final fantasy VI

『指先の恋情』

 

 

 

 

 飛空艇の底部を、岩肌に擦り付ける、嫌な音が辺りに木霊する中。
 サーベル山脈に、数多とある谷間の一つに、飛空艇は不時着した。
 穏やかな天候を裏切り、突然、谷を駆け抜けた強い強い、荒れ狂った突風に煽られた艇が、傾いだ姿勢を正す暇さえ与えられず、山肌に叩き付けられた結果だった。
 飛空艇が受けた衝撃を、和らげるものなど一切ないまま受け取り。
 艇が煽られた時、ふわりと浮き上がった次の刹那、オーク材の床へと落とされ、滑り。
 ガリガリと、唯でさえ傷付いた底部が、大地を滑って更に削られる振動にも揺さぶられ、人々は、意識を手放した。
 だが、失(なく)した意識は直ぐに、彼等自身の手の内に戻り。
「……何やってんだよ、セッツァーの奴ぅぅっ!」
 乗り合わせた者達の、誰のものとも判らぬ、操縦者へと向けた罵りの声が湧いたが。
 ロビーに居合わせた者達が、ふらりとする頭(こうべ)を振って、何とか立ち上がった時。
 

 

 長椅子にふんぞり返って座る、『その男』は。
 随分と不機嫌そうに、自身を取り囲んだ一同を見遣って。
 溜息を吐きつつ、自身の長い銀髪を掻き上げた。
「…………で? だから?」
 一同が語ったことへ告げる声音も、その面や態度から滲んでいる不機嫌さそのままに。
「いや、だから。語っただろ? お前の名前はセッツァー・ギャビアーニって云って。この飛空艇の今の持ち主で。俺達はさっき、突風にやられて、サーベル山脈の谷間に不時着したんだよ。多分、その時に頭でも打って、記憶ないんだろうけど。で、俺達が飛空艇で何をしてたかって云えば──」
 渋い声を出して、どうでも良い風に語る男、セッツァー・ギャビアーニに、たった今説明したろう? と、一同の中より、マッシュが声を張り上げたが。
 どうやら、先程の不時着の衝撃で、説明されなければ己の名前すら判らない程、記憶を失ってしまっているらしいセッツァーは。
「それは、判った。何度も云うな、鬱陶しい」
 俺の云う『だから』は、事情が飲み込めない故の『だから』ではない、と、シッシッ、と手を振って、彼はマッシュを退けた。
「ああ、そうなのかも知れないな。俺はお前達が口を揃えて云うように、セッツァー・ギャビアーニって名前の、飛空艇乗りなんだろう。……お前達が延々語って聞かせてくれた『旅』の事情とやらも、俄には信じられねえが……ま、そうだって云うんなら、そうしておいてもいいさ。…………だがな。『これ』と俺が、恋人同士だったってのは、どう云う訳なんだ? どうして、そうなるんだ? お前等の話じゃ、不時着だかした時に、『これ』もおかしくなったってことだったが……。幾ら何でも、おかし過ぎないか? それに。どう見たって、『これ』だって一応は、男だろう?」
 そして、彼は。
 マッシュを退けた後。
 同じ長椅子の、己が傍らに座る『これ』、を指差して、再び溜息を吐き、顔を顰め。
 傍らの『これ』の『態度』に、あからさまな戸惑いを示した。
「あー………それ、は……その……。──それに。『これ』は『これ』、じゃなくって、エドガー。兄貴の名前も忘れちゃったのかよ……」
 セッツァーの戸惑いに、マッシュの言葉は詰まったが、一応、『それ』を『これ』呼ばわりするな、と、再度、セッツァーが忘れてしまった、傍らの『これ』の名前を告げる。
「自分の名前を忘れるくらいだからな。他人の名前なんぞ……」
 だが、そう云われてもセッツァーは、傍らの『これ』──エドガーの顔を見下ろして。
 どうしたらいいんだろう、そんな顔をし、三度目の溜息を付いた。
 

 

 数刻前、サーベル山脈の谷間に、飛空艇が不時着してしまった時。
 地面にダイブする瞬間まで操舵を握っていたセッツァーは、衝撃で投げ出され、したたかに頭部を打ち。
 己が何者であるのか、と云う記憶さえ、失ってしまっていた。
 ……が。
 セッツァーが記憶を失ったあの刹那、床に打ち付けられた人々が起き上がっても、エドガーも、意識を失ったままで。
 怪我でもしたのではないかと、駆け寄った仲間達に抱き起こされ、揺すられ。
 それから暫くの後、ゆっくりと、紺碧の瞳を見せた彼、エドガーは。
 セッツァー同様、それまでの記憶を失っていたばかりか。
 言葉さえも、失(な)くしていた。
 弟や友人達の問い掛けに、声に、薄い反応しか返さず、呻き声のようなものだけを洩らす彼が、ひょっとしたら、記憶喪失に掛かると同時に、失語症までをも患ったのではないかと、仲間達が気付いたのは。
 何も語らず、困ったように、自分達を見詰め返すエドガーの胡乱(うろん)さを見てしまった瞬間、だった。
 そして、その瞬間は。
 何時まで経っても甲板から降りて来ないセッツァーの、様子を伺いに行った者達が、やはり、エドガー同様、オーク材の上に伏していた彼を叩き起こし、彼も又、記憶を何処かに置き去りにして来たらしい、と云う事実を悟った瞬間でもあって。
 セッツァーが落ち着くのを待ち、仲間達は、彼等を前に、これまでのことを一つ一つ──と云っても、エドガーには少しも理解出来ていない様子だったが──語り。
 語られたセッツァーは、唯、途方に暮れ。
 記憶も、言葉も失ったエドガーは。
 何故か、どことなく怯えた風にしながらも、セッツァーの傍らから、離れようとしなかったから。

 

 

 

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