「エドガー様が、国王陛下では在らせられず、女王陛下で在らせられたなら、未だマシだったのに……。……そうでもなくば。あのヤクザ者が女人であったなら、もう少し話は違ったのに……」
 当人同士が幸せならばそれで、と云ったばあやを、恨みがまし気に眺めながら、肩を落としてじいやは、『見果てぬ夢』を口にした。
「無理です」
 …………見果てぬ夢は、何処までも見果てぬ夢だ。
 故にばあやは、じいやの幻想を、斬って捨てた。
「そのようなこと、判っている」
 だがそれでも、じいやは口を開き続け。
「ならいい加減、愚痴を零すのはお止めになられたら如何ですか」
 ばあやはじいやを、嗜め続け。
「……止められる訳がない。…………エドガー様が、あの者といればお幸せであるなら、それでもいいと云いたくはあるが。フィガロ王が何時までも独り身、と云う訳には参らぬし。何より、お世継ぎ様はどうするのだ。エドガー様にお子は産めぬ。フィガロ王家の血筋が絶えても構わぬと、そう云われるか、神官長殿は」
「王族と云えど、生涯独り身を貫くことは、それ程珍しいことではありません。お世継ぎ様は、所詮授かり物です。マッシュがいるのです、王家の血筋は絶えません」
 じいやの愚痴と、ばあやの嗜めは、続いて行くかに思えたが。
「あの子はそれで、幸せなのですよ? 私がそうであるように、大臣殿もあの子の幸せを願っておられるのでしょう?」
「エドガー様の幸せなど、云われるまでもなく、心から願っている。だからこそ、お妃様を娶られて、御家庭を築かれて……と、そう思うのだがな……」
 嗜めの言葉も、愚痴の言葉も、彼の人の、幸せを願うが故のそれ、とばあやは言い。
 それは判っているけれど、とじいやは又、溜息を零し。
「………………どうしても……納得など、行かぬ……」
 年相応の皺が刻まれた面に、じいやは深い哀愁を湛えた。
 ──────と。
 ばあやの言葉とじいやの溜息の所為で、沈黙が舞い降りた大臣執務室の扉が、真夜中を遠に過ぎたと云うに、軽く叩かれ。
「じいや? 起きてるかい?」
 彼等が交わしていた話題の『主役』だった当人が、ひょっこり、顔を覗かせた。
「エドガー様? このような時間に、如何なされましたか?」
 どうせ今頃は、あのヤクザ者と、と。
 『嘆きの想像』をしていたエドガーが、不意に姿見せたことに驚いて、じいやは血相を変え、椅子から立ち上がる。
 エドガーがセッツァーと……と云う事実は、じいやにしてみれば、この上もなく気に喰わない、腹立たしい現実ではあるが。
 生誕の日、と云うような『特別な夜』、必ず共に居る筈の男の傍から離れるような事態──例えば、喧嘩をしてしまった、とか──が起こって、エドガーがやって来たと云うなら、それはそれでじいやにとっては、由々しき出来事なのだ。
 大切な若君が、大切にしている恋人──決してそれを、認めたくないとしても──と揉めでもして、心を痛めでもしたら、それはそれで、じいやも辛いから。
 己の想像に違わぬ理由で、エドガーがここを訪れたと云うならば、あのヤクザ者、真剣片手に成敗してくれる、とじいやは意気込んだ。
 …………が。
「大した用事じゃないんだけどね。一寸、その…………セッツァーと街まで行って来たから。はい、お土産」
 色を変えたじいやの面を眺め、クスクスエドガーは笑い、ひょいっと、背中に隠し持っていたらしい瓶を一本、じいやとばあやに向けて差し出した。
「陛下、これは?」
 オレンジと黄色の中間のような、淡い色をした液体で満たされている瓶を、恭しく両手で受け取り、ん? とじいやは首を傾げる。
「私も良くは知らないんだけど……。何でも、南大陸の方で取れる、オレンジの一種の果汁とか何とか、行商人が云ってたから、買ってみた。炭酸水で割ると良いらしいよ。二日酔い防止に、効果絶大だって触れ込み。──二人共、飲み過ぎないでおくれ。私のことで、愚痴を零させているのだから、私がこう言うのも何だけどね」
 受け取った瓶と、眼前のエドガーの顔を見比べて、不思議そうな顔を作ったじいやに。
 見比べられた当人は、悪戯好きな少年のように茶目っ気たっぷりに微笑んで、じゃあね、お休み、と、じいやとばあやに背を向けた。
「あ、そうそう。二人にお土産を、って言い出したのは、セッツァーだから」
 ──己が実の親にも等しい二人に、くるっと背を向け。
 大臣の執務室を去り際。
 ふ……っと優雅に振り返ってエドガーは、それまで以上に愉快そうな微笑みを湛え、パタリ、と音を立て、その扉を閉めた。
「………………覚悟をお決めになられて、真剣に、お諦めになった方が宜しいと思いますよ」
 大切にお育て申し上げた『若君』が、恋人と去って行くらしい足音に、静かな聞き耳を立てながら。
 ばあやは、軽い溜息を付いた。
「かっ…………か…………懐柔なぞ、されて堪るものかぁぁぁぁぁっ!」
 エドガーよりの手土産を、ヒシっと抱き締めつつも。
 じいやは、握り拳を固めて吠えた。
「まあまあ。お二人よりの、お心遣いと思えば宜しいじゃありませんか。私はとっくの昔に諦めを付けましたから、そう云う風に、受け取らさせて頂きます」
「き……気、気に喰わんのだっっっ。陛下のお心遣いだろうと何だろうと、あのヤクザ者の見え見えな下心も混ざっているのかと思えば、気に入る物も気に入らんっっっ! ────だから、大体っ! 我々の機嫌を取りたいと云うなら、向こうこそ、さっさと諦めて、エドガー様と別れればいいものを、エドガー様との仲は認めろ、そして、暖かく見守れ、などと云う、彼奴の言い分になぞ、心砕いてやれるものかっ! 冗談ではないっっ。私は認めぬ、決して認めぬっっっ」
「ガンコジジイですねえ……大臣殿も……」
 ………………そうして、彼等は。
 エドガーとセッツァーの足音が去った後も、朝を告げる鳥の声が聞こえるまで、大切な若君と、若君を誑かしたヤクザ者に対する話題を、延々繰り広げていた。
 

