final fantasy VI 『Queen Bee』
前書きに代えて
このお話は。
延々私が書いている、何時ものお二人さんとは違います。
──少し前、このサイトでupした『本性』と云う作品と同じく、ある意味、『突き抜けちゃった陛下』です。
やっぱり、ある意味、救いが無いかも。
全く甘くないです、この話(多分)。
それでは、どうぞ。
一見は華やかな世界に身を投じるのが職業のギャンブラーと云えど、袖を通す事は余り多くない、礼装、で、その夜、セッツァー・ギャビアーニは、身を包んでいた。
勝負師『如き』には、本来、立ち入る事など到底許されぬ、『正式』な晩餐会や、舞踏会や……兎に角、そう云ったお固い宴の場に、列席する為に。
──決して、彼が望んだ事ではない。
嫌な事さえ、嫌とは言えぬ相手に、望まれたが故、の事だ。
だから彼は、息苦しさを与える襟元に、右の、ニ本の指を差し入れつつ。
「エド……────」
晩餐への出席を、請うた人の名を呼びながら、彼の人の居る筈のテラスへと続く扉を、開け放った。
「それでは、Lady」
だが、呼び掛けは、開いた扉の向こうにあった景色に、気押された様に途切れる。
セッツァーが足を踏み入れた、そのテラスで。
呼び掛けた名の持ち主、エドガー・ロニ・フィガロが、今宵、フィガロ城で行われる晩餐に出席するのだろう令嬢の手を、恭しく取り、艶やかな微笑みを投げ掛けていたから。
──エドガーは。
ちらり、不躾な侵入者へと一瞥をくれつつも、意に介さず。
「お父上に、宜しくお伝え下さい」
投げ掛けた微笑みに更なる深みを与え、手を離し、『有無を言わさぬ』退出を、令嬢へと促した。
「では、陛下。又、後程」
邪魔者が、と云わんばかりのきつい眼差しを、令嬢はセッツァーへと投げ付け、何処か苛立った様にテラスを出て行ったが。
残されたエドガーも、『邂逅』の目撃者であるセッツァーも、もう、令嬢など気に止めてはおらず、苦笑を浮かべる事もせず。
片や、飄々と、片や、何かを言いたげに、見詰め合った。
「……これで、満足、か?」
国王陛下を見遣りながら、溜息混じりに、セッツァーが云った。
「ああ。そうだね。文句ない」
溢れた溜息に。
令嬢へ向けたそれと同質の微笑みを、エドガーは与えた。
「有り難う、私の我が儘を聴いてくれて。何時も助かる。さすがにね、私一人で、数多のLadyの相手を、しかも退屈させずにこなすのは、不可能そうだから。……かと云って、こう云う手合いの事で、マッシュは役に立ってくれないし。その点、君は、見目も良いし。嫌がらない、し」
にこにこと笑いながら、深くその意味を考えれば、何処となく失礼な台詞を、王は、ギャンブラーに向けて吐き。
「嫌がらないんじゃない。No、と言えないだけだ。……判ってるだろう? お前、には」
「……おや、そうだったかな? 私は、強制をした覚えはないよ。私の頼みを、君が退けないだけ、だ。──じゃあ、私も支度をしてきてしまうから。すまないけれど、何処かで時間を潰しててくれないかな」
台詞とは裏腹な、無邪気とさえ感じられる笑みに、セッツァーは渋い顔を作ってみせても、エドガーは、態度も口調も面の色も変えず、支度を整えてしまおうと、ギャンブラーの脇を、すり抜けようとした。
──厄介な相手に、惚れてしまった。
そんな自覚が、最初から、セッツァーの中に、無かった訳ではない。
だが、引き返そうと思った時には、もう手遅れだった。
己が惚れた『男』が、どれだけ質の悪い人間なのか、思い知らされた時には、もう。
引き返せない所に、彼は立っていた。
セッツァーが惚れ抜いてしまった人物、それは、エドガー。
性別を同じくする、砂漠の国の国王陛下。
その事実が、如何なる事か良く判っていても尚。
彼は、エドガーに惹かれて行く自分を、止められなかった。
……だが。
男相手に、身分違いの恋をしてしまったそれが、真実の『厄介』だったのではない。
──『厄介』だった部分。
それは、エドガーと云う人間の、性質にあった。
セッツァーの想い人である、フィガロの国王陛下は。
頭の先から足の先、骨の随まで、国王陛下、に他ならない、そんな性分を持ち合わせていて。
祖国の『利益』になるなら、国が潤滑に動くなら、ありとあらゆる謀略を巡らせようが、それ以外の事がどうなろうが構わなく。
果ては、己に近付き、好意を示す対象の──その対象が、下心故に近付いて来ようが、計算の上で近付いて来ようが、真実の好意で近付いて来ようが──『想い』も全て、利用して憚らない男だった。
だから。
