────どれ程、追い詰められても。
 どれだけ、責め立てられても。
 セッツァーが知りたいと望んだ秘密を、エドガーが語ることはなくて。
 頑に、エドガーが口を割らないから。
 セッツァーも又意地になったように、我の強い恋人を、貶めるだけ貶めて、解放しようとはしなかった。
 だから、二人が『突然の逢瀬』を始めた昼下がりから、幾許、とは言えぬ程度時が流れた後も。
 エドガーは、快楽を通り越した、苦し気な声を上げ続け、セッツァーは、そんなエドガーの耳許で、愛とも言えぬ囁きを、繰り返していた。
 けれど、やがて。
 終わりが見えそうで見えない、自堕落な『逢瀬』に、事を仕掛けたセッツァーの方が、痺れを切らし。
 やけに丁重な手付きで彼は、自ら動くことの出来ないエドガーの躰を抱え上げ、寝所を出。
 王の自室を横切り。
「……セッ……ツァ…………? な、に…………?」
 そんな恋人へ、焦点の定まらぬ瞳、抑揚の失われた声、それを何とか動かし、響かせ、何を? とエドガーは問い掛けた。
 だが、縋るような視線、絶え絶えの声、と言った、ともすれば、ゾクリとクるような仕草や響きを注がれても、セッツァーは、薄い笑いを返すのみで。
 彼は。
 一糸も纏わぬ…………否、両の手首を縛めている白い絹だけを身に纏わせたエドガーを、その腕に抱えたまま、部屋の片隅の、瀟酒な造りのガラス戸を、蹴り上げるように開け放って。
 何処までも広がる、晴天の青空が臨めるベランダへ、するりと忍び出て、空と、陽光の眩しさに細めた眼(まなこ)を、一瞬後に、驚愕の形に見開いた恋人を、とん…………、と。
 ベランダの、手摺に凭れさせつつ、立たせた。
「何、を…………考え、て…………っ!」
「ん? お前の口を、割らせる方法」
 『情事』によって、溶かされてしまった思考でも、もしかして、恋人は、ここで続きを……? と、思い至れたから。
 エドガーは、面を蒼白にしながら、返って来る答えが判りきっている問いを、セッツァーに投げ。
 セッツァーは、エドガーの想像通りの答えを、事も無げに返した。
「……ど、うして……こんなこと……まで……っ!」
「…………そうさなあ。一言で言うんなら、独占欲の副産物ってトコだな。お前が意地を張り過ぎたのも悪いし」
 そうして、セッツァーは。
 手摺に凭れ掛けさせたまま、恋人の躰を軽く、が確かに押さえ込んで、その白い内股を、撫で上げるように蠢かせた指先で、エドガーの腿を開かせ、その、奥へ奥へ、と。
 冷たい、その手を潜り込ませ。
 仰け反る背へ、唇を寄せ。
「……このままここで、最後までするか? それとも、降参するか?」
 楽しそうに、忍び笑いながらセッツァーは、どうする? と。
 ………………故に。
 とうとう、全てのことを、放棄したかのような風情で。
「………………本、当……に……。言いたく、なかった……のに…………」
 呻くように、エドガーが洩らし始めた。
「……何が」
 だから、セッツァーは一度(ひとたび)、その手の蠢きを止め。
「…………いや、いい。後で聞く」
 何処となく、何か切羽詰まったような様子で、唇を開き掛けたエドガーを押し留めると彼は、そのまま、固いベランダの石の床に、エドガーを引きずり倒して、それまで、与えようとしなかった自身の欲を、幼子がむずかるような風情で嫌々をしてみせたエドガーへと、性急に穿ち切って。
「声、出すなよ?」
 冗談のような、本気のような、囁きをくれてから、恋人へ、深いキスをも与えて。
 

 