 

「じい様、怒り狂ってるだろうな、今頃」
 手土産を、じいやとばあやの二人に渡したエドガーと共に、国王の自室に戻って。
 砂漠の砂に塗れた衣装を脱ぎ捨て素肌を晒し。
 さっさと恋人の閨に潜ってセッツァーは、心底愉快そうに、忍び笑いを洩らした。
「……判ってるなら、止めておけばいいのに……」
 あーあ、やっぱり、判っててやったな、と、そんなセッツァーを眺めながらエドガーは軽く肩を竦め、セッツァー同様、衣装の締め付けより逃れると、するり、一足先に閨に入ったセッツァーの隣に横たわった。
「ああ云う刺激を受け取るのも、長生きの秘訣だ」
「……心の臓が止まらないといいけどね……。じいやだってもう、結構な年なんだから、余りからかわないでやってくれると有り難いんだけど」
「からかいたくもなる。ああもあからさまに、俺達のことは絶対に認めない、ってな顔されちゃな。俺達が本当はどんな関係なんだ、って、最初に聴いて来たのは向こうなんだぞ? だから、正直に答えてやっただけなんだがな。……いい加減諦めりゃいいのに、お前んトコのじー様も、大概往生際が悪い。神官長のばー様くらい、諦めが早けりゃ楽だろうに」
「何が遭っても、君にだけは、そんな風に云われたくないと思うよ。じいやだって。……でも、まあ、仕方ないのかな。こればっかりは、私にも譲る気はないしね」
「それは、俺もだ。こればっかりは、誰に何と云われようと、俺にも譲る気はない。ま、時間掛けて、じー様には諦めて貰うからいいさ。その代わり、精々長生きしてくれって、祈ってやるよ」
 己が隣にやって来た裸体のエドガーを、柔らかく抱き締め、散々、軽口を叩いた後。
 先ず軽いキスを落とし、それから首筋に顔を埋め、耳朶の直ぐ下辺りに小さな赤い痕を咲かせ、これは目立つぞ、と、エドガーの耳元で心底楽しそうにセッツァーは囁いた。
「どうして、こう云うことをするのが好きなんだい、君は…………」
 ほんの僅かな痛みを伴ったそこに、軽く手を添えエドガーは、恋人を睨み付ける。
「お前を愛してるからってのが、二つある理由の内の一つ。もう一つは、じー様をからかうのが楽しいからだな。…………これでいて案外な、俺は嫌な気がしないんだ。あのじー様とやり合うのは、結構愉快なんでね。口うるさい舅との、喧嘩を楽しむノリだ。──これくらいがいいんだろう、あのじー様も。大切な若君を攫ってった阿呆に八つ当たる為にはな」
 ──恋人が、上目遣いに寄越して来たきつい視線など、セッツァーにしてみれば所詮、可愛らしい以外の何物でもないから。
 あっさりと彼は、エドガーの眼差しを払い除け、その肢体に被い被さり。
「安心しろ。お前が愛してる者は全て、俺も愛してやる」
 そう云ってセッツァーはもう一度、エドガーとの接吻(くちづけ)を交わした。

 

 

End

 

  

 

後書きに代えて

 

 物凄くね、じいやさんって、苦労性だと思うんですよ、私は。可哀想だなあ、じいや、って何時も思う(笑)。
 って、まあ、真実、ゲームの中に出て来る大臣が「じいや」なのかどうなのか、わたしゃ知りませんけども(笑)、家のは「じいや」だからいいんです。
 ファイトだ、じいや。
 それでは、宜しけれ感想など、お待ちしております。

 

 

 

FF6SS    pageback    top