final fantasy VI
『雀のお話』
前書きに代えて
たまには、底抜けにどうしようもないコメディも良いでしょう、と云う事で(笑)。
ギャグです。
きっぱりはっきり、ギャグです(笑)。
では、どうぞ。
常の如くの冒頭で、誠に申し訳ないが。
これから始まる話が、何時もの場所を舞台としているので、永遠のマンネリは、御勘弁戴きたい。
さて。
我等がフィガロ王国の国王陛下、エドガー・ロニ・フィガロ陛下と。
陛下の弟君であらせられるマッシュ・レネ・フィガロ殿下は。
城内に仕える女官達の事を、時に、『雀』と例えられる事がある。
噂話の大好きな、とても良く囀る、と云う意味を含めて、そう呼ばれているらしい。
で、本日は。
陛下と殿下に、『雀』と呼ばれる、愛らしいお女中の皆様方が、『台所』で、イモの皮なんぞを剥きつつ、ぴーちくぱーちく語り合った会話に付いて、したためてみたい。
フィガロ城の台所。
その片隅で、小さな椅子に腰掛けながら。
「ねえねえ。貴方、どう思うの?」
ペティナイフを振り回しつつ──危険だと思うので、今直ぐ止めて頂きたいが──、女官の一人が言い出した。
「…何を?」
その声を受けて。
やはり、同じ様に椅子に腰掛け、同じ様にショリショリと、イモの皮剥きに勤しんでいる、やはり別の女官が、ぴたりと、その手を止めた。
「陛下の事でしょ? どうせ」
更に、もう一人の女官──やっている事を考えたら、女官と云うよりは、誠にお女中──が、剥き終えたイモを、ぽいぽいと籠の中に放り込みつつ、答えた。
「どうせって言い方はないじゃない。誰だって、気にしてる事よ。でも、陛下の事って云うのは、半分正しくて、半分正しくないわ」
「……ああ。それじゃあ、『例の方』の事?」
半分は陛下の事だけれど、違うわ、と言い出した女官の言葉につられ。
集った、仕事中である筈の彼女達は、何時しか全員が全員、イモの皮剥きの手を止め。
ああでもないの、こうでもないの、ペティ・ナイフを振り回しながら、お喋りに興じ始めた。
……成程、確かに『雀』、である。
まあ、それはどうでも宜しいのだが、話に白熱する余り、ナイフを振り回すのだけは、控えて頂きたい。
「そうそう。例の方の事。又、いらっしゃってるでしょう。……頻繁よねー、最近。毎月、顔見るわ」
仲間の一人が、話題に乗せた、半分は陛下の噂話にも繋がる『例の方』に付いて、口を開いた。
「ホント、最近、良く見るわよねー」
こくこくと、残りの者は、その弁に頷く。
「──それで? あの方の何を、どう思うって?」
「…………判ってるでしょ? 貴方だって」
「そりゃあ……まあ、ね」
全員が全員、噂の御仁の容姿を脳裏で思い浮かべ。
一寸だけ、複雑な表情を浮かべた。
どう考えてみた処で、『例の方』は、皆様御想像のあの男の事だろう。
幾ら彼が『あんなん』でも、余り口を利いた事のない女官達に、複雑な顔をされる程の謂れはない様な気がするのだが。
「でも……。陛下にしても、あの方にしても。…………本気、かしらねえ」
「本気……なんじゃないのかしらね。そうとしか、思えないわ」
彼女達は、彼女達だけに判っている事情らしき物をそれぞれ考えながら。
「あら、どうして、貴方、そう思うの?」
「だって────」
一寸ばかり謎な会話を、更に進めた。
雀のお話 1
だって、よ。
あの方。セッツァー様。
陛下の、お友達、御親友であらせられるって、マッシュ様も大臣様も仰るけど。
そもそも、世界中を放浪中のギャンブラーが、幾ら親友だって云ったって、月に一度、わざわざ陛下に逢いに来るって……どうなのよ、って感じだし。
それにもう、私達の間では、有名な話じゃない。
あの方がここに泊まりに来て、客間で寝た事なんて一度もないって。
当然の事の様に、陛下の部屋に泊まられるのよね、あの方。
