数年程前。
世界の崩壊を救う旅とやらに、エドガーが旅立って、約一年後。
フィガロ城に無事に帰って来た彼は、旅の途中に知り合った男と、『契り』を交わしていた。
心の臓が止まりそうな程衝撃的だったその事実をじいやが知ったのは、手塩に掛けて育てた……つもり、のエドガーが、元気な姿で国に帰って来てより、数カ月程が過ぎた頃のことだ。
──どうも、納得が行かぬ、と思ってしまったのが、気付かなければ幸せだった現実に、彼が気付いてしまったそもそもの始まり。
おかしな話だ、とじいやは、思ってしまったのだ。
冒険の旅よりエドガーが戻って来て数週間後、旅の途中、エドガーやマッシュと共に、何度か城にも立ち寄った旅の仲間の一人が、『そこそこの間隔』で、エドガーを訪ねて来るようになったことに。
彼は、不審を抱いてしまった。
────国王陛下をたった一人で行かせてしまった旅にて、世話になっただろう人物、則ちセッツァーを歓迎することは、じいやとて吝かではなかった。
彼とて、そこまで頭は固くない。
少々、その生業だったり人となりだったり態度だったりが、気にならない訳ではなかったが、目くじらを立てる程のことではない、とじいやは思いたかったし、エドガーとセッツァーは大層親し気に会話を交わすし、何より。
「私のね、親友なんだよ」
……と、そうエドガー本人に言われてしまえば、文句など、付けられよう筈もなかった。
当代フィガロ国王ともあろう者が、ヤクザ者のような輩と親睦を深めるなどと……と、影で密かに、セッツァーに対して眉を顰める者も城内にはいたが、正面切って、堂々と、一国一城の主に、『親友』と公言されてしまえば、臣下には中々、恐れながら、とは言い出せない。
きちんと彼をもてなすように、と言われれば、仰せ、確かに、となるのが、仕える者の有り様だ。
フィガロだけでなく何処の国でも、王宮と云う場所は、魑魅魍魎が跋扈する、物の怪の巣窟なのだろうから、国王と云えども、『絶対の権力者』で有り続けることは難しいかも知れぬが、王としては年若かろうとも、『権力者』としてのエドガーの手腕の、揚げ足を取ること叶う者は、今ではもう、殆ど皆無なので。
『その』エドガーが、『正面切って、堂々と』、セッツァーを親友、と公言したと云うことは、『そう云うこと』だ。
──そう云った事情に足して、じいやは元々、陛下がお世話になられた方だし、とセッツァーのことを見ていたから、そこまで『御親友』のことを思われているなら、と、セッツァーがフィガロ城に足繁く通い始めた当初は、とても好意的な態度で、『陛下の御親友』に接していたのだが。
『陛下の御親友』のフィガロ詣でが重なって行く度に、じいやは、違和感を感じずにはいられなくなった。
親友、と云うのは良い。
とても仲が良さそうなのも良い。
時折、他の者が近寄り難い雰囲気を二人が醸し出すのは、生死の境を共にした者同士だけに通ずる何かがあるのだろう、と思えば、納得も行く。
…………が。
生死の境を共にした、戦友であり、仲間でもある、『でも』、男同士の親友が。
何故、こんなに頻繁に、この城を訪れるのだろう、と。
じいやは、首を捻ること止められなくなった。
────神官長と共に、エドガーが生まれた直後から世話をして来た彼には、『若君』の性格など、手に取るように判る。
故に、如何に大切な友人相手と云えど、乙女同士の間に生まれるような、言葉悪く云えば、ベタベタした関係をエドガーが築き上げる筈がないことを、彼は良く知っていた。
一方、その真実の人となりは判らぬまでも、観察した限りでは、セッツァーと云う男も又、『あっさりした関係』を、他人には求める質だと、じいやには思えた。
……要するに、彼等二人共、例えば全く顔を合わせなくなって数年が経った後(のち)、世界の何処かで偶然行き会ったとしても、昨日別れた二人のように、「やあ」と笑って、数年の空白などなかったことのように語り合える質をしているだろうに。
