final fantasy VI 『大切な貴方の』
前書きに代えて
このお話は、先日、エドガーさん(とマッシュ君)の、ン回目のお誕生日によせて、セツエド同盟の方に寄稿させて頂いたお話です。
若さん達のお誕生日に愚痴る、じいやとばあやのお話(笑)。
それでは、どうぞ。
その日、フィガロと云う名の砂漠の国の統治者が住まう、黄砂の直中にある石作りの城では。
真夏の暑さに負けぬ程の熱気を持った、祝宴が開かれていた。
八の月の十六日目にあたるその夜、フィガロ城で催された祝宴が、一体何の為のそれだったのか、と云えば、端的に表現するならば、要するに、当代国王陛下と王弟殿下の、『お誕生日会』、だ。
祝われる当人達は、そう云った祝賀を素直に喜んでいた子供の頃とは違い、もう、とうが立つ、と言える程の年齢に達してしまったから、毎年、己達の生誕の日がやって来る度、いい加減今年こそは、そんな催しは止めないか、と渋い顔を作るけれど。
国王の生誕を祝う行事は、国を上げてのお祭りに通ずることでもあるから、国王と王弟の言い分を聞き入れて、はい、そうですか、と取り止めることは、国民(くにたみ)の楽しみを奪ってしまうことに繋がるし、そう云った行事は、フィガロ王家の力だったり何だったりを、内外に示すに丁度良い……まあ、言葉悪く云えば、『都合の良い見せ物』にもなるから、誰がどんな渋い顔を作ろうと、国王の生誕を祝うそれが、取り止められることは有り得ないだろう。
それに。
当代のフィガロ国王、エドガー・ロニ・フィガロと、その双子の弟、マッシュ・レネ・フィガロの生誕を祝うことを、多分、この国の誰よりも楽しみにしている人物が、フィガロ城の中にはいる訳で。
しかもその人物、大臣、と云う要職に付いているものだから、例え天地がひっくり返っても、エドガーとマッシュの二人は、己が生まれた日に執り行われる祝宴より、死ぬまで逃れらないのが運命(さだめ)と思われる。
さて。
そんな訳で。
その年も、恙無く執り行われたエドガーとマッシュの生誕を祝う祝宴が、お開きになった真夜中。
祝いの喧噪が消え去って、一転、耳に痛い程の静寂に包まれたフィガロ城では。
毎年毎年この時期になると、陛下とマッシュ様の生誕の催し物がっ! と、どうしようもなく高ぶった精神状態を維持しつつ、あちらこちらと駆けずり回り、これでもかっ! と二人の『お誕生日』を祝うことに命を懸けて止まないフィガロの大臣が。
やれやれ……と云った感じの、疲れた表情を隠さずにいる、神官長と二人きり、大臣の執務室で静かに、この日の為に取り寄せた質の良い葡萄酒を開け、飲み交わしていた。
二人共、今飲んでいるのと同じ酒を、祝宴の席でも嗜んではいるがそれでも、宴の全てに気を遣って歩かなければならない時に飲む酒と、今を遡ること数十年前、同時期にフィガロ城に上がってより、フィガロの国とフィガロ王家に仕え続ける旧知の仲である者同士で飲む酒では、味わいも、趣きも違うから。
気心の知れた、ある意味、『戦友同士』のような大臣と神官長は、城内で繰り返される節目──例えば、この夜行われた祝宴のような、それ──が終わる度、こんな風にして、ぼう……としていることが良く有る。
彼等がこの石作りの城に仕え始めた、今ではもう、懐かしい、としか言えないあの頃より、この城に居続ける者が他にいない訳ではないが。
大臣が、エドガーとマッシュにとっては、大臣と云うよりは『じいや』であって、神官長はやはり、エドガーとマッシュにとっては、神官長と云うよりは『ばあや』であるように。
二人は、じいや、ばあや、と『幼子』に呼ばれるには、未だ似つかわしくない程度には若かった頃より、じいや、ばあや、として、双子の王子をお育て申し上げて来たから、他の『同僚』達より遥かに、通じ合う部分があるのだろう。
故に二人は、その夜もこうして、酒を飲んではいたが。
この数年、某かの行事の終わり、酒を酌み交わす度、一仕事終えた安堵よりも、溜息を零すことの多くなったじいやに、ばあやがチロッと、困ったような眼差しを投げたから、その夜の、じいやとばあやの二人きりの『宴』は、何時ものそれとは少々、様相を違え始めた。
「…………最近、そうやって、溜息ばかり洩らされるようになりましたね、大臣殿。……お年ですか?」
一体、どれ程の量の酒精を嗜んだ後だったのかは判らないが、一滴も飲んではいないような風情で、行儀よく長椅子に腰掛けたまま、ばあやがそう云ったから。
対面に座っていたじいやは、脚の低いテーブルの上にコトリと音を立てて脚の長いグラスを置いて、又、大仰に溜息を付いた。