そりゃ、一晩、一緒にお酒でも飲みながら、徹夜してらしたのかしら……なんて、最初の内は思ってたけど。
さすがにねえ……。陛下の寝所のシーツの上に、銀色の髪の毛が落ちてたりするとねえ……。
どう云う事? って、なるわよ。
それなりに、お二人とも気を遣われているらしいから、滅多にそんな事ないけど。
明らかに、寝所でお休みになられた跡のある陛下のお部屋と、使ってない事が一目瞭然の客間を見比べちゃうと。
正直、ベッドメイクするこっちの身にもなって欲しいって、思う事あるわ。
「うわっ。貴方、いきなりその事を言い出すの? 一応私達、この城に仕える女官よ? 主人である方が何処で何をされていても、見なかった事にするのが、お約束ってものじゃない」
──『一羽目の雀』が囀り終えた後。
深く頷きながらそれを聞いていた別の雀が、幾ら何でも、と思ったのか、形ばかりの嗜めを試みた。
「そんな事、判ってるわよ。でも、考えちゃうんですもの、仕方ないわ」
「まあねえ……。同じベッドの上で寝て、親友って言い張るのも、滑稽な話よねえ。──気付かれてない、とでも思っていらっしゃるのかしら。お二人共」
形ばかりの嗜めを、ぶち壊す様に。
残りの雀が、言い放った。
「…だから。『本気』なのかしらって云ってるんじゃない、さっきから。少なくとも、私達にはバレバレの関係なのに、どう考えてみても、お二人共、上手く隠し遂せてるって思われてるみたいだから。本気なのかしらーって」
「本気でしょ。……ううん、本気って云うか。お二人共、冷静でいられるなら、簡単に気付かれる事なんでしょうけど。所謂、何とかは盲目、の口みたいだから」
「そうね。同感だわ。御一緒の時は、他の事、なーーーーーんにも見えていない風だものねえ」
──相変わらず、刃物を振り回しつつ。好き勝手な事を言い合って。
三羽の雀達は、きゃいきゃいと笑い声を立てた。
どうも。
彼女達の話は、自分達の『本当』の関係に、周囲が気付いている訳がないと、エドガーとセッツァーの二人が本気でそう思っているのだろうか、と云う事だった模様である。
彼女達が一様に、……信じられな〜〜〜〜〜〜い────とでも言いたげな顔を作っているのを鑑みるに、それは、三羽の雀達にとっては、驚異的な事らしい。
………この会話を小耳に挟んでいる影の声も、まあ……そう思わなくも、ない。
しかしながら。
いきなり、己が祖国の君主と、真相が如何なるものであろうとも、一応は君主の『御親友』である人物との……あー……閨の跡、の事から語り出すのは、何かとも思う。
「認めちゃえばいいのよね。いっそ。恋人同士ですって。…ま、そんな事、出来っこないんでしょうけど」
だが、彼女達に向け、影の声が物申したくごにょごにょしている内に。
雀の話は更に続いた。
「まあねえ。無理なのは判っているけど。でもお……──」
雀のお話 2
どう考えてみたって、無理な話だって云うのは、私にだって良く判っているけど。
でもね。
知ってるでしょ?
陛下と御一緒の時の、セッツァー様のお顔。
ぜっっったいに、そこら辺の女には見せない様なお顔なさって。
ギャンブラーって人種が、ポーカーフェイスが得意って云うの、私、嘘だと思うわ。
くるくるくるくる、良くもまあ、陛下にお見せになる顔と、『その他』に見せられる顔と、変えられると思うわー。
無意識って、凄いわよね。
お二人だけで過ごされてる所を見掛けると、時々、鏡を差し出してみたい衝動に駆られるわ。
勿論、セッツァー様だけにじゃなくって、陛下にも。
貴族の御令嬢を口説かれている時だって、あんな顔なさらないわよ。
それにっ。
この間なんて、私、お二人が、中庭で、手を繋がれて歩いているのを、うっかり見てしまったのよね……。
──手よ、手っ!
