final fantasy VI

『見えない貴方』

 

 

 

 

 飛空艇の底部を、岩肌に擦り付ける、嫌な音が辺りに木霊する中。
 サーベル山脈に、数多とある谷間の一つに、飛空艇は不時着した。
 穏やかな天候を裏切り、突然、谷を駆け抜けた強い強い、荒れ狂った突風に煽られた艇が、傾いだ姿勢を正す暇さえ与えられず、山肌に叩き付けられた結果だった。
 飛空艇が受けた衝撃を、和らげるものなど一切ないまま受け取り。
 艇が煽られた時、ふわりと浮き上がった次の刹那、オーク材の床へと落とされ、滑り。
 ガリガリと、唯でさえ傷付いた底部が、大地を滑って更に削られる振動にも揺さぶられ、人々は、意識を手放した。
 だが、失(なく)した意識は直ぐに、彼等自身の手の内に戻り。
「……何やってんだよ、セッツァーの奴ぅぅっ!」
 乗り合わせた者達の、誰のものとも判らぬ、操縦者へと向けた罵りの声が湧いたが。
 ロビーに居合わせた者達が、ふらりとする頭(こうべ)を振って、何とか立ち上がっても、操舵を握っていた彼は、降りては来なくて。
 不安を覚えた者達が、甲板へと足を運んでみれば……そこには、握り締めていただろう操舵さえも手放す程、激しい勢いで、床へと叩き付けられたらしい彼の、昏倒する姿が、あった。
 

 

