──逃げを打つ恋人の姿を見る度。
己の与える荒々しい愛の辛さから、逃れようとする姿を見る度。
そうさせているのが、他ならぬ自分だと、判っていても。
苦しめているのは己だと、知っていても。
足掻く腕を、もぎ取ってしまいたくなる。
……セッツァーは、そう思う。
「エドガー……? お前の全てを、俺に見せてくれるんだろう? ……なあ。何時もの様に。そうだろう?」
長椅子の上から半身だけを起こしてやり、背から抱き締めた腕の中から、ずるりとはみ出たエドガーの腕を、セッツァーは思いきり捻り上げた。
「…ああっ!」
強い力で、不自然な方向に曲げられた腕の痛みに、エドガーが、高い悲鳴を上げる。
──自分が与える辛さによって。
……そう、彼が自分だけに見せてくれる苦しみも嘆きも、見てみたい、と。
それは、己だけのものだ、と。
そうだ、確かにそう思う。
けれど。
本当は決して、彼を痛めつけたい訳じゃなくて。
哀しませたい訳じゃなくて。
苦悶の表情を、浮かべさせたい訳でもなくて。
なのに、腕だけでは飽き足らず。
恋人が、自身の意思で、何処かに赴く為の脚、それすらも、もいでしまいたくなる。
…………彼は、そうも思う。
「セッツァーっ! ……やめ……っ。痛……っ。…あ………。ああ……」
ずきりと痛む腕の訴えを、何とか忘れようとして、冷たい床を自然求めたエドガーの片脚をセッツァーは、限界まで引き。
恋人の中心を、これでもかと曝け出させ。
押し黙ったまま、そこに顔を埋めた。
何時しか、痛みを忘れ。
悲鳴を、嬌声に移し替えたトーンを、エドガーが洩らし始めた頃。
セッツァーは、最愛の人と、『躰を重ねた』。
──喜びも。苦しみも。哀しみも。愉しみも。
彼の全ては、その身も心も、己のものだ。
痛みも、苦しみも、嘆きも。
彼に与えるのは、自分だけでいい。
一遍の悦びであろうとも、一遍の苦しみであろうとも、『他人』の手によってエドガーに与えられるなどと、考えたくもない。
彼の全てを包むのも、彼の全てを突き放すのも、守るのも、壊すのも。
誰にも譲らないし、譲りたくもない。
逃さないと決めた。
もう引き返せない、そんな所まで、恋人を追い込んで。
堕落や快楽だけに満たされた闇の中に、引きずり込んだ。
恋人が己を愛してくれている事を、誰に云われなくとも、自分は良く判っている。
こんな情事を繰り広げても。
恋人は自分を、愛し続けてくれる。
それは、良く判っている。
最愛の人が、己の唯一である事、己が、最愛の人の唯一である事。
その事実も。
けれど。
どんなに優しく愛してみても。
どんなに睦言を囁いてみても。
どんなに悦びを与えてみても。
例えば、幾億もの夜、躰を重ねてみたとしても。
己が最愛の人そのものでなく、最愛の人が己そのものでない以上。
真実、重なり合う事は出来ない、叶わない。
一つに混ざり合う事なんて、永遠の焦がれであろうとも、永遠に叶わない望みだ。
……だから。
彼を、『もいで』しまいたくなる。
右手をもぎ取り、左手をもぎ取り。
それでも足りなければ、両の脚も。
そうやって、一つずつ、取り込んでいけば。
永遠に叶わぬ筈の望みが、何処かで叶いそうな幻惑を覚える。
離したくない。
逃したくない。
己の魂の中で、彼を包んでいたい。
……それは、決して比喩ではなく。
本当に、この身の中、この身の何処かに宿っているだろう魂の中、そんな場所で。
彼を、微睡ませていたい。
一筋の痛みも、苦しみも、哀しみも、嘆きも、彼には与えたくないから。
幸福と愛だけを、彼には与えたいから。
出来るなら、叶うなら、そんな処で彼だけを守りたい。
…………でも。
それが、叶わないなら。
ありとあらゆる『モノ』が渦巻くこの世界の中で、真実の意味で溶け合う事は叶わず、二人、寄り添っているしかないのならば。
世界に渦巻くありとあらゆる『モノ』を、己が手で、最愛の人に与えていたい。
与えて欲しくないものを、与えて欲しくない『他人』に与えられるくらいならば。
──────その前に。
「愛してる……。愛してるんだ。……それだけ、は……──」
狭い、長椅子の上。
唯一の人に、その身を与えながら。
唇を噛み締めて、絞り出す様にセッツァーは云った。
『愛する』理由を。
愛しながらも、苦しみを与えてしまう理由を、判って欲しい……と。
本当は、そう続けたかった。
だが、それは。
今直ぐに、歪みながら口を開ける暗い地の底に……『己と同じ魔物』が棲む地の底に叩き落とされたとしても、足りないだろう程の身勝手だと、それくらいは彼にも、判っていたから。
想いは、音にならなかった。
「……安心……して……」
けれど。
痛みこそ行き過ぎたものの、与えられた仕打ちは、決して記憶から抜け去らないだろうエドガーは。
セッツァーの腕の中で、啜り泣きつつも。
快感に翻弄された表情に、微笑みを浮かべ。
「……判っ……てる……。愛……して…る……。『君』を……ね……──」
そう……云った。
故に、彼は。
セッツァーは。
唇を噛み締めたままの面に、哀し気で、寂し気な、それでも安堵の色の滲む、微笑みを湛えて。
己へと伸ばされた恋人の指に、己が指を、そっと絡めた。
thank you
By Kaina Umino
since Mar.06.2002.
後書きに代えて
えー……痛かった(と云いますか、何と云いますか……)、かも知れませんが。
あの設定のお二人の情事は、こんなです。
セッツァーさん、若干(精神的に)、病的(汗)。書き上げた瞬間の管理人の感想は、「病んでる……(滝涙)」、でした……(誰が病んでるって、自分が一番病んでるのよね、きっと)。
管理人の『基準値』にいるセッツァーさんもエドガーさんも、哀しい人達なのかしら。うーむ。
で、でもっっ。どうであろうとお二人さん、相思相愛だしっっっ!
すみません……。愛し合っている二人なので、御勘弁下さい……。
それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。