もうすぐ、三十路にもなられようって大の男のお二人が、手っっっ。
微笑ましい処の騒ぎじゃないわ。
私、声上げて、叫ぶ所だったわよ。……叫ぶって云うか……大笑いって云うか。
いっそ、キスでもしてくれてた方が、未だ良かったわよ。
その辺の、純情初(うぶ)な、小娘じゃないんだから。
ニ羽目の雀の囀りが終り。
段々と、地が出て来たのか。
ぴーちくぱーちく、お喋りに拍車が掛かって来た彼女達は、聞く者が聞いたら卒倒しそうな目撃話を、ぽんぽんと言い合い始めた。
…そうですか。手、ですか……。
手を繋がれて、中庭を散策なさっていたんですか、お二方。
……この、少々痛い事実は聞かなかった事にしたいが……現実なのだろう……。
「あら、でも、してるじゃない。時々。私、見た事あるわよ?」
だが。
影の声の嘆きが、届く筈もない彼女達は。
お喋りを、更に更に、エスカレートさせた。
「え、見た事あるって、何をっ?」
ぶいいいんっ、と。
残りの一人、三羽目の雀が言い出した『目撃談』に。
囀り終えた残りのニ羽が、興奮しつつ、ナイフを握り締め──だから、それは、危ない……──、瞳を、爛々と輝かせた。
……主が主なら、雇用人も雇用人、と云う奴なのだろうか。
大丈夫なのか、この城……。否、この国は。
前途が、激しく不安だ。
「見ちゃったって云ったら──」
が、その憂いの隙に。
段々と、雀達の囀りを、聞かない方が良かったかなー……なんて、後悔し始めた影の声の嘆きなど、誠に儚い、蟷螂の斧であるかの様に。
三羽目の雀は、嬉々として口を開いた。
雀のお話 3
見ちゃったって云ったら、一つしかないじゃない。
キスしてたのよ、キス。
この間ね、神官長様のお言い付けで、図書館のお掃除、しなきゃいけなくって。
ほら、あそこって、勝手に入ると文官の皆様がうるさいじゃない? で、埃っぽいでしょ?
面倒臭いわよねー、なんて思いながら、ぐずぐず、行った訳。
人がいない時じゃないと、お掃除なんて出来ないから、時間も見計らわなきゃいけなかったし。
でね、午後の、割と遅い時間に、行ったのよ。お道具抱えて。
……そうしたら、いた、のよ。お二方。
ま、最初はちゃんと、何かの調べ物でもしてたんでしょうね。特別な御相談でもあったのか何なのか、よくは知らないけど。
何冊も、本、開いたままだったしね。
だから、あら、これじゃあ、お掃除なんて出来ないわって思って。気付かれない内にこっそり、引き返そうとしたのよ。
文官の皆様に叱られたら堪らないから、隙間から覗いただけだったし。
そうしたらね、広げたままの分厚い何かの本眺めながら、何か話してたらしかったお二人の距離がねー。
こうねー、何となくねー、近付いちゃったりなんかしてねー。
……あれって思った時には、もう遅かったのよ。
誰もいないと思って油断されたんだと思うけど。
……ああ、云っておくけど。別に私だって、見たくって見た訳じゃないのよ?
男同士のラブシーンなんて、ぞっとしないもの。
「きゃーーーー。最近、大胆ねー、お二人共ーー」
──こんなシーン見ちゃったの、と。
三羽目の雀が、それはもう、楽しいそうに囀り終えたら。
残りの二人から、きゃらきゃらと、黄色い声が挙がった。
……彼女達の話を、ここまで耳にしてきて、ふと、思うのだが。
このお嬢さん達の中に、己が主にそう言う秘密がある、と云う事実を、嘆いてみたり、悩んでみたりする、と云う思考パターンはないのだろうか。
雀達曰くの『お二方』の関係は、あからさまに普通ではないと、影の声は思ったりもする訳で……なのに、彼女達の会話から、負の感情と云う奴は、かけらも窺えない。
嬉しいか……? 己達の雇い主──否、崇めるべき祖国の君主が、同性愛者で。
それとも彼女達は、それをからかって楽しんでいるのだろうか。
茶化す対象は、多い方がいいのか?