「君なんか、大っ嫌いだっっ! もう知らない。もう愛想が尽きた。ぜっったいに、二度と、許さないっ! 大体、一寸隠し事をした程度のことで、あんなこと、しかも、ベランダの床の上でするんだ、君って男はっ! 恥知らずにも程があるだろうにっっ! あーもー、君の顔なんて、見たくもないっっ!」
 ────だから、情事が終わった後。
 力の籠らなくなった躰を、セッツァーに寝台へと運んで貰い終えてから。
 頭から毛布を被って、散々、エドガーは喚き続けた。
「ああ、悪かった、悪かった。一応、反省はしてやる。……………で?」
 だが、心底の怒りを滲ませて、エドガーが喚きを続けても、セッツァーが放つ詫びの言葉は、上っ面だけのそれで、何処にも、欠片程も、反省の色を窺わせず彼は、結局、お前の隠し事は何だったんだ? と、そんな話にばかり、水を向けた。
「………………私には……と言うか……、フィガロ王家の系譜に名を連ねる者には全て、ミドル・ネームのようなものがあるんだ……」
 すれば、エドガーは。
 この男は所詮、こういう男だった……と、深い溜息を洩らし、諦めを付けたように。
 ぽつりぽつり、『隠し事』を告白し始める。
「ミドル・ネーム?」
「そう。……正しくは、秘密の名前。王家に名を連ねられぬ者には、決して教えてはならないことになっている、秘密の名前。……エドガー・ロニ・フィガロ、と言う、『それ』、がね。私の隠し事……」
「『エドガー・ロニ・フィガロ』、ねえ…………。成程。──エドガー? お前の隠し事が一体何か、それは良く判ったが。どうしてそれを、リルムには教えて、俺には教えたくなかったんだ?」
 ぶつぶつと、誠、聞き辛いトーンで、秘密を語り出したエドガーに、一先ずの納得は示したものの。
 何故、ああまで頑に? と、セッツァーは再び、首を捻り始めた。
「……宗教上、とか。しきたりで、とか。そういう理由で一応、私の『ロニ』という名は、秘密の名、ということになってはいるけれども。私はそんなこと、はっきり言ってしまえば、どうでもいいことだと思ってる。隠し名を他人に知られたからと言って、呪われるの何のと、怯えなくてはならないような時代は、もう何処か遠くに行ってしまったから。でも、一応。決まりは決まり、だから。私もそれを、他人に教えて歩くようなことは滅多になくて……。でも…………」
「でも?」
「私はそんなことに、重きを置いたりはしないから、秘密の交換、という形で、リルムには、気軽に教えたりも出来たけど……。やっぱり……その…………秘密は、秘密、で……。私と、私の家族以外知る由もない、私の最後の秘密、で…………。だから、その……」
「……だから? 何なんだ? はっきり言いやがれ」
「………………私の全部を、君に明け渡してしまうようで……。最後の秘密まで、君に捧げてしまったら、何も彼も……身とか、心とか、もしもあるなら魂、とか。……そう言ったモノ以外の『モノ』まで全て、君のモノになってしまうようで、何となく、嫌だったんだ…………」
 ──秘密は秘密でも。
 リルムに言えたようなことが、何故自分には言えなかったのだ、と、セッツァーが首を捻り始めた気配を、察したのだろう。
 潜り込んでいた毛布の中から、目許だけを覗かせて、寝台の傍らに腰掛ける、恋人を上目遣いで見て。
 ごにょごにょとエドガーは、更なる理由を告げた。
「……だから。何で、『それ』が嫌だったんだ?」
「…………………………何も彼も、全部、君に明け渡してしまったら。もしも、私の前から君がいなくなった時、私の中には、何も残らないじゃないか…………」
「……はあ?」
「…………もしも、君が私を捨てるようなことがあっても。一つでも何か、君に明け渡してないモノが私の中に残っていれば。君にも渡さなかったモノが、私の中にも残ってる、って。残っているモノがあるから、私は君のモノである私ではなくて、私だけの私だって、何とかでも縋れるじゃないか…………。だから……『最後の秘密』くらい、君には隠しておこうかと、そう思って…………」
「………………お前は、馬鹿か?」
 上目遣いで、様子を窺ってみたり。
 そうやって持ち上げた視線を、外してみたりしながら。
 ぼそぼそ、エドガーが告げた『理由』を聞き終えて。
 セッツァーは一瞬、その紫紺の瞳を見開いたが。
 次の瞬間彼は、呆れた……と言わんばかりに、盛大な溜息を吐いて、馬鹿、との一言を、恋人へと投げた。
「……何で。私には結構、切実なことなのに…………」
「それを差して、馬鹿っつってんじゃねえんだよ、俺は。……どうしてお前は、俺に捨てられたら、とか、俺がお前の前からいなくなったら、とか、そんな、下らないことを想像するんだ? そのことを、馬鹿っつってんだ、俺は」
 そうして、彼は。
 頭から被った毛布の中で丸まっている恋人を、その隠れ家から引きずり出し、子供をあやす時のように、膝上に乗せて、盛大な溜息を、幾度も幾度も、わざとらしく聞かせながら、至極不機嫌そうな恋人の背を撫で始める。
「……っとに…………。下らないこと考えてる暇があるんだったら、もっと、素直になる方法でも研究しとけ。俺がお前を捨てることなんざ有り得ねえし、お前の前からいなくなることだって有り得ない。────エドガー。これから先。お前と二人っきりでいる時は、嫌味ったらしく、ロニって呼んでやるから、覚悟しとけ。最後の秘密を打ち明けても。最後の秘密さえ、明け渡して、俺に、そう呼ばれるようになっても、俺は何処にも行かないって、思い知らせてやる」
 馬鹿にしているように。
 けれど、優しく言い聞かせるように。
 背を撫でながら、セッツァーは、そうやって、エドガーに囁きをくれて。
「ロニ。…………お前が死ぬ、その瞬間まで。俺はお前を呼んでやる。……楽しみにしとけ? ロニ」
 言い聞かせられても、背を撫でられても、囁かれても、不機嫌さを収めようとしないエドガーの耳許で、楽しそうに、笑った。

 

 

End

 

 

 

後書きに代えて

 

 前書きの方にも書きましたが、このお話は、セツエド同盟の方の企画の、『お題投稿』の方に寄稿させて頂いた作品です。
 ──…………確かねえ、私ねえ、この話を書き出した時、可愛い「えっち」にしよーっと♪ ……とか何とか思って、書き出したような覚えがありましてですねえ。
 ……一応、私の認識の中では、可愛い系に分類されないこともない「えっち」シーンなんですが…………、可愛い、かな、これ……(首捻り)。
 それでは、宜しければ御感想など、お待ちしております。

 

 

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