final fantasy VI
『酒場にて 2』
前書きに代えて
冒頭に、一言、書かせて下さい。
物凄くお下劣です、この話。
お読みになられる方は、お覚悟(笑)。
男同士の、酔っ払った上での馬鹿話、第二弾。
では、どうぞ。
この連中に酒を飲ませたら最後。
絶対に、碌なことは語らない、と仲間内では評判の男三人組が。
その夜も又、世界の片隅にある、小さな酒場の、その又片隅に集って。
誠、禄でもない話に興じていた。
──その場に集っている三人は、見掛けだけはどいつもこいつも、『見目が良い』、と云う表現の当て嵌まる男達で、世間様から、『いい男』、と云う評価を受けられる最低の基準は、遥か彼方で上回っているのだが。
小さな酒場の片隅にある、小さなテーブル席を陣取って、彼等が語っている話は、彼等のことを良く知る仲間達が、
「まーた、下らない会話なんかしちゃって」
……と、眉を顰めて止まない、普段の『馬鹿話』よりも尚、下らなかった。
彼等を見掛けた行きずりの女性達が、もしも彼等の会話を聞いてしまったら。
叶うなら、世間一般的に、見栄えが良い、と云われる類いの彼等に、そんな種類の会話は交わして欲しくない……と、嘆き悲しむだろうくらい。
彼等の会話は、『どうしようもない』ものだった。
馬鹿みたいな話はして欲しくないわ……と云う『それ』が。
所謂良い男、と云う者を見掛けた時に女性が抱きがちな幻想なのだとしても。
御無理ごもっとも……と、女性が口にする『幻想』に、軍配を上げたくなる程、三人の男の話は……──。
…………だが。
彼等が送る人生には、これっぽっちも関わり合いのない、行きずりの女性達が下す評価に、酒を飲み続けながら語る彼等の『勢い』が、止まる筈もなく。
送って寄越す嘆きが届いた処で、三人が、殊勝さを覚える筈もなく。
「ふぁーあ……」
さーて、何本ボトルを空にしたっけ? ……と。
いい加減飲み過ぎたかな、そんな顔をして、欠伸を一つしてみせたのは、マッシュ・レネ・フィガロ、だった。
「何だ、マッシュ、もう眠たいのか?」
目尻に滲んだ生理的な涙を擦りながら、んー、と伸びをしたマッシュに、その隣の席を陣取っていたロック・コールが、からかいを口にする。
「まーさか。お子様じゃないんだから、こんな時間に眠くなる訳ないだろ? そりゃあ、一寸だけ酒が過ぎたかな、って思わない訳じゃないけどね」
もう、飲むのが嫌になったと云うなら、ギブアップ早過ぎ、と、ケラケラ笑うロックに、怒った風でもなく、呆れる風でもなく、マッシュは穏やかに返した。
「確かに、大人の時間はこれから、って頃合いだが……。マッシュは兎も角、ロック。お前さん、いいのか? ここでこんなに飲んじまって。カミさんが、角生やして待ってるんじゃないのか? お前の帰り」
からかうような口調でロックが喋るのは何時ものことだ、と、どうと云うことはない風に返したマッシュの替わりに……と云う訳ではないが、体躯の良い友人をからかったロックに、今度は、マッシュの対面の席に座っていたセッツァー・ギャビアーニが、ニヤリと語り掛けた。
「あー? セリス? いーって、いーって、気にしなくって。男だけでとことんまで飲むってのも、楽しいし。息抜き、息抜き。たまにはねー、命の洗濯ってのが、俺にだって必要なんだよ」
「命の洗濯、ねえ。鬼のいぬ間にか? セリスに告げ口してやったら、怒り狂うだろうなあ。お前んトコの細君は、年を追うごとに、逞しくなりやがる」
恐妻家の癖に、こんな時間まで妻を放っておいていいのか、とのセッツァーの揶揄に、ロックは又、ケラケラと笑って。
そんなロックにセッツァーは、肩を竦めて苦笑した。
「逞しい、ねえ。まー、あいつは年々、逞しくなるけど。年を追うごとに逞しくなる、って意味なら、エドガーだって一緒じゃん。誰かさんの『教育』がいいのか、それとも、誰かさんが放蕩過ぎるのか。大変だよなー、エドガーも」
「……そうか?」
「おや、自覚なしか? セッツァー。俺達が知り合って、こんな仲になってさ、何年か経つけど。あの頃から、『逞しさ』の点が変わらないのは、ティナくらいなもんじゃん?」
「………………逞しいよ、ティナだって………」
数年前、ロックの妻となったセリスが、少しの齢を重ねただけで、如何に逞しくなったか、又、セッツァーの『相方』であるエドガーが、やはり、少しの齢を重ねた結果、如何に逞しくなったか、を、セッツァーとロックの二人が、どちらかと云えば、へらへら……と云った笑いを浮かべながら語れば。
その会話の終わりに登場した、マッシュの恋人であるティナも又、出会った頃に比べれば、遥かに逞しくなった、と、恋人である当人は少し、ぼやき気味に告白した。
「へー、ティナも? そんな風には見えないけどね」
すれば。
マッシュの告白が、少し意外だったのだろう、ロックが首を傾げ。
「じゅーーー……っぶん、逞しいって。あの冒険の頃の彼女からは、多分想像も出来ないくらい。──この間、さあ……」
少々遠い目をして、マッシュが何やら、語り出した。
「この間?」