それとも、君主でさえ茶化したくなる程、城仕えは退屈なのだろうか。
謎だ。誰か、止めてやってくれ。そろそろ。
「貴女達、いい加減になさいっ」
台所の片隅で、イモを剥く手を完全に止めて。
語る事が楽しくてしょうがない、御主人様に関わる噂話に、興じていた彼女達に。
結構困ってきた当方の願いが聞き届けられたのか、見回りにやって来たのだろう神官長が、会話の内容を耳に止めて、雷を落とした。
「申し訳ありません、神官長様っっ」
厳粛な彼女の一喝は、威力が違う。
途端、囀りをぴたりと止めて、腰掛けていた小さな椅子からぴょんっと飛び上がり、彼女達は深く畏まった。
「全く……。お料理の下拵えの手を止めて、何を喋っているのかと思えば……。はしたないにも程がありますよ、貴女達。仮にも、フィガロ城の女官ともあろう者が、城主の私事を、とやかく云うものではありません。何も見ない、何も聞かない、と云うのも、貴女達の仕事の内なのですからね」
けれど。
そうだそうだ。ばあやの云う通りだ。
……と、深くこちらも頷いていたら。
「申し訳ありません……。でもぅ……神官長様は、気にならないのですか……?」
ぼそっと。
雀の一人が、無意識であろう一言を、神官長に問い掛けた。
「そりゃ……気にならないと云ったら嘘になりますけどもねえ……。陛下もあの方も……本当に……。まあ、私が何を云ってもお聞きにはならないでしょうけれど……。たまには陛下を捕まえて、久し振りにお説教でもしてみましょうかしらね……」
じいやである大臣と共に、手塩に掛けて育てたエドガーの言動を、内心では憂いていたのか、神官長も、雀達と同じ穴のムジナなのか。
彼女は遠い目をし、 溜息を洩らして、反射的に、問い掛けに答えていた。
そんな彼女を。
雀達は、ほおら、やっぱりね、と、したり顔で覗き込み。
「貴女達、そんな事はどうでもいいんですっ。早く、お仕事を終わりにしてしまいなさいっ」
ばつが悪かったのか、遠くを見つめながら思わずしてしまった逃避から、現実へと引き戻されたのか。
女官達の視線にはたと気付いた神官長は、一寸ばかり、神経質そうな声を挙げ、くるり、踵を返すと、台所からそそくさそと消えた。
「そうよねー。気にしてない人なんて、いないわよねーー」
「でも……。ねえねえ、ひょっとしたら、お二人だけじゃなくって、マッシュ様も大臣様も、私達が何にも知らないとでも思ってらっしゃるのかしら。で、影で、ばれない様に、ばれない様にって、苦労したり悩んだり、なさってるのかしらね」
「あ、その可能性ってあるわ。殿方って、案外、お馬鹿さんだから。甘いわよねーーー」
神官長の姿が消えるや否や。
イモの皮剥きを再開し、囀りも再開し。
順番に茶化され……ではなく、あげつられ……でもないな、えー……囁かれたセッツァーとエドガー二人の噂話は、その後も更に続き、終いには、無駄な労力に勢力注いで、とマッシュやじいやの事さえ、彼女達は斬って捨て。
彼女達は又、小さな椅子の上で、ケラケラと笑い。
籠一杯に、剥かれたイモが積み上がるまで、ペティナイフを振り回し続けたのだった。
そりゃあ………事実が事実だからして。
その事実に基づく限り、どんな噂話をされようが、笑いや茶化しのネタにされようが、致し方ないのだろうし、例え、この噂話が、国王陛下やギャンブラー殿の耳に届いたとしても、当方としては、ポン……と肩を叩いて、
「頑張れ」
と云ってやる程度の事しか出来はしないし。
この台所での雀達の話から察するに、どうも、お二人の関係と云う奴は、バレバレの、所謂公然の秘密、暗黙の了解、と化しているらしいから、いい加減、開き直れば? と、引導を渡してやりたくもなるが。
君主があれなら、女官達もあれ、なフィガロの現状を鑑み。
最近、益々、本当に大丈夫なんだろうか、この国……と、影の声は思う事を止められずにいる。
それが、運命って奴だとしても、だ。
ま、取り敢えず。
ささやかではあるが。
こんな事情を欠片も知る事のない、フィガロの国民の皆様に、精一杯の同情を寄せて、本日聞き及んだ、雀達のお話は、幕を閉じよう。
END
後書きに代えて
……冷静に、よーーーーーく、考えた場合。
月イチで、『お城』で『逢瀬』しちゃったりなんかする彼等の関係が、ばれないわきゃあないでしょ、自分、と。先日、深く深く、思いましたので。
ギャグで書いてみました(笑)。
これも又、道(笑)。
宜しければ、感想など、お待ちしております。