final fantasy VI 『魔物の戀謳』
(まもののれんか)
前書きに代えて
『優しい悪魔』の設定の二人の、情事はこういう情事。
……そんなお話です。一寸、『痛い』かも知れませんが……。
では、どうぞ。追記・2002.03.14
元々、このお話は、パスワード部屋の中で公開されていた作品です。
次に続く作品の都合上、こちらに移されました。
通常、この部屋でupされている話達よりは、若干、アダルトレベルが高いかと思われます。
どうぞ、御了承下さい。苦手な方は、避けて下さい。宜しくお願い致します。
煙草の煙が目に沁みた。
静寂が、憩いの音楽替わりにされている、煌々と灯りの灯った室内で、互い、語り合う訳でもなく、見つめ合う訳でもなく、唯、存在する空間を共有しているだけで、それぞれがそれぞれ、己のやりたい事だけをやっていた時。
酒と、それを楽しむ為の一揃えが置かれている、脚の低いテーブルの上に行儀悪く腰掛けながら、酒精を嗜んでいたセッツァーが。
何を思ったのか、ふと振り返り。
深く吸い込んだ紫煙を、吐き出したから。
その傍ら、手の届く位置にある長椅子にまで流れ着いた煙が目に沁みて、エドガーの紺碧の瞳の片方から、涙が溢れ出た。
「擦ると、止まらなくなるぞ」
痛みに顔を顰め、軽く折り曲げた右手の人さし指を、目許に当てたエドガーを見て、セッツァーは軽く云い、細い手首を掴み。
銜えていた細巻きの煙草をアッシュトレイに放り捨てて、恋人を引き寄せた。
「誰の所為だと……」
わざと、そうなる様に煙を吐き出した癖に、よく云う、と、煙が沁みた痛みが収まってくれないから、抱き寄せられた胸元近くで、エドガーは、ムッとしたまま、ぶつぶつ、苦情を云い掛けたが。
恋人のしかめっ面も、低いトーンの声も、意に介した風もなく、セッツァーは、くすり、笑い。
乾いたままある方の瞳で睨んで来る恋人に顔を近付け。
彼は、眦に滲む涙を、舌で舐め取った。
雫を掬い取り。
濡れて重くなった睫毛をなぞり。
『瞳』に触れるか触れないか、そんな、行きつ戻りつ、の動きを見せて。
セッツァーの舌先は、エドガーの眦で、暫し、蠢き続けた。
──時折。
こんな事をきっかけに……否、『こんな事』を仕掛けて。
セッツァーはエドガーに手を伸ばす。
今、お前の全てが見たい、そんな囁きを添えて。
恋人が、『断れぬ』のを知っていて。
何処か理不尽な始まりを、セッツァーは最愛の者に仕掛ける。
『始まり』を、思った通り、エドガーが拒まなかったから。
そのまま、唇を、舌先を、頬へと降ろし、セッツァーは、恋人をより一層、胸の中へと抱き込んだ。
なだらかな面の膨らみを伝い、呆気無く、薄く開かれた唇へと辿り着き。
そしてそのまま、貪って。
何か言いたげな色を浮かべた恋人の面を、彼は、艶やかな色へと塗り替えた。
──操る事が、叶わない。
そんな時がある。
己だけのものである感情を、己にさえも操れない、そんな時が、セッツァーにはある。
最愛の人を見ていると、最愛の人が傍らにいると、どうしていいのか判らなくなって、唯、知り尽くした筈の躰を、もっと知りたくなって、もっと貪りたくなって、時も、場所も、やり方も構わず、組み伏せたくなる事が、彼にはある。
エドガーがして見せるなんて、『他人』は想像すらし得ないだろう痴態を、引きずり出してやりたくなる。
己の前でだけ。
己の前だからこそ。
彼の、『どうしようもない姿』、を、暴いてみたくなる。
そして、その衝動を、押さえる事が叶わなく、て。
衝動を覚えるその理由を、御し得なく、て。
恋人同士だけで寛いでいた空間でさえも、きっちりと着込まれていた服を、乱そうともせず。
唇を貪ったまま。
今宵も衝動に負けた彼は、想い人の躰を弄(まさぐ)り始めた。
薄い、布地の上から、不規則に指先を這わせて、こそばゆいだろう感覚だけを、与え続けた。