「直ぐに、誤解だって判って貰えたから、事無きは得たんだけど。一寸、色々あって、城仕えを始めたばっかりの新米の女官がさ、俺のこと好きなんじゃないかーって、ティナが勝手に思い込んじゃったことがあって。ティナってさ、今でも、一途って云うか……健気って云うか……悪く云えば、こう……ね、子供みたいに素直過ぎる所あるから、思い込みが高じて、浮気っ?! ってなっちゃったみたいでさー。浮気してるの? どうなのっ?! って、俺、部屋の壁際まで追い詰められて、挙げ句、一発、蹴り食らって…………」
「蹴り? ティナが?」
「…………そりゃー……傑作だ」
ぶちぶち、愚痴のように語られたマッシュの告白を受けて。
あのティナが、蹴り、ね……とロックは目を丸くし。
セッツァーは、奥歯を噛み締めて、笑いを堪えた。
「へー……。何が切っ掛けだったのかは知らないけど。女官さんとの仲疑われて、とばっちり食らって、蹴りまで貰っちゃった、カワイソーなマッシュ君、だった訳だ」
「浮気を疑われちまう程、ティナのこと、構ってやってないんじゃねえのか? マッシュ。『愛して』やれよー、ちゃーーーーーんと」
驚きに、目を丸くしたのは一瞬のこと。
すぐさまロックは、甲高い笑い声を洩らしながら、マッシュをからかい出し。
セッツァーもセッツァーで、ニヤ……と、何かを含んだ笑みを見せた。
「セッツァー……。その笑い方、下品」
だが、マッシュも、唯黙って、からかわれるだけの立場には甘んじず。
直ぐさま、反撃を始めた。
「悪かったな、下品で」
「下品を下品って云って、何が悪い。事実だろ。──云われなくったって、ちゃんとティナのことは構ってる。余計なお世話だよ。第一、人のこと言えんのかよ、セッツァーはぁっ」
「俺は、言えるぞ。エドガーが、浮気なんて疑う余地もない程、俺はあいつのこと、『構ってる』つもりだが」
自分とティナの『関係』が、『充実』しているか否かなど、詮索されては堪らない、とでも云う風に、マッシュが意趣返しをすれば。
ケロリとした顔で、セッツァーは答えた。
「………………『相手』と逢ってる回数だけ考えれば、俺達の中じゃ一番少ない癖に。自信たっぷりじゃん……」
だから、そんな悪友の態度に、マッシュは呆れを伺わせ。
「逢い引きの回数が少ない分、『濃厚』って奴? ……あははは、不憫だなー、エドガーの奴」
セッツァーとマッシュが交わしていた会話の裏側にある意味を、きちんと汲み取ったロックが、腹を抱えて笑い出した。
「濃厚…………。お前、俺のこと、性欲の塊だと勘違いしてねえか……?」
「え、違ったっけ?」
「……阿呆……」
「でもねえ……。──なあ? マッシュ。そう云うイメージ、あるよなー」
「うん、あるある。だってさー、あれっっっ……だけ、世界中のレディは自分のモノーー……ってな発言と、その発言に見合うだけの『行動』繰り返してた兄貴がさ、セッツァーとデキてからは、大人しいもん。…………セッツァーって絶倫? とか思うって」
「下品はどっちだ……」
ロックが、腹を抱えて笑い出したのを切っ掛けに。
男三人の、馬鹿な会話は暫し続き。
お前等に『絶倫』とか云われても、嬉しくも何ともない、とセッツァーが頭を抱えた処で、そのテーブル席は暫し、笑い声だけに満たされたが。
「…………なあなあ……」
自分達が一体、今宵だけで何本の酒瓶を空にしてしまったのか、把握することが出来なくなる程度、酒精を身の内に取り込んでしまっていたから。
態度も、語り口も何時も通りではあるものの、やはり、かなりの勢いで、酔いは廻っていたのだろう。
ほんの少しだけ、意味深長な口振りで、ロックが何やら、言い出した。
「何だよ」
「セッツァーってさ。一晩に、何回くらい、励むワケ?」
今度は一体、何を言い出した? と、セッツァーとマッシュが同時に、喋り出したロックを眺めれば、彼から放たれた台詞は、一晩に何回? と云う、非常に『具体的』な質問で。
「……この、酔っ払い…………」
問われた当人であるセッツァーは、眉間辺りを右の人さし指と中指で押さえ、眩暈を覚えた振りをした。
「エドガーの奴が、もう許してくれ、とか云うまで、ヤったりすんの? そうだってんならさあ、お前の相手は、おんなじ男なんだからさー。手加減くらい、してやれよー」
しかし、セッツァーにそんなポーズを決められても、ロックの口は閉じられず。
「あー、それ、俺も興味あるかなー。参考までに、聞きたいよ。ま、自分のそれと、あーんまりにも隔たりある回数云われたら、同じ男としてへこむけど」
ケケっ……と喉の奥で笑いながら、マッシュも又、銀髪の友人を煽った。
「回数、ねえ……。人並みだと思うぞ? 徹底的に誤解されてるみてえだが、俺だって別に、絶倫って訳じゃねえし。大体、それこそ、同じ男なら判るだろ、限界ってのは」
──興味津々、と云った、二人の悪友の問いに、不快を示すと思いきや。
セッツァーも、大概酔っていたのだろう、考え込むような仕種を見せて、怒り出すこともせず、サラっと云った。
「だから。具体的にさ。何回?」
ポイっと、口の中にナッツを放り込んで、ロックが首を傾げた。
「そーさなー……。励んだとして、精々、ニ、三回ってトコだろ」
カラン……と、手にしていたグラスの中の氷を鳴らしながら、セッツァーは一息に、琥珀の酒を飲み干した。
「……何だ、一緒か」
己で、己の為の酒を注ぎ終えたマッシュは、つまらなそうに、片目を瞑った。