final fantasy VI@第三部
『diversion』
前書きに代えて
第三部の彼等の、日常の一コマ、です。
一寸した、ささやかな、お話。
書きたかったんです、このシチュエーション。
だって、折角、セッツァー…………なんですもの(謎笑)。
では、どうぞ。diversion──憂さ晴らし。
半分程コーヒーが注がれた、少し大きめのカップを掴み。
リビングの壁に寄り掛かって、セッツァー・ギャビアーニ空軍大尉は、少し、困った様な顔をしていた。
──今、ソファに深く腰掛けて仏頂面を拵えている、この部屋の持ち主であり恋人である、祖国の現・国王陛下、エドガー・ロニ・フィガロ二世の機嫌が、すこぶる宜しくないからだ。
エドガーの機嫌が麗しくない理由は、単に、ここの処立て続いた公務だとか、忙しかった仕事だとか、そんなものがもたらす疲労から来ている。
別段、そういったことを理由に、エドガーが機嫌を損ねようと、セッツァーはびくともしないし。
完璧な外面を誇る、砂漠の国の若く美しい王は、余程の相手でなければ愚痴も零せないから、柳眉を顰めて、完全に八つ当たりと判る台詞を吐き出されても、堪えもしないが。
そんなことには、とっく昔に、慣れっこになってしまっているが。
さすがに、もう数時間に渡って、ギャンギャン、愚痴と八つ当たりと怒りを投げ付けられ続ければ、如何な、エドガーに寛容なセッツァーと云えど、多少は辟易するのは道理で。
「ふーん……」
極力、呆れのトーンを押さえ込みながら彼は、適当な相槌を打った。
「…………。別に、聴く気がないなら、相槌なんて打たなくたって構わないけれども?」
が、押さえ込んだ筈の感情は、エドガーにだけは伝わってしまったらしく。
途端、噛み付かれ。
「…そうは云ってないだろ。…それで? どうした?」
若干痛み出したこめかみを、悟られぬようにセッツァーは押さえて、愚痴の続きを促した。
「──それで? そこから先が、もう……。悲惨極まりなかったったら……。どうして、私があんな苦労っ! だってねっ、セッツァーっ! ────が………で……。それで……──」
……それからどうなったんだ? と。
『催促』を受けるや否や、エドガーの、怒濤のような愚痴は再開されて、セッツァーは、溜息を吐く。
今日、顔を合わせた瞬間から始まった恋人の愚痴は、ともすると嘆きにさえ聞こえ。
これは、相当根深いストレスだ、と、ぴくり、彼は片眉を持ち上げた。
憂さ晴らしにでも連れ出してやるしか、機嫌を直す手は無さそうだ、そんな思考が、脳裏を過った。
『あやふやな恋人同士』と云う関係を築き出した頃に比べれば、様々なことを包み隠さず吐き出すようになった、今のこの状態は、喜ばしいのだろうけれど。
ストレスなんて、溜めてしまうよりはこうやって、すっきりさせてしまう方が、健全、なのだろうけれど。
折角、二人揃って取れた休日だと云うのに、こんなことで時間を潰してしまうのも、不本意ではあるし。
いい加減、愚痴に付き合うのも、疲れてきたから。
「判った、判った……。お前がそんなにまくしたてる程、ストレス溜めちまってるのは、よーく判ったから。愚痴に付き合う代わりに、憂さ晴らしに連れてってやる」
放っておいたら日が暮れるまで喋り続けそうな恋人を、セッツァーは留めた。
「……憂さ晴らし? …………何処へ」
話を遮られて、一瞬、むっとした表情を拵え、だがすぐさま、思案するような顔つきを、エドガーはする。
「アルコールに手を出すには、未だ早過ぎると思うけど」
「…お前な。俺の憂さ晴らしは、飲み歩くことばっかりじゃねえぞ? ……いいから、一寸待ってろ」
酒場にしけ込んで憂さを晴らすと云うなら御免だと、暗に告げて来た相手に、うんざりした声で答えてセッツァーは、ジャケットの内ポケットから、携帯を取り出し。
待っていろ、と告げると、恋人を放り出したまま、リビングの外、廊下へと出た。
アドレス帳から、友人のリストを引っ張り出して、マッシュの名前を探し。
丁度、昼食時を指し示している腕の時計を見遣りながら彼は、悪友の番号をコールした。
『ふぁい……。………んぐっ……。はい?』
アナログ時計が、今は食事の時間だと教えてくれた通り、マッシュも又、食事中だったようで。
飲み込み損ねた何かを喉を詰まらせながらも、無理矢理嚥下した調子の声が、携帯の向こうから聞こえた。
「…………何を慌ててやがるんだか……。マッシュ? 俺だ。お前確か、海兵隊の上層部に、コネがあったよな? 一寸、頼みたいことがあるんだが」
ケヘケヘ、咳き込みながらの友人に、どうしてこの兄弟は、と……やはりそこでも溜息を付いて。
セッツァーは、恋人の機嫌を直す為の段取りを、恋人の弟に、依頼し始めた。
──小一時間後。
昼食を邪魔されて、挙げ句、『面倒な事』を頼まれたマッシュが、少々臍を曲げた顔を作って、セントラル・パーク前のマンションへとやって来た。
「…ったく……。何考えてんだか知らないけどさ……」
やって来るや否や、ぶつぶつ文句を呟いて、マッシュは、セッツァーをねめつけ。
ほら、と、紙袋に入った、戦友に依頼された物を、放り投げた。
「お前の、そりゃ…………あ大切な兄貴の、機嫌を直す為だ。諦めろ」
相変わらず、リビングの壁に凭れたまま、今は、コーヒーカップの代わりに煙草を持ったセッツァーは、からかうように云う。
「自分が楽しいだけだろ? どうせ。………俺、仕事があるから帰るけど。兄貴……無事でな……」
忙しい仕事の合間を縫って、ここまでやって来たのだろうマッシュは、お茶でも、と云った兄の誘いを辞退しつつ、もう一度盛大にセッツァーを睨み付け。
心底の同情が滲んだ声で、無事で、と告げ。
わたわたと、帰って行った。
「…………は? 無事で? ……どう云う意味なんだ?」
去って行く弟の背中を見詰めつつ、エドガーは、きょとんとした顔を、恋人へと向ける。
「さあな。──あいつが持って来た物の中身。『服』だから、着替えて来い」
だが、セッツァーは、訝しげな恋人の表情に、愉快そうな笑い声を返した。