己は、接吻(くちづけ)の与える心地よさに負け、縋って来た恋人の腕が、背を掻き乱してくる度生まれる、ぞくりとする痺れに酔いながら。
エドガーの服の前一つ、寛げる事なく。
薄い布の中で、うっすら、紅に色付いて来ただろう肌を想い描きつつ。
二つの唇の上を行き来する透明な滑りが、どちらのものなのか判らなくなるまで、セッツァーは、脚の低いテーブルに腰掛けたまま、エドガーを抱き締めていた。
──こんな自分を、意地が悪いと、想い人が感じる時もあるだろう……と。
エドガーを己がものにする度に、セッツァーは内心で、苦い笑みを浮かべる事もある。
時に、酷いやり方をしてしまう事もあるから。
………………でも。
忍び笑いを洩らし。
不意に、セッツァーは全ての動きを止めた。
腕の中に収めていた、エドガーの躰さえも解放し。
彼は立ち上がると、冷たさを保った方の長椅子へと座り直し。
無言で、恋人を手招いた。
放り出された相手へ、座っていた椅子から立ち上がり、低いテーブルの脇を抜け、こちらの椅子へとやって来るまでの間に、一体何をすればいいのか、紫紺の瞳を以て、過ぎる程に雄弁に語りながら。
すれば、彼の思惑通り。
「え……?」
戸惑いの声を上げ、躊躇いの表情を作りながらも。
瞳閉じ、何度か、上がった息を整える呼吸をした後に、エドガーは立ち上がった。
ゆっくりと胸元をはだけさせ、長椅子の上に薄布を落とし。
歩を進め。
テーブルの脇を抜ける刹那、下半身の被いを取り去り、床の上に散らし。
又……歩を進めて。
纏っていた布の一枚一枚を、点々と、辿った道に置き去りにして来たから、セッツァーの前に立った時の彼は、生まれたままの姿だった。
どちらかと云えば穏やかな笑みを湛えて見上げてくる恋人の前で、金糸を束ねていた蒼絹を解き、椅子の凭れに掛けて、相手の銀糸に、エドガーは両の五指を差し入れ、掻き上げる。
だからセッツァーも、屈みながら近付いて来た躰に腕を伸ばして、ばさりと、恋人の美しい顔を被った金糸を、やはり、掻き上げてみせた。
見つめ合い、掴んだ髪を引き寄せれば、エドガーが素直に、膝の上に乗り上げたから。
その時だけは、セッツァーも、優しいだけの接吻を返してやった。
情事の始まりになった接吻は確かに、優しいだけのそれだったが。
唇と唇が離れるや否や。
手の平を返した様に、セッツァーの態度も仕種も、荒々しさを増した。
無理矢理に捕まえた獲物の躰を、無理矢理に開いているかの様に。
肌の上を探る舌も指も、全てが、乱暴だった。
荒削りな快感にエドガーが顔を臥せれば、優しく金糸を嬲っていた腕が強くそれを引いて、喉元から仰け反らせ。
噛み付く様な愛撫を、セッツァーはそこに施した。
逃げる事は許さない。
与えるものを受け流す事も、許したくない。
だから。
膝に乗り上げて来た恋人を押し倒した長椅子の上で、彼は、悶え、逃げを打つエドガーを、何処までも苛んだ。
柳眉を顰め、苦しげな皺を眉間に寄せ、震えつつも伸びたエドガーの指先が、苦痛と快楽のせめぎ合いから逃れようとして、見事な織で被われた長椅子の背を掴もうとするのも。
長めに揃えられた爪先が、布の織に強く食い込み、引き連れた、醜い皺を寄せさせるのも。
決して、許さなかった。
そんな仕種をエドガーが見せる度、セッツァーは、恋人の『高ぶり』を苦しめ、未だ滑りも与えてやっていない最奥を、己が長い指で乱した。
短い悲鳴が上がっても、知らぬ存ぜぬな涼しい顔をしつつ。
苦しみから逃れる術を断たれ、更なる苦しみを与えられ、増して行くだけの苦しみから逃れようと、又、逃れる為の術を探し、足掻くエドガーを、唯々、彼は。
乱暴な接吻で、傷める様な抱擁で、数を増やしてやった、奥を掻き乱す指で。
それでも、そんな彼の、最上の愛を、注ぎ続けた。