「君は……確かに、私の知らない君、だ……。私を見てくれない君を、私は知らない……。でも……私を愛してくれた君も、私を知らない君も……君であることには、変わりない。憎んだり…恨んだり……突き放す、なんて……私には出来ない。──我ながら、ね。甘いと思うし、馬鹿だとも思うけど……」
 額を緩く、胸へと押し付けつつ見上げるセッツァーの瞳を受け止め。
 ポツ…っと、エドガーは云った。
「…………そんなに大切か…。『そいつ』が」
 頭上から振って来た言葉に、セッツァーは溜息を零した。
「そいつ……って。私の恋人は、君、だよ。六年後の…だけれどもね。でも。君は、君、だ」
「いいや。違う。俺は、お前を、知らな……知らなかった。六年後の、お前が愛した男とは別人だ」
「そうかもね……」
 君が、『愛した君』である事実は変わらないと云う台詞に、セッツァーが、それは違う、と云うから。
 その時エドガーは、曖昧に笑った。
 彼の人は、未だ、手の届かない遠い所から、帰って来ようとしない、と。
「なあ……おま……──エドガー」
 そんな、彼の曖昧な笑みに。
 セッツァーは少しばかり、苦しそうな顔をした。
「何だい?」
「お前……どれだけ、六年後の俺のことを、愛してる?」
「どれだけ…………。──言葉では、言えないくらい、かな。それくらい、私は君……否、彼と云うべきなのかな。……兎に角。セッツァーのことを、愛しているよ」
「どうして?」
「どうして…と云われても……。……『君』、だから」
「成程……。──六年後の俺は、『いい男』か? お前が惚れる程」
「…………勿論」
「そう、か…………」
「…ああ」
 ──僅かに、辛そうで、苦しそうな顔のセッツァーが、徒然に問い掛けることの意味を探りながら。
 エドガーは、一つ一つに答えた。
 何故、そんなことを問われるのかは、判らないままだったけれど。
 本当のことを、彼は唯、言葉にして、告げ。
 その後。
「…馬鹿で、お人好しで、偽善者にも映る国王陛下が、六年後の俺の恋人、か……。────なあ、エドガー……? 22の俺がお前を抱いたら、やっぱりそれは、浮気って云うと思うか……?」
「……浮気…?」
「──キスしたくなった。お前に。六年後の俺が、お前に愛されたように。22の俺も、お前に愛されてみたくなった。……でもそれは……浮気なのかもな……」
「…もしかして、君……。六年後の自分に、妬いてる……?」
 ……その後、エドガーは、22のセッツァーが様々なことを問い掛けた理由は、『そこ』にあるのかもと、気付き。
 瞳を丸くした。
「……多分、な……」
 六年後の自分に嫉妬している、そう指摘され、セッツァーは苦笑いを深める。
「正直、な。今の俺には、お前って人間は少々、鬱陶しく映るが。お前みたいなのに出会ってたら……もう少し、俺も違う風に生きられるのかもって…思って…。でも……六年後の俺じゃなけりゃ、お前には駄目なのかもな……。今お前を手に入れたら……六年後、俺は、お前に惚れられた俺じゃ有り得ねえのかも……。だが……それでも、お前に愛されたいと思ったんだ……。無理だって……判ってても…」
「………………『君』が…『黙ってて』くれる、なら……。キス、だけ…なら……多分……」
 面を苦しげに歪ませたまま、ぽつりぽつり云うセッツァーに。
 少しばかり困り、エドガーは俯きつつ。
「…無理すんじゃねえよ。我慢なんて、望まねえよ……。それに……お前に、愛されてみたいかも、そう思ってから、少しずつ、目の前が霞んで来た、から……。そろそろ、お前の恋人が、目を醒ますのかも知れねえしな……。本当は…お前には出会えなかった俺だ。いい加減…退場した方がいいんだろうさ…」
 だが、セッツァーは、エドガーの胸から顔を上げて。
 眼差しを細め、あばよ、と……別れの言葉を音にせず告げた。
「セッツァ…? どうしたと……」
 別れを口にした彼に、エドガーは腕を伸ばし、縋ったが。
 縋った筈の体は崩れ、彼の膝の上に、銀髪の頭(こうべ)は落ちた。
「セッツァー? どうしたんだ? 何処か、痛むのかい……?」
 膝に乗ったその人の瞳が、少しずつ、少しずつ、閉じて行く中。
 両の頬をエドガーは掌で包んだ。
「六…年後……にな……」
 不安げに見下ろしてくる紺碧の瞳に微笑みを向けて、セッツァーは云った。
「…………ああ…。六年後…に……」
 だから。
 エドガーは。
 22のセッツァーの瞳が完全に閉ざされる瞬間、再会の為の接吻を贈った。
 

 もう間もなく帰ってくるだろう、『六年後の彼』には、内緒だよ、と囁きながら。
 自分を知っている、自分も知っている、六年後の彼の帰省を、待ち侘びながら。

 

 

 

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By Kaina Umino
since July.29.2002.

 

 

 

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