セッツァーが、神懸けて愛を誓おうが、想いを吐露しようが。
その想いを役立てる事以外の興味は、エドガーにはない様で。
思わせ振りな態度、仕種、言葉、でセッツァーを振り回し、期待だけは持たせ。
彼に見せるそれと同じ、思わせ振りな態度を、己に好意を示す、利用出来る対象に、エドガーは振り撒いて歩く事を、止めなかった。
だが。
──致し方ない。
惚れた相手は、一国の運命を預かる王なのだから、致し方ない。
そんなエドガーの態度も、最初の内はそう想う事で、セッツァーは耐えて来た。
何も彼も、市井の様には行かぬ相手なのだから、仕方ない、と。
惚れた相手に利用されようが、どうされようが、それはそれで、ある意味、至福、だった。
あの、世界を救う冒険の旅で友となったロックに、
「エドガーとは、ね……。厄介な相手に、惚れたな、セッツァー」
と云われても。
肩を竦めて苦笑を返せた。
「ま、断れない、か……。何を云われても、何をされても。惚れた弱味ってのはあるし。何より、『あの』エドガー、だし。男相手だろうと、女相手だろうと、あいつ、示された好意を手玉に取る方法だけは、良く知ってるからね。飴と鞭の使い分けに長けてるって云うかさ。……それに、例え、そう言う対象として惚れてなくったって。あいつの綺麗な顔で、頼むよって微笑まれて、期待してるって囁かれたら……ま、嫌と言える人間は、少ない……かも。上手いんだよね、そう言うの、ほんっとに。……かく云う俺も、騙された口、でさ……。……あいつ……何て、云うか……。人を魅せさせる、って…云うか……」
そんな風に、酒場の隅で、想い人を評価されても。
「……小悪魔だからな、あれでいて」
友の弁に、素直に頷けた。
──愛した人の周囲に群がる、数多の男達にも、女達にも、嫉妬を感じた事はなかった。
恋多き王、として、エドガーが名を馳せても。
気になど、ならなかった。
彼が睦言を囁く令嬢達は皆、フィガロの政治の為に必要な人物を身内に持つ、王にとっては、幾億もの世辞を吐くだけでそんな女達の取り成しが円滑に行くなら、と云う程度の存在でしかなかったから。
……事実、エドガーは。
与える期待は程々に、と云うのが信条でもあるらしく、捨てる程の睦言を、数え切れぬ程の女人達に囁きつつも、接吻一つ、しようとはしなかった。
何時の話だったか、そんなに引き止めておきたい女達なのに、何故、キスの一つもしないのだと尋ねたセッツァーに、唇を重ねれば、次をねだるのか女だと、真顔で云ってのけた事すらある。
甘やかな言葉と微笑みだけで、相手が期待を持ってくれている内は、それでいい。
計算尽くのそれでも、関係が進めば、誤解し、独占欲と云うものを発揮するのが女だから、と。
王は、そんなスタンスで、令嬢達の『期待』を、操っていた。
『職務』の範疇を越え易い『女』は邪魔だ、図に乗られたら堪らない、そう云って、王族には慣例の、夜伽の者さえ、近付けなかった。
醜聞が立つのは、万が一にも御免だ、と。
高潔、ではなく、潔癖、なまでに。
想い人は、王、だった。
……でも。
『王』。
想い人は、『王』。
そんな風に、最初の数カ月は、自身を騙せても。
彼に、期待を持たされる自分が、彼に期待を持たされる幾多の者達の中の一人でしかない、と云う現実までは、騙せなかった。
エドガーにとって。
……そう、『国王』にとって。
自身は唯、飛空艇と云う便利な道具を所持している、使い勝手の良い友、と云う以外の、何者でもないのではないかと、セッツァーは、思わざるを得なかった。
あの男に、真だろうが、偽りだろうが、愛だの恋だのと云った感情など、微塵も通用せず。
他人は──否、恐らくはエドガーと云う『自身』さえも、利用価値があるか無いか、それだけで振り分けられていくのではないかと。
そして自分も。
フィガロと云う国にとって役立つか否かだけで、期待を与えられているのではないか。
ギャンブラーであり元・空賊であると云う過去と、その放蕩者が持ち得る艇とコネクションとを、メリットとデメリットの秤に掛けた結果、微笑まれているのではないのか……と。
セッツァーは、思う事を、止められなかった。
なのに。
引き返そうと思っても、引き返せない。
エドガーに、魅せられる事から、惹かれる事から、目を背けられない。
彼に引き寄せられて群がる、期待持たせられた、数多の者達同様。
──……想い人は、男なのに。
群がる者達を従え、『巣』の繁栄だけに生きる、Queen Beeだとすら、セッツァーには感じらる。
自分は、生涯も、命も、捧げる事を義務付けられた、牡蜂でしかない、と。
…………でも。