「私が年だと云うなら、そちらもそうだろう? 神官長殿。────溜息の一つも付きたくなる。陛下とマッシュ様の生誕を祝う宴が、無事に終わったのはめでたいことだが。………………今頃陛下は何処ぞに消えられて、何処の馬の骨とも判らぬ、あの、面(つら)を眺めるのも忌々しい程憎たらしい、勝負師風情と共に夜を過ごされているのかと思うと。情けなくて情けなくて、溜息処か、涙まで出そうになる……」
そうして、じいやは。
溜息を零した後、ぶつぶつと愚痴を零して、置いたばかりのグラスを取り上げ、グッと、一息に中身を飲み干した。
「ああ、そのことですか。…………今更そんなことを仰られた処で、どうしようもないと私は思いますけれども? いい加減、お諦めになられたら如何です、往生際の悪い」
が、ばあやは。
ぐちぐちと、じいやに愚痴を零されても、何処吹く風な顔をして、呆気無く答えた。
「そんなに簡単に、諦めて堪るものかっ! 崩壊しそうな世界を救う為、ひいては、このフィガロを救う為、と、陛下が仰られたから、X年前のあの時、涙を飲んで陛下を、御苦労ばかりを覚えられるだろう旅に送り出したと云うのにっ!」
…………しかし、じいやは。
サラッと、事も無げに『諦めろ』と言ったばあやを、ギロっと睨み。
怒濤の勢いで喋り始め。
「事を成就なされ、無事にお帰りになられたまでは良かったものの…………あんなに……あんなにっ! ……あんっっなに碌でもなくて、氏素性も得体も知れなくて、態度も生意気で、言葉遣いも行儀も悪い、ヤクザ者の、しかも、男のっ! 恋人を作られて帰って来られたのだぞ、陛下はっ! どうやって、この事態に諦めを付けろと言うのだ、神官長殿っ!」
ゼイゼイと、肩で息をする程勢い込んで彼は、当代フィガロ国王エドガーの恋人である、セッツァー・ギャビアーニと云う男の悪口を並べ立て始めた。
「……………ですが、現実ですよ、それが」
「現実だろうと夢だろうとっ! 諦められぬものは諦められぬっっっっっ。先代様にも、御母堂様にも、フィガロ王家代々の皆々様にもっ、一遍の申し訳も立たぬっっっ。ぜっっっっっっっっっっ……たいにっ、陛下は……エドガー様は、あの、セッツァーと云うヤクザ者のギャンブラーに、誑かされておられるのだっっ、今一つ、世間を御存じない御方だからっっっっっ!」
「……陛下は……いえ、エドガーは、充分、世間を知っていると私は思いますけれど?」
「知ってる筈がないであろうがぁぁぁっ! 世間を知っておられたら、あんな男を恋人になぞ選ばれたりはせぬっっっ。──これっぽっちも譲りたくなどないが、この際、百歩譲って、行儀が悪かろうと言葉遣いが悪かろうと、身分がどうであろうとっっっ。あの者が、女人であったなら目も瞑ろうっっ。口を噤みもしようっっ。……がっっっっっ。あの者は、男なのだぞ、男っっっっっ」
「………………ええ、そうですね。女性には見えませんね、何処をどう間違っても」
「どーーーーして、そんなに落ち着いていられるのだ、神官長殿はっ! エドガー様の恋人が、男であると知ってしまった時の衝撃を、私は今でも詳細に言えるっっっ! この世の終わりかと思ったのだぞ、私はっっ。…………男っ! よりにもよって、男っっっ。おとこっっっっ! フィガロ王家の跡継ぎ様が、当代国王陛下が、男とっっ! 許せるものかあああああっ!」
──────どんなに、云い募っても。
どれ程、口角泡飛ばしても。
じいやの態度とは裏腹に、ばあやは淡々と、じいやの興奮を受け流してしまうので。
部屋中に響き渡る程の絶叫を放って、挙げ句、握り拳まで拵え。
じいやは、ふるふるふるふるふる……と身を震わせた後。
へたりと長椅子に背中を預けるようにして崩れ。
「…………手塩に掛けて、お育て申し上げたつもりなのに…………。大切に、大切に、お育て申したつもりなのに……どうして、エドガー様は、男の恋人なぞ……。こんなことになるなら、何と申されようとも、あんな旅に送り出すのではなかった……。……私は一体、何を間違えたのだろう…………」
……空になったグラスを、ぼんやり眺めながら彼は、この世が終わってしまったかのような声音を絞って、がっくりと項垂れた。
「仕方ないではありませんか。それも又、運命と云うものですよ。──それこそ、大切に、手塩に掛けてお育て申し上げたあの子が選んだ殿方なのですから、それでいいではありませんか。あの子がそれで、幸せだと云うなら」
じいやの落胆振りを横目で眺めながら。
ばあやは己のグラスとじいやのグラスを酒精で満たし直し、一層深い、疲れたような表情を作った。
嘆き続けるじいやとは違い。
世界の全てを達観した風な色を若干、その瞳に宿しつつ。