「……何故?」
「友なんて。俺には必要ないからだ。必要ないものを、作ったりなんざしねえだろう。……お前の話が事実だったとしても。俺と現実の間に横たわる空白は、たった六年だ。親友なんざ拵えたがるような奴に、たった六年で、俺が……」
「miss.ダリルを、失ったから?」
「…………失ってないっ!! 失った……訳じゃねえ……。亡骸を、俺は見つけた訳じゃない……。唯、あいつ、は……俺の知らない場所で、飛んでるだけ……かも知れない……」
「じゃあ……何故、墓を……?」
「……うるっせえなっ! てめえに一体、何が判るってんだっ! 俺とダリルの、何が判るっっ。勝手に目の前に現れて、勝手に事情押し付けて、挙げ句、親友だとほざきやがってっ。……入ってくんじゃねえ。ダリルの……ダリルの艇に、お前等みたいな……っ……」
「……セッツァー。年月はね。人間を、変える……。私が君と出会った時。少なくとも君は、私を受け入れてくれた……」
──セッツァーが、全てを閉ざした、と気付いても。
如何なる声音で、如何なる罵声を放たれても。
エドガーは、退かなかった。
…不時着の衝撃で、記憶を欠如させてしまった恋人に。
しっかりと、『この現実』を受け止めさせなければならなかった。
『現実』を受け止めさせれば……全てを、取り戻してくれるような気も、していた。
だが。
エドガーは。
セッツァーが、『全てを閉ざした』ことの意味合いと。
彼の中の時が、今は、ダリルを失ったばかりの数年前まで立ち返っていること、そこで留まってしまっていることを、それ程深くは、考えていなかった。
今、セッツァーの中で止まってしまった『その時』が。
恐らくは、彼がこれまで過ごして来た生涯の中で、最も辛かったろう一時期であること、も。
判ってはいても……深くは、考えなかった。
「…………いい度胸してんな、お前。──俺の親友だと、ほざきやがったな、てめえ。だったら、判ってるだろう? 俺が、空賊だってことも。悪名高い、勝負師だってことも。過ぎる程に、遊んで来た、人生だ……ってのも」
どんな態度を見せつけてやっても、エドガーが引かぬことを悟ったのか。
紫紺の瞳に、凶悪そうな色を浮かべ。
徐に。
だが、意外な程の早さで。
セッツァーは、エドガーへと両腕を伸ばした。
その、喉元へ、と。
「セッ……──」
広げられ、力込められたセッツァーの指が首筋に絡んで、エドガーは呼吸を声を奪われる。
…呼吸さえ。
「…フィガロの王様だか何だか知らねえが。俺の、親友だ? 現実を見ろ、だ? 冗談じゃねえ。俺はちゃんと、『現実』の中にいる。お前こそ、ちゃんと見ろよ、目の前の現実って奴を。何時、何処で、誰を、腹立たしい、それだけの理由でぶっ殺したって、気にも止めねえんだよ、俺は。……お前みたいな、偽善者面した男、受け入れて堪るか……」
ゼイ……と、喉を鳴らして、苦しげに伸ばされたエドガーに、薄い衣装の上からきつく爪を立てられても。
何の感慨も示さずセッツァーは、相手の苦悶を見下ろして。
「死んでみるか? 今ここで。それとも、下らない御為ごかしを云うのは止めて、とっとと俺の前から消え…………────。ツっ……。何……──」
エドガーへと伸ばした腕に、更に凶暴な力を込めようとしたが。
ふと、顔を顰め。
締め上げていた喉元から手を離し。
頭を抱え、寝台の上に崩れ落ちた。
「……セッ……。ゴホっ……──セッツァー……?」
漸く吸い込めた息に噎せ、生理的な涙を眦に滲ませながら、身を丸めてしまった彼に、エドガーは近付く。
「いっ……。あ…たま……。ちく…しょ……どうし……て…こんな……っ」
「セッツァー、セッツァーっ! 痛むのかい……? …どうしよう……。薬、なんて……。あ……そうだ……」
たった今、殺され掛けたばかりだと云うのに。
苦しむセッツァーを案じ、どうしたら、と慌て。
試してみる価値はあるかも知れないと、彼は、口の中でブツブツ、呪を呟くと、ポッ………と、掌中を輝かせた。
癒しの呪の、淡い光を。
「……どう…? 多少は、違う…?」
掌中から溢れた柔らかく、暖かい光が、セッツァーへと流れ、その全身を包み、終(つい)え。
恐る恐る、彼は、セッツァーの顔を覗き込んだ。
「お…前……。馬鹿だろ…………」
覗き込んだ先の面から、苦痛が和らいでいるのを見て取り、そっと、背を摩って来た相手に。
ぽつり、セッツァーは呟いた。
「馬鹿……っつーか…。お人好しっつーか……」
「そう……かな……。だけど……私、は……──」
「──俺の、親友だ…ってか? ……むかつくんだよ…」
恋人だった人が洩らした、その刹那の呟きが、余りにも儚かったから。
少しは、気分を落ち着けてくれたのかと、エドガーは期待したが。
そんな態度さえも神経に障ると、セッツァーは、傍らの彼を突き放した。
「兎に角……出てけ。今直ぐ、この部屋から。俺の、目に触れる処に顔を出すな。他の連中にも、な」
「でも、セッツァーそれでは……」
「いいからっ! 放っておいてくれっっ。──降りろ、とは云わねえでおいてやる……。サーベル山脈から抜け出して、何処かに辿り着くまでは。その代わり、俺の前から失せろ……」
「………………判った……。だけど、セッツァー? あの……後で、食事……運んで来る、から……。その時くらい、は…君の前に顔を出す許可を貰いたいんだが……」
「外に置いときゃいいだろうが」
「そう……。じゃあ……。何か、あったら……呼んで、くれれば……──」
────何処までも、拒絶の態度を、セッツァーが崩さなかったから。
出て行け、と云う命に、否応なく頷き。
立ち上がったエドガーは、後ろ髪を引かれつつ、キャビンから出て行った。
「なんなんだ、あいつは……。冗談じゃねえ……」
望んだ通り、艇長室に、一人残ったセッツァーは。
未だ、微かに痛む頭を押さえつつ、ぶつぶつ、文句を零し。
「親友……ね。……ダリルがいなくなっちまった今、んな存在…………──。でも………………」
それでも。
退けた人の後ろ姿を、睨むように細めた瞳で、探した。