊躇いを見せた私に。
 愛してるだとか、好きだとか……そんな言葉を語らず。
「もう、遅い」
 そう告げて、『壮絶』な笑みを浮かべたから。
「逃がさない」
 そうも云ったから。
 ……だから私は、彼の手を取った。
 簡単に『モノ』を捨て去れる彼の、執着が吐かせた言葉だと気付いて。
 同性であろうとも、互いの立場がどうであろうとも、彼が、酷い男であろうとも。
 構わない、そう私が思わせられている事にも、気付いて。
 私は彼の、手を取った。
 人でなしな彼が背中に隠していた、私の為の堕落への入り口に、私はもう、踏み込んでいたのだろう。
 酷い男だと知りながら。
 とっくの昔に、私は彼に、魅入られていたのだと思う。
 

 

 恋人同士。
 そんな関係を築いた今も、彼は相変わらず、『酷い』男だ。
 私を甘やかし、悦びに導きながらも。
 私を苛み、苦しめても来る。
 昨日の様な……誰に見られしまうとも限らない場所での、恥辱も求めてくる。
 けれど彼は、決して無理強いなどしない。
「今。全てを見せてくれるか?」
 と……必ず、そう尋ねて来る。
 私が本気で嫌がれば、あれで案外、あっさりと手を引くのだ。
 求められたから。
 嫌がってみせても止めてくれないから。
 ……普段は、そんな逃げ道を、私に作ってくれているだけ。
 そして私は、それに甘えて。彼の、『酷さ』に甘えて。
 入り込んでしまった、愛欲だけで満たされる、堕落の入り口の彼方で、唯、溺れる。
 彼は、私の愛し方を、良く知っている。
 誘われたから、魅入られたから、愛欲から抜けられないのは、彼が『酷い男』だから。
 そんな言い訳を、私が生み出せる様に、彼は優しく、熱く……けれど、冷たく、酷く、私、を。
 

 

 ………………本当に酷い男、は。
 『優しい』彼に甘えている、私なのかも知れない。
 私の中の、何を、最も守るべきなのか……彼は、それを知っている。
 だから私は。
 例え、何をされても。
 他人の目にどう映ろうとも。
 どんな雑言を吐かれようとも。
 彼の手を取った事を、後悔はしない。
 彼を、愛した事も。
 彼に、愛された事も。
 例え誰に、理解されなくとも。
 彼が、『他人』にとっては、『悪魔』でしか有り得なくとも。
 私にとって彼は、優しい魔物だ。
 

 

 ──そうだ、そろそろ。
 彼等が戻って来る頃だろう。
 私の想像した通り、何かの『悪い癖』を出して、彼が出掛けたのなら。
 ならば、私は執務の手を休めて、恋人を、出迎えに行かなければ。

 

 

 

 

 

後書きに代えて

 

 何と申しますか……。単なる、陛下の、惚気(笑)。
 こんなにこんなにこんなに、ろくでなしで人でなしなセッツァーでもいいんですか?
 そんな彼でも、好きなんですか? 陛下ってば。
 何がいいのかしら……(笑)。私だったら、速攻で殴り掛かってますが、こんな男(笑)。
 御馳走様でした、陛下。

 

 

FF6SS    pageback    top