階段には今だ、所々で兵士達が待ち構えているから。
エドガーを庇いつつ剣を振るい、邪魔者を斬って捨てていると云うのに。
「ずうっとな……。ずうっと……考えてた……」
螺旋を描くそこを、地上へと下りながら。
夢見る様な声音で、セッツァーは云った。
「……何、を……?」
倒された兵士が零した剣を、エドガーも拾い上げたが。
セッツァーはそれを振るう事を許さず。
「知ってる筈だ、お前は、な。お前だけは…な。どうしたら、この『不安』が消え去るのか、を」
背(せな)に恋人を隠しながら、彼は階段を下り続けた。
「…ああ。知っているよ…。……多分…多分、ね。君の抱える不安は、私の抱える不安と、等しいから」
何故、己が戦う事をセッツァーがよしとしないのか理解出来ぬまま、夢見る声音にエドガーは答える。
「……だから、な。本当は俺は、お前をこの手で、殺してしまいたかったのかも、知れない。……そうしなければ『不安』は、消え去らないのかも知れないから。でも、な……。でも、何故……──」
キン……と、鍔迫り合いの音をさせつつ、セッツァーは、兵士の一人を階段から蹴落とし。
「何故俺は、そんな事、考えたんだろう……。『今でも、考えるんだろう……』。お前が守れれば、俺はそれで良かったのに。お前が愛せれば、それで良かったのに。お前が見えなくなるだけで、俺はお前を、殺したくなる……」
──声のトーンは、変えず。
「だから……エドガー? 『折角の機会』、だから……。本当は……放り込まれてた地下牢の中で…もう少し、物わかり良くなろうと思ったんだが……出来そうにも…無くて……やっぱり、お前の姿を見ると……俺は……──。だから、エドガー……。傍に、居て……くれ…。『折角の機会』だから。片時も離れず、傍に……。──守れれば。お前が傍に居てくれれば。お前を手放さずに済めば。俺は多分……もう……──」
穏やかだった眼差しを、振り返る度に少しずつ、縋る様な色へと移し。
血膿みの滲むエドガーの手首を、恐る恐る掴み。
けれど、男達を殺し続ける右手の動きは、優雅と言える程に。
彼は。
「…………何も、彼も……。君の望む、通り、に……──」
エドガーからその答えを得るまで、夢見る声音で、語り続けた。
辿り着いた地上にて。
血脂の巻き付いた、使い物にならぬだろう剣を、今度こそ捨て去り。
セッツァーは、血塗れの躰で、血塗れの恋人を、強く抱き締めた。
むっとする様な血臭が、自身からも、エドガーからも立ち昇る事が、何故か今は、嬉しかった。
重たく濡れた、金の髪を掻き上げ、同じ様に重たい、自身の銀の髪を跳ね上げ、『他人』の触れた喉元に、彼は歯を立てる。
幾度となくそうしてみても、『足りなかった』。
「……エドガー……」
最愛の人の肌を確かめながら、セッツァーはぽつり、その名を呼ぶ。
「……何だい……」
呼び掛けに、エドガーも又、静かに答えた。
「愛してる……んだ……。だから…。傍に……居てくれる……か? 本当、に? 例え……例え俺が、お前を繋いで、何処かに閉じ込めても…?」
恐れる様に、セッツァーは、問いを口にした。
「云ったろう? ……何も彼も、君の望む、通り……に。──君をね、私は愛してるから。嘆かなくていい。不安にならなくて、いいよ、セッツァー……」
脳裏を、ちらりと掠めた弟に、胸の片隅で詫びながら。
エドガーは唯、頷いてみせた。
黄土に慈愛注ぐ、我等が神の名の元。
性同じくして生まれた者との交わりを禁ず。
最大にして、最悪の罪なれば。
──その後。
この、砂漠の国の神の定める、深き深き禁忌を破り、深き深き罪を犯した彼等の行方は。
杳として、知れない。
thank you
By Kaina Umino
since Mar.13.2002.
後書きに代えて
……病んで、ます?(汗)
いや、何か……私の見解では、ギャンブラーさん、病んでしまって…。折角、救いの手を差し伸べてくれたマッシュを、何となーく、うすらぼんやり、裏切るよーな……何と云うか、その……(目線逸らし)。
最初は、ですね、同性愛の重たさと、立場ある者が禁忌を犯す事ってのを、書こうかなー…と、そう思いまして、『優しい悪魔』な設定の二人にも、こう……決着って云うんじゃないんですが、一応の『形』を付けたく、双方を合致させた話を、書いたんですが。やたらと長くはなるし……。
……病んでる?(汗を掻きつつ、上目遣い)
──宜しけれ感想など、お待ちしております。