何故? …………と、じいやは。
…………そして、そう思ったら。
じいやは、セッツァーとエドガーの『定期的な邂逅』が、気になって気になって仕方なくなった。
あの二人には何か、頻繁に会わなければならない事情でもあるのだろうかと、彼にはそう思えてしまった。
なのでそれ以来じいやは、セッツァーが城にやって来る度、目を皿のようにして、『若君とその御親友』の動向を観察し。
『観察の日々』を続けること、暫し。
…………彼は、見てしまったのだ。
『親友』、と云う言葉では、どんなに頑張ってみても取り繕えぬ程に仲の良い、二人の姿を。
フィガロ城の中にある、余り大きいとは言えぬ中庭の片隅で。
辺りを確かめた結果、誰もいないと判断したのだろう彼等が、こっそりと、けれどとても幸せそうに、抱き合う姿を。
────そんな、セッツァーとエドガーの姿を見てしまった瞬間。
たかが親友同士が、男女のように抱き合ったりはしない、と、頭では理解出来たものの。
じいやは、きっとお二人には、何か事情があってああして……と、一縷の望みを抱いてしまった。
お立場がお立場だから、エドガー様には何か、我々には打ち明けられない、お辛いことがあったのかも知れない、とか。
そんなエドガー様を、セッツァー殿は唯、慰めて下さったのかも知れない、とか。
俗に言う、現実逃避と云う奴に、じいやは心の拠り所を求めた。
が、そんな物に拠り所なぞ求めてみても、所詮、現実逃避は現実逃避、夢幻でしかなく。
エドガー様とセッツァー殿は、ひょっとして、などと云う、馬鹿げたことがあって堪るか、と頑に信じていたにも関わらず、じいやはそれより幾度となく、『似たような現場』を目撃する羽目になり。
ある日、とうとう、彼は。
どうしようもない処まで思い詰め、思い余り、己の味方になってくれる筈だった神官長を伴って、セッツァーとエドガーが、仲良く寛いでいた場所──国王の自室に乗り込み。
二人の本当の関係は、一体何なのだ、と問い詰めてしまった。
……その時のことを振り返る度、馬鹿なことをするんじゃなかったと、じいやは後悔しきりなのだが、やってしまったことの取り返しが付く筈はなく。
問い詰められた瞬間、来るべき時が来た、とでも云うような顔をして、居住まいを正して畏まった二人に、実は……と切り出され。
じいやは、ばあやと共に、自分とセッツァーは、生涯の契りを密かに交わした仲だ、と云うエドガーの告白を、聞かされる運命を辿った。
………………勿論。
そのような告白を聞かされた処で、「それは宜しゅうございました」などと言える訳もない処か……だったから、彼は、恋人達を前にして、懇々と、一晩中掛けて説教を垂れ、あわよくば、彼等が別れてくれることを願ったが。
じいやとばあや曰く、小さい頃から『変な処が頑固』な若君は、頑として、己とセッツァーの関係に関して、譲ろうとはせず。
逆に、一晩中説教を喰らわせられた仕返しとばかりに、エドガーに切々と、己にとってセッツァーが、如何なる存在足り得るのか、どれ程に必要としている人なのか、どれだけ愛しているのかを、一日掛かりで語られ。
結果、彼女だけは己の味方になってくれると疑いもしなかった神官長が、それ程に愛し合っているならと、恋人達に寝返ってしまったから、じいやも、エドガーとセッツァーの仲を、認められないながらも、黙認せざるを得ないような形を取らされてしまい。
その日より、じいやにとって、大切な大切な、目の中に入れても痛くない程大切な若君であるエドガーは、『嘆きの対象』となり。
大切な若君の御親友だからと好意的に接して来たセッツァーは、彼にとって、不倶戴天の仇となり。
ばあやと酒を酌み交わす度、じいやが零す溜息の数は増えて。