「セッツァー? 気がついた?」
 ファルコンの甲板に、ぐったりと倒れていた操縦者、セッツァーを、仲間達と共に、艇長室へと運び。
 寝台に横たえさせて、数刻。
 漸く、呻き声と元に身じろいだ彼へと、傍らで付き添っていた人、エドガーが声を掛けた。
 ──彼等は、同性同士であるが。
 又、恋人同士、でもあり。
 例えそれが、許されぬ恋路だと判っていても、何ものも恐れず二人は、手に手を取って、その運命を歩こうと決めた仲だった。
 そしてそれを、この冒険の旅を共にしている仲間達も気付いていたから。
 自らの意思と、周りの勧めにより。
 あの不時着の時、意識を失ったセッツァーに、この数刻片時も離れず、エドガーは寄り添っていた……のだが。
 倒れた時、強かに打ち付けたらしい頭を振って、寝台から起き上がったセッツァーは。
「……ああ。未だ、寝ていた方がいいよ?」
 身を擡げた己を気遣い、差し出したエドガーの手を、きつく弾き返すと。
「………誰だ? てめえ」
 紫紺の瞳に鋭さだけを与えて、『恋人』の顔を睨み、抑揚のない声で不躾に問い掛けた。
「え……? やだな、セッツァー、何を云って…──」
「──軽々しく、俺の名前を呼ぶんじゃねえよ。誰だって、そう聴いてんだ、俺は」
「セッ……ツァー? 私が……判らない……?」
 一瞬。
 エドガーは、セッツァーの云うことが判らず戸惑いを浮かべ…が、直ぐに、その『意味合い』に気付く。
「ああ、判らねえな。一体、誰だ? 何故、俺の傍にいる? ……夕べは、そんなに飲んだ覚えはねえし……。……お前…男娼……って訳でもなさそうだな、その形(なり)じゃ。────ん……? 夕…べ……? 夕べ…俺は、何処にいた……? ここは、何処……────え……? ファル……コン……? ファルコン? ダリルの、艇? …まさか……そんな、筈…………」
 眼前で、驚愕の表情を湛えたエドガーを、セッツァーは訝しげに見遣り、次いで、辺りを見回し。
 彼は、エドガー以上の驚愕を、紫紺の瞳に浮かべた。
「……セッツァー…?」
「…………お前…本当に、誰、なんだ……? どうして、俺やお前が、ダリルのファルコンにいる……? この間……ああ、そう遠くない、『この間』。俺は、やっと…一年掛けて、ファルコンを見つけて……」
「セッツァー。セッツァー、しっかり…しっかりしてくれ…」
「…ああ、残骸、を……。ダリルは…死んだ……かも知れないから……。だから…俺がこの手で、ファルコンを直して…あいつの墓、に……。有り得ない、こんなこと…。眠らせた筈のファルコンが蘇るなんて……」
 ──驚愕を覚えた彼は。
 何とか落ち着かせようと、エドガーが話し掛ける声にも耳を貸さず、唯々辺りを見回し、持ち得る限りの記憶を辿る。
「セッツァ……セッツァーっ!!」
 何とか、その意識を己へと傾けさせようと。
 エドガーは、セッツァーの耳元で怒鳴った。
「何……だ…。──うるせえな、でけえ声出さなくても、聴こえてる」
 大声は、セッツァーの不興を買ったが、甲斐はあり、恋人の戸惑いを逸らすことには成功し。
「幾つか、聴きたいことがあるんだ。いいかな」
 枕辺の、小さな椅子に腰掛け、エドガーは真剣な表情で、彼を見た。
「……ああ」
 故に、機嫌を損ねながらもセッツァーは、眼前の『他人』に同意する。
「miss.ダリルは、何時…行方不明に?」
「…………一年前」
「君の年は?」
「22」
「今年の年号は?」
「……995」
「…………成程、ね…」
 ──セッツァーの瞳を見据え、幾つかの問いを重ねた後。
 エドガーは、大仰な溜息を付いた。
「何だってんだ、一体」
 鬱陶しい、と、彼の溜息に、セッツァーは又、憤った。
「あのね、セッツァー。今年の年号は、1001年に当たり。君の年齢は、27……ああ、もう、28になったんだっけね……。──この艇は、君自身がmiss.ダリルの墓所より蘇らせて、我々を乗せてくれている。多分……さっきの不時着で、この六年程の記憶を、君は飛ばしてしまったんだろうね」
 …22の時の彼は、随分、短気だと。
 内心に、そんな感想を抱きながら、エドガーは、状況を説明する為に、セッツァーに話を始めた。
 世界のこと。自分達が置かれている『今』。
 一年前に始まった、この冒険の旅のこと、自分達とセッツァーの関係。
 先程の、不時着騒ぎも。
 長い、時を掛けて。
 エドガーは、語った。
「信じろ……ってか? それを。今直ぐ? サーベル山脈の嘲りに、この俺が、負けたって事実もか。お前達と、世界を救う為の旅とやらに、一年も前に俺が首を突っ込んだ、だと? ……有り得ねえよ。……有り得ねえ……」
 窓から射し込む陽光の傾きが、角度を変える程の時間を費やして、エドガーが語った様々な出来事を聴き終え。
 セッツァーは、感想を洩らした。
「だが。事実、だ。私の語ったことが偽りだと云うなら。何故、『この間』君が眠らせた筈のファルコンが、ここにある?」
「それ、は………」
「納得出来なくてもいい。信じてくれ、セッツァー。私は嘘は云ってない。私は……私は、君、の……」
「俺の、何だ?」
「その……親…友……だった、のだから。例え、今の君がそれを覚えていなくとも、ね……」
 そんな戯言を、俄には信じられぬと云うセッツァーの感想を打ち砕くべく。
 言葉を重ねたエドガーは。
 …………一つだけ、嘘を吐いた。
 どうしても。
 恋人同士だった……とは、言えなくて。
「親友? 俺とお前が? 馬鹿云ってんじゃねえ。それこそ、信じられるか」
 すれば、セッツァーは。
 『親友』、と云う響きを、どう受け取ったのか。
 笑み、を……背筋が凍りそうな、ぞっとする笑みを浮かべ。
 面から、一切の感情の色を消した。

 